第3話:雨に溶けるアメジスト
夜の闇と雨の中、アイリスの孤独が極限に達します。
美しさを捨てようとした彼女を見つけたのは、社交界の華やかさとは無縁の「冷徹な男」でした。
叩きつけるような雨音が、世界を塗りつぶしていく。
つい先ほどまでの華やかな音楽も、毒を含んだ嘲笑も、すべてが遠い幻影のようだった。
石畳を歩くたびに、水を吸ったシルクサテンのドレスが鉛のように重く足に絡みつく。
自慢だったアメジスト・パープルの生地は雨に濡れて黒ずみ、繊細な銀糸のレースは泥に汚れ、見る影もない。
それはまるで、無残に踏みにじられた私の心そのものだった。
(どこへ行けばいいのかしら……)
ランチェスター公爵家には、もう私の居場所はない。
王務を完璧にこなす「次期王妃」としての価値を失い、あまつさえ醜聞の中で婚約破棄された娘を、父が受け入れるはずがなかった。
寒さに指先が白くかじかみ、歯の根が合わずにガチガチと鳴る。
私は華やかな大通りの裏側、人通りの絶えた馬車道の傍らで力尽き、壁に背を預けてずるずると座り込んだ。
泥水に浸かる裾を見て、ふと、セレーナの歪んだ笑顔を思い出す。
私が彼女に贈ったドレス、あの一針一針に込めた「親友への愛」が、今この瞬間もエドワード様に愛撫されているのだと思うと、吐き気がした。
愛も、友情も、積み上げてきた努力も、すべては指の間から零れ落ちる砂でしかなかった。
「……はは、……あはは……」
乾いた笑いが零れる。雨水が目に入り、涙なのか何なのか判別もつかない。
視界が白く霞み、意識が遠のいていく。
このまま雨に溶けて消えてしまえたら、どんなに楽だろうか。
その時だった。
不意に、頭上を叩いていた雨音が止んだ。
いや、止んだのではない。何かが私を覆い、雨を遮ったのだ。
混濁した意識の中で顔を上げると、そこには漆黒の外套を纏った、長身の男が立っていた。
男が差し伸べた大きな傘が、私と雨の世界を隔てている。
男の瞳は、冬の湖のように冷ややかなアイスブルーだった。
彼は泥にまみれ、惨めに震える私を、蔑むでもなく、同情するでもなく、ただじっと見つめている。
「……アメジストか」
低く、地響きのように心地よい声が降ってきた。
男は私の濡れた髪に一瞬だけ指を触れ、独り言のように呟いた。
「雨に溶けた色も、悪くない。……死ぬにはまだ、早すぎる美しさだ」
それが、私とリュカ・ヴォルテールの、最悪で最高の出会いだった。
第3話をお読みいただきありがとうございます。
ついにヒーロー・リュカが登場しました!
泥を被ってもなおアイリスの価値を見出した彼の真意とは。
「リュカ様、かっこいい!」「ここからの逆転が見たい!」と思ってくださった方は、
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次話、アイリスは漆黒の外套に包まれ、運命の場所へと運ばれます。




