第26話:捨てられない贈り物
王都の父から届いたのは、身勝手な要求と母の形見。
冷え切った絆に絶望するアイリスを、リュカの包容力が救い出します。
北方の冬を告げる乾いた風が、離宮の回廊を吹き抜けていく。
作業机に向かっていた私の元へ、リュカ様が重い足取りで現れた。その手には、王都のランチェスター公爵家の紋章が刻印された、一通の封書が握られていた。
「……お前の父親からだ」
その言葉に、私の指先から体温が引いていく。
父。私が不貞の汚名を着せられ、地位を剥奪された時、一度も私を庇うことなく、ただ「家の恥だ」と吐き捨てた人。
震える手で封を切り、中にある便箋を取り出す。
そこには、謝罪の言葉などひとかけらもなかった。ただ、エドワード様との仲が冷え切り、社交界で孤立し始めたセレーナの代わりに、私に王都へ戻り、事態を収拾しろという身勝手な命令だけが綴られていた。
そして同封されていたのは、私が幼い頃に母から譲り受けた、小さなアメジストのブローチだった。
「……今更、これを贈れば私が喜んで戻るとでも思っているのかしら」
熱い涙が視界を遮る。
思い出の品を人質のように使い、娘を再び「家」という籠に閉じ込めようとする父の冷酷さ。
私はブローチを握りしめ、その尖った裏金具が掌に食い込むのを無視して泣いた。
「アイリス」
リュカ様が背後から私を包み込むように抱き寄せ、その大きな手で、私の拳を優しく解いた。
傷ついた掌からブローチを取り上げると、彼はそれを一瞥し、机の上に置いた。
「捨てたければ捨てろ。だが、それがお前の母の形見だと言うなら、無理に手放す必要はない。……その思い出まで、あんな男に汚させてやるな」
リュカ様の胸の温もりが、冷え切った背中に伝わってくる。
彼は私の涙を指先で拭い、そのまま私の額に、深く、重く、誓うような口づけを落とした。
「お前に帰る家などもうない。ここがお前の家だ。……どうしても捨てられないのなら、俺がその重荷ごと、お前を抱いてやる」
魔法のないこの世界で、血の繋がりは何よりも重い鎖だ。
けれど、リュカ様の言葉は、その鎖を断ち切る鋭い刃だった。
私は彼に縋り、そのコートの胸元を涙で濡らしながら、ようやく一つの決別を選び取ることができた。
「……はい、リュカ様。私……もう、公爵令嬢ではありません。貴方の傍にいる、ただのアイリスです」
窓の外、雪がすべてを白く塗りつぶしていく。
捨てられない贈り物。それは、過去との決別を終えた私が、リュカ様と共に生きるための、最後の痛みだった。
第26話をお読みいただきありがとうございます。
過去の「家族」との決別。リュカ様の「俺が重荷ごと抱いてやる」という言葉の頼もしさ……。
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次話、いつもは完璧なリュカ様が、珍しく「酔った姿」を見せる甘い夜が訪れます。




