第18話:王都からの不穏な影
王都に残された者たちの後悔と、醜い執着。
アイリスが手に入れたささやかな幸せに、再び冷酷な魔の手が伸びようとしています。
リュカ様から贈られた冬の薔薇を、私は大切に押し花にしていた。
作業机に向かい、彼のために刺している紋章の刺繍にその花の意匠を密かに紛れ込ませる。それは、魔法のないこの世界で私が見つけた、たった一つの秘めやかな恋の呪文だった。
けれど、その幸福な静寂は、届いた一通の密書によって脆くも崩れ去ることとなる。
「……旦那様、王都に放っている密偵から報告が届きました」
重々しい足取りで執務室に入ってきたのは、リュカ様の側近である騎士だった。
廊下を通りかかった私は、開いた扉の隙間から漏れ聞こえるその言葉に、思わず足を止めた。
「エドワード王子が、アイリス様の行方を追っております。……表向きは『不貞の証拠を固めるため』としておりますが、どうも様子がおかしい。王都では、アイリス様がいなくなってから、公宮の儀礼や祝祭の準備が完全に滞っているとの噂です」
「……ふん。今更、失ったものの大きさに気づいたか」
リュカ様の冷徹な声が響く。
エドワード様は、私が完璧に整えていた社交の裏方仕事や、他国との繊細な調整が、どれほどの労力の上に成り立っていたかを知らなかった。私が去り、セレーナがその座に就いた途端、王宮の秩序は崩壊し始めているのだろう。
「さらに、セレーナ様が『アイリスがリュカ辺境伯を誘惑し、王室の機密を盗んで逃げた』という虚偽の告発を準備しているとの情報もあります。最悪の場合、調査団と称した騎士団がこの離宮へ向けられるかもしれません」
私は、持っていた刺繍枠を落としそうになるのを必死に堪えた。
セレーナ。彼女の執着は、私を追放するだけでは飽き足らず、私に居場所を与えてくれたリュカ様までをも破滅させようとしている。
「アイリスを渡せとでも言うつもりか。……あのような無能な男に」
リュカ様の椅子が軋む音が聞こえた。
「返答など不要だ。もし王都の者がこの門を叩くなら、俺はヴォルテール家の全戦力をもって応える。……アイリスは、もう誰の指図も受けない。彼女は、俺が選んだ俺の針子だ」
リュカ様の言葉に、心臓が激しく波打つ。
嬉しい。けれど、恐ろしい。
私の存在が、リュカ様を危機に晒している。魔法のないこの国で、王室に逆らうことがどれほど危険なことか、私は痛いほど知っている。
私は震える指先をぎゅっと握りしめ、冷たい廊下で立ち尽くした。
不穏な影が、白銀の領地に刻一刻と迫っていた。
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エドワード王子の後悔と、セレーナの更なる悪意。
アイリスを守ろうとするリュカ様の決意に、「リュカ様、逃げ切って!」「エドワードたちが自業自得すぎてスカッとする」と思ってくださった方は、
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次話、迫りくる危機の影で、二人の想いがバルコニーで重なります。




