第28話:刺繍に込めた恋文
ドレスの裏地に刻まれる、アイリスの秘めたる独占欲。
魔法なき世界の「想いの形」が、二人の絆をさらに深めます。
深夜の離宮。手元のランプが落とす小さな光の円の中で、私は最後の大仕事に取り掛かっていた。
広げられているのは、完成間近のアメジスト色のドレス。その、誰の目にも触れることのない「裏地」の、ちょうど左胸が当たる場所に、私は銀の針を沈めた。
「これは、私だけの秘密……」
魔法が使えないこの地で、想いを永遠に封じ込める唯一の方法は、布にその魂を縫い付けること。
私が刺しているのは、図案にはない、極細の絹糸による隠し刺繍だ。
北方の冬に咲く薔薇の棘と、リュカ様のアイスブルーの瞳を象徴する小さな忘却草。そして、古語で「永遠の帰属」を意味する紋様。
表の華やかさとは裏腹に、裏地に刻まれるその糸は、私の独占欲と忠誠心の塊だった。
エドワード様のために針を持っていた頃、私はいつも「どう見られるか」ばかりを気にしていた。けれど今、私は「この一着がリュカ様の誇りになること」だけを願っている。
もし、このドレスが王都の荒波に揉まれ、私が再びすべてを失うようなことがあっても。この裏地に刻んだ想いだけは、私の肌に直接触れ、私を守り続けてくれるはずだ。
「……あ。……アイリス、まだ起きていたのか」
不意に背後から低く、落ち着いた声がした。
振り返ると、寝衣の上にガウンを羽織ったリュカ様が立っていた。彼は私の手元にあるドレスと、隠しきれなかった銀糸の端を見つめ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「……何を見ていたのですか。そんなに必死に隠して」
彼の手が、私が刺繍を施していた場所に触れる。
ベルベットの厚み越しに、彼の指先の熱が伝わってくる。私は顔を赤らめ、視線を泳がせた。
「……秘密ですわ。これは、このドレスを着る私の『お守り』なのですから」
「お守り、か……」
リュカ様はふっと口角を上げると、私の背中から腕を回し、ドレスごと私を抱き寄せた。
彼の顎が私の肩に乗る。耳元で囁かれる吐息が、夜の静寂に甘く溶けていく。
「お前を守るのは、布切れではなく俺の役目だ。……だが、その一針にお前の心が宿っているというのなら、俺もその『秘密』を愛そう」
彼は私の指先を取り、針仕事で疲れた指の腹に、慈しむような口づけを落とした。
誰にも読まれることのない、布の裏側の恋文。
けれど、それを紡ぐ私の胸の高鳴りは、確かに目の前の主へと届いていた。
第28話をお読みいただきありがとうございます。
裏地に隠された「恋文」……誰にも見えないからこその情熱がありますね。
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次話、ついに領民たちの前でドレスがお披露目される「北方の祝祭」が始まります。




