第16話:守られた矜持
アイリスに振り上げられた悪意を、リュカが断固として退けます。
「俺の選んだ女」を侮辱することは許さない。辺境伯の独占欲が火を噴きます。
「……我が館で、誰に手を上げようとしている」
リュカ様の低い声がサンルームに響いた瞬間、室内の温度が数度下がったかのような錯覚に陥った。
カトリーヌは上げた手を宙に止めたまま、氷に触れたかのように硬直した。
「リュ、リュカ様! 違うのですわ。この無礼な下女が、私のドレスを侮辱いたしましたの!」
「下女だと?」
リュカ様はカトリーヌを通り過ぎ、迷いのない足取りで私の隣に立った。そして、守るように私の肩を引き寄せると、カトリーヌを冷酷に射抜いた。
「言葉を慎め、カトリーヌ。彼女は我が館の貴客であり、俺がその腕を認めた唯一の専属針子だ。彼女を侮辱することは、彼女を選んだ俺の目を、ひいてはヴォルテール家の審美眼を泥で汚すことと同義だと思え」
「な……っ! 専属、ですって……?」
カトリーヌの顔から血の気が引いていく。
魔法のないこの国で、最高位の貴族が「専属」として遇することは、その人物を自身の庇護下に置き、全責任を負うという宣誓に等しい。
「お前が纏っているその絹の塊より、彼女が今、指に嵌めている銀の指貫ひとつの方が、俺には価値がある。……二度と我が領の土を踏むな。今すぐ立ち去れ」
「リュ、リュカ様……! そんな……っ!」
カトリーヌは屈辱に震え、涙を浮かべて部屋を飛び出していった。
嵐が去った後のような静寂の中、私はリュカ様の腕の中で、早鐘を打つ鼓動を必死に抑えていた。
「……申し訳ありません、リュカ様。私のような者のために、伯爵家との仲を……」
「気にするな。あのような、布地の重みすら解さぬ女との縁など、最初から必要ない」
リュカ様は私の肩から手を離すと、今度は私の両手を包み込むように握った。
針仕事をしていたせいで少し冷たくなっていた私の指先を、彼の熱い掌が溶かしていく。
「アイリス。お前がその針で守ろうとしているのは、俺の家の紋章だけではない。……お前自身の、折れない矜持だ。それを他人に踏みにじらせるな。お前を傷つける全てのものは、この俺が排除する」
その言葉は、甘い囁きというよりも、絶対的な騎士の誓いのようだった。
守られている。ただの道具としてではなく、一人の女性として、その魂ごと。
「……はい、旦那様。……ありがとうございます」
私は彼の手をそっと握り返した。
エドワード様の隣にいた頃には決して得られなかった、本当の安らぎ。
私の誇りは、この極寒の地で、彼の手によって守られ、育まれていくのだと確信した。
第16話をお読みいただきありがとうございます。
「俺の専属だ」というリュカ様の宣言、最高にシビれます……!
アイリスの技術だけでなく、その「存在」そのものを認めてくれるヒーローの姿に、
「リュカ様、かっこよすぎ!」「カトリーヌ、ざまぁ!」と思ってくださった方は、
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次話、守られた喜びが、アイリスの胸で切ない「恋心」へと形を変えていきます。




