第13話:忘れかけていた色彩
用意されたのは、北方の厳しい自然が生んだ最高の色彩。
リュカの期待に応えるため、アイリスが再び色彩の魔法(手仕事)を取り戻します。
翌朝、私の作業机の上には、目も眩むような光景が広がっていた。
リュカ様が用意させたのは、北方の希少な獣毛を緻密に織り上げた、深い漆黒の外套地。そして、それとは対照的な、驚くほど鮮やかな糸の束だった。
「……なんて、美しいのかしら」
思わず吐息が漏れる。
王都で使われていた金糸や銀糸のような、これ見よがしな輝きではない。それは、森の深淵を思わせる濃緑、冬の夜空を映したような真紺、そして――。
「アイリス。その赤い糸は、この地でしか採れない苔から染め出したものだ」
いつの間にか背後に立っていたリュカ様が、低く心地よい声で告げた。
彼が指し示したのは、沈みゆく夕陽のような、深く、重厚な赤。
「あの日、雨に濡れたお前の瞳はアメジストのようだった。だが、俺は知っている。お前の内側には、氷を溶かすような熱い色が眠っているはずだ。……その色を使って、俺の紋章を刺せ」
リュカ様の言葉に、ドクンと鼓動が跳ねた。
私の内側にある、熱い色。
エドワード様は、私に「清楚で控えめな王妃」であることを求め、彩度の低い、無難な色彩の中に私を閉じ込めた。セレーナは、私から鮮やかな色彩を奪い、自分のものにしようとした。
けれど、リュカ様は違う。
彼は私が自分でも忘れかけていた、激しい情熱や誇りを、この「色彩」を通して引き出そうとしている。
私は震える指で、その赤い糸に触れた。
魔法のないこの世界で、色は言葉以上に雄弁に感情を語る。
この深い赤を、リュカ様の漆黒の外套に刺す。それは、彼への感謝であり、忠誠であり……そして、まだ名前を付けるのが恐ろしい、熱い感情の証明になるだろう。
「……はい、リュカ様。私、この色で、貴方だけの誇りを描きます」
私が顔を上げると、リュカ様は満足げに、けれどどこか独占欲を感じさせる視線で私をじっと見つめた。
「お前が選んだ色だ。一針たりとも、妥協は許さんぞ」
厳しい言葉とは裏腹に、私に向けられた眼差しは、冬の陽光のように温かい。
私は、久しぶりに心から沸き立つような高揚感を覚えながら、銀の針を手に取った。
止まっていた私の時間が、今、鮮やかな色彩と共に動き出す。
第13話をお読みいただきありがとうございます。
リュカ様が選んだ「赤」の糸に込められた想い。アイリスの情熱が再燃します。
「二人の心の距離が近づいてきた!」「色彩の描写が目に浮かぶ」と思ってくださった方は、
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次話、月明かりの下で二人の距離が決定的に近づきます。




