第2話:祝福なき夜会の幕引き
エドワード王子の心ない言葉と、セレーナの豹変。
プライドだけで立ち去ったアイリスですが、外は無情な雨でした。
物語はここから、運命の出会いへと動き出します。
二人の顔が、屈辱と驚愕に歪む。
エドワード様は、私を抱きしめるはずだったその腕でセレーナを庇うように立ち、私を射抜くような冷たい視線を向けた。
「……見ていたのか、アイリス」
「ええ。あまりに熱烈な愛の囁きでしたので、聞き逃す方が難しゅうございましたわ」
私は優雅に首を傾け、あえて微笑みを浮かべて見せる。扇を持つ手は痺れるほど震えていたが、ドレスの厚いシルクサテンがその動揺を隠してくれていた。
私の視線がセレーナに移る。彼女は怯えたふりをしてエドワード様の胸に顔を埋めたが、その口元が微かに吊り上がったのを私は見逃さなかった。
「アイリス様、申し訳ありません……。でも、私……エドワード様の孤独を放っておけなくて……っ」
「孤独? 私という婚約者がいながら、彼は孤独だったとおっしゃるの? セレーナ、貴女が着ているそのアプリコット色のドレスは、私の友情の証として贈ったものですわ。まさか、親友の婚約者を誘惑するための戦闘服に選ばれるとは思いもしませんでしたけれど」
私の言葉に、周囲の貴族たちが異変に気づき、一人、また一人と足を止めてこちらを注視し始める。
魔法のないこの国で、貴族の格を決めるのは魔力ではなく、その身に纏う「気品」と「家格」だ。
「黙れ、アイリス! 君のそういう、常に正論で相手を追い詰める高慢な態度が、私を疲れさせたのだ!」
エドワード様の大声が大広間に響き渡る。音楽が止まり、静寂が私たちを包み込んだ。
彼は私の瞳――彼がかつて「美しい」と愛でたアメジスト・パープルを、今は「呪わしい毒のようだ」と吐き捨てるように睨みつける。
「……君との婚約は、今この瞬間を以て破棄する。私は、自分を型に嵌めようとする冷徹な人形ではなく、心優しきセレーナを真の王妃として迎えることに決めた」
王子の宣言。それは、私のこれまでの努力、王妃になるために費やした歳月、そして彼に捧げた純粋な恋心を、一瞬で泥に沈める言葉だった。
セレーナが、勝ち誇ったように私を見た。
彼女の着ているドレスの裾。そこには、私が夜なべして刺した「幸福」を願う小さな花の刺繍があった。それが、今は私を嘲笑う口元のように見える。
「……承知いたしました、エドワード殿下」
私は深く、誰よりも完璧なカーテシーを捧げた。
この場にいる誰よりも美しく、誰よりも気高く。それが、私に残された唯一の武器だから。
「どうぞ、お幸せに。私の『お下がり』が、貴方によくお似合いであることを願っておりますわ」
そう言い残すと、私は一度も振り返ることなく、光り輝く大広間を後にした。
背後で聞こえるセレーナの計算高いすすり泣きと、王子の怒声。
建物の外に出た瞬間、予報にもなかった激しい雨が私の全身を叩いた。
半年かけて仕立てたアメジストのドレスが、一瞬で重く、冷たく肌に張り付いていく。
私の人生は、今夜、終わったのだ。
第2話をお読みいただきありがとうございました。
アイリスの「お下がり」発言にスカッとした、あるいは雨に濡れる彼女が可哀想……と感じてくださった方は、
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第3話、アイリスのドレスが雨に溶ける中、ついに「彼」が登場します。




