第25話:湖畔のスケート
銀世界の湖畔で、初めてのスケート。
逃げ場のない氷の上が、二人の距離を決定的に縮めます。
「今日は作業を休め。外へ出るぞ」
リュカ様に連れ出されたのは、離宮の裏手に広がる広大な湖だった。
冬の魔力が、一夜にして湖面を滑らかな鏡へと変えたかのような、見事な結氷。その上を、粉雪が風に舞ってキラキラと踊っている。
リュカ様が用意させたのは、銀の刃を取り付けた北方の冬の履物――スケートだった。
「私、このようなものは初めてですわ。王都の池は凍るほど冷えませんし……」
「案ずるな。俺が離さない」
リュカ様は自ら氷の上に立つと、戸惑う私の手を取り、強引に引き寄せた。
一歩踏み出した瞬間、刃が氷を切る鋭い音とともに、身体がふわりと揺れる。
「あ……っ!」
案の定、バランスを崩した私の身体は、大きな質量に受け止められた。
リュカ様の胸の中。
厚手のウールコート越しでも伝わる、鍛え上げられた胸板の硬さと、確かな鼓動。
彼は私の腰を片腕でしっかりと抱き込み、もう片方の手で私の手を握りしめた。
「前を見ろ。視線を落とせば、氷に呑まれるぞ」
耳元で囁かれる低い声に、心臓が跳ねる。
彼に導かれるまま、私たちは滑り出した。
魔法が使えないこの地で、風を切る速さは何よりも自由を感じさせた。冷たい空気が頬を刺すが、リュカ様と密着している場所だけが、火を灯したように熱い。
「……リュカ様、すごいですわ! まるで鳥になったみたい」
「……お前が笑うなら、連れてきた甲斐があった」
リュカ様は、私の楽しそうな声に目を細め、抱きしめる力をさらに強めた。
ふと、彼の視線が私の唇に落ちる。
銀世界の真ん中。周囲には誰もいない。
ただ、氷の上を滑る二人の影だけが、一続きの線を描いて重なり合っている。
エドワード様との散歩は、常に一定の距離を保った儀礼的なものだった。
けれど今、私はリュカ様の体温を、息遣いを、その独占欲を、肌で直接感じている。
氷の上の不安定さが、かえって私を彼へと依存させ、甘い熱を加速させていく。
「アイリス。一生、こうして俺の腕の中にいろ」
冗談とは思えないほどの重圧を含んだ言葉。
私は答えの代わりに、彼のコートの袖をぎゅっと握りしめた。
雪原に響くのは、氷を切る音と、二人の重なる吐息だけだった。
第25話をお読みいただきありがとうございます。
氷の上での密着……リュカ様の「一生俺の腕の中にいろ」発言、独占欲が漏れ出ていますね。
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次話、王都に残された家族からの「贈り物」が、アイリスの心を揺さぶります。




