第29話:北方の祝祭(前編)
北方の空に響く歓声と、アメジストの輝き。
アイリスが「自らの技術」で、自尊心と居場所を完全に奪還する瞬間です。
北方の短い冬の晴れ間。領都の広場は、一年に一度の収穫を祝う「雪解けの祝祭」の熱気に包まれていた。
魔法が使えないこの地において、祝祭を彩るのは魔力による演出ではなく、人々が丹精込めて作り上げた織物や、冬を越した力強い料理の香りだ。
「アイリス、準備はいいか」
離宮の控えの間。正装を整えたリュカ様が私を呼んだ。
私は最後にもう一度、鏡の中の自分を見つめる。
纏っているのは、あの日泥にまみれた姿から生まれ変わらせた、アメジスト・パープルのベルベットドレス。
裏地にはリュカ様への恋文を秘め、表には北方の厳しい冬に耐えうる銀糸の刺繍が、陽光を浴びて神々しく輝いている。
「……はい。貴方の隣を歩くのに相応しい私で、ありますように」
リュカ様が差し出した腕に、私はそっと手を添えた。
彼の纏う漆黒の外套の胸元には、私が全霊を込めて刺した猛禽の紋章が誇らしげに羽を広げている。
離宮の重厚な扉が開かれ、私たちがバルコニーへと姿を現した瞬間。
広場を埋め尽くしていた領民たちの声が、潮が引くように静まり返った。
「……あ。……なんて、美しい……」
誰かが漏らした感嘆の声が、静寂の中に響く。
王都の社交界で見られるような、宝石の数で競い合う浅薄な輝きではない。
自らの手で一針一針を紡ぎ、絶望の中から立ち上がった女性だけが持つ、静かな、けれど圧倒的な気品。
リュカ様が、私の腰を抱き寄せるようにして一歩前へ出た。
「領民たちよ。紹介しよう。我がヴォルテール家の専属針子であり、この北方の地で最も気高い魂を持つ女性――アイリスだ」
爆発するような歓声。
王都で「不貞の女」と罵られた私が、今、この地で「女神」のように迎えられている。
私は震える手でドレスの裾を摘み、完璧なカーテシーを捧げた。
その時、隣に立つリュカ様が、群衆の視線を遮るように私の耳元へ顔を寄せた。
「……見ろ。誰も、お前を汚れた女だなどとは思っていない。お前が、自らの手でこの光景を創り出したんだ」
魔法のない世界で、美しさは意志そのもの。
私は彼のアイスブルーの瞳を見上げ、誇らしげに微笑んだ。
だが、この喧騒の影で、王都からの「招かれざる目」がこちらを注視していることに、私たちはまだ気づいていなかった。
第29話をお読みいただきありがとうございます。
領民たちの前で見せた、アイリスとリュカ様の堂々たる姿……!
「アイリスのドレス、実物が見たい!」「リュカ様の紹介の仕方に愛を感じる」と思ってくださった方は、
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次話、祝祭の夜。二人きりの場所で、さらに情熱的な展開が訪れます。




