第17話:揺れ動く恋心
守られた喜びが、切ないほどの「恋」に変わる瞬間。
リュカの不器用な指先が、アイリスの心の奥深くを揺さぶります。
カトリーヌ様が去った後も、リュカ様に握られた手の熱が、いつまでも引かずに残っていた。
一人で部屋に戻り、窓の外を眺める。雪を照らす月光がアメジストのように淡く輝いているが、私の胸の中は、もっと別の、熱くどろりとした感情で満たされていた。
(これは、感謝なの……? それとも……)
エドワード様を愛していた頃の私は、常に彼に「選ばれる」ための努力をしていた。彼の好みに合わせ、彼の顔色を伺い、完璧な人形であろうとしていた。
けれど、リュカ様は違う。
ボロボロの私を見つけ、泥に汚れたドレスを「美しい」と言い、名前も身分も失った私を「俺の貴客」だと断言してくれた。
不意に、針仕事をする自分の指先を見つめる。
かつては義務だった刺繍が、今は彼に喜んでほしい、彼に相応しい一着を仕上げたいという、ひたむきな熱情に変わっている。
「……アイリス様、旦那様がお呼びです。夜風に当たりたいとのことで、バルコニーへ」
マーサの声に、私は弾かれたように立ち上がった。鏡も見ずに髪を整え、急いで廊下を駆ける。
バルコニーに出ると、そこには漆黒の闇に溶けそうなほど静かに立つリュカ様がいた。
「……あ、リュカ様」
「来たか。寒くはないか」
彼は振り返らずに言った。その背中は広く、あの日雨の中で私を抱き上げた時の逞しさを思い出させる。
私が彼の隣に並ぶと、リュカ様は不意に視線をこちらへ落とした。
「……カトリーヌの言ったことは気にするな。お前を卑しめる言葉は、すべて空虚な風と同じだ」
「はい。……リュカ様が、あのように言ってくださったから。私、もう大丈夫ですわ」
私が微笑むと、リュカ様は何かを堪えるように僅かに眉を寄せ、私の頬にそっと手を添えた。
冬の夜気で冷えているはずの彼の指が、驚くほど熱く感じられる。
「……お前は、自分がどれほど危うい顔をしているか分かっていないな」
「え……?」
至近距離で見つめ合う。
リュカ様のアイスブルーの瞳に、月明かりを反射して揺れる「私」が映っている。
魔法が使えないこの地で、心の距離を測る術は、瞳の色と、指先の微かな震えだけだ。
彼の手がゆっくりと、私の髪をなぞるように滑り落ちる。
その刹那、心臓が痛いほどに脈打った。
これは、かつて感じたことのない情動。誰かに依存するのではなく、その人そのものを渇望する、激しい恋の始まりだった。
「……夜は長い。冷える前に戻れ」
リュカ様はそれだけ言うと、逃げるように手を離し、先に部屋へと戻っていった。
残された私は、彼が触れた頬を両手で覆い、一人、冷たい空気の中で熱い吐息を漏らすことしかできなかった。
第17話をお読みいただきありがとうございます。
アイリスが自覚した「リュカ様への恋心」。
これまでの義務的な愛とは違う、魂が震えるような感情に、
「アイリス、応援してる!」「リュカ様の指がエロい……」と思ってくださった方は、
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次話、平和な二人の時間を引き裂く、王都からの「不穏な影」が迫ります。




