第106話:秘密の結婚式(後)
二人きりで行われる、真実の結婚式。
指輪に、言葉に、そして互いの肌に。
アイリスとリュカは、魔法なき世界で最も強固な「永遠」を刻みつけます。
無人の礼拝堂。祭壇の火影が、寄り添う二人の影を大きく揺らしていた。
魔法という便利な奇跡が存在しないこの世界において、永遠を証明するのは、冷たい祈りの言葉ではない。今、ここに通い合う、互いの「血の熱」だけだ。
「アイリス。神への誓いなど必要ない。俺はお前の魂、その一針の重み、そしてお前のその柔らかな肌に、俺のすべてを捧げよう」
リュカ様が、私の指先に自らの唇を押し当てた。
彼の左手の掌。あの時、私を守るために刻まれた傷跡が、私の指先に直接触れる。魔法なき世界の痛みは、何よりも鮮烈な「愛の証」として、私の内に流れ込んできた。
「……私も、リュカ様。王都で教えられた型通りの誓詞など、今の私には意味をなしませんわ。私のこの髪も、瞳も、そして指先が紡ぎ出す輝きのすべてを、貴方という名の檻の中に閉じ込めてくださいませ」
私が囁くと、リュカ様のアイスブルーの瞳に、独占欲という名の暗い情熱が灯った。
彼は私の腰を引き寄せ、純白のドレスの胸元――私が心臓の上に秘めた、あの「最後の一針」の場所に、熱い掌を重ねた。
重なる鼓動。混ざり合う吐息。
彼は私の指に、金細工ではなく、自らが工房で鍛え上げた銀の指輪を滑り込ませた。
猛禽の羽と茨を模した、無骨でいて繊細な、この地でしか生まれ得ない誓いの印。
「お前は一生、俺のものだ。……死が二人を分かつ時まで、誰一人、お前の指先一本にも触れさせはしない」
リュカ様は私の顎を持ち上げ、奪い去るような、それでいて震えるほど愛おしげな口づけを落とした。
魔法の光など及ばない、暗がりの聖域。
私たちは、身も心も、そして魂の最深部までもが一つの糸で縫い合わされたことを、互いの体温の中で確信した。
雪は降り続く。
けれど、繋がれた手の熱さは、私たちの未来が春の陽光よりも明るく、そして決して冷めることのない烈火であることを、静かに語り続けていた。
第106話をお読みいただきありがとうございます。
神ではなく互いに誓い合う姿……二人の絆の深さが胸に迫りますね。
リュカ様の独占欲が「俺のすべてを捧げよう」という言葉に昇華される瞬間でした。
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次話、平穏な日常の中で、二人の歩みを一着の服に刻む、第107話「永遠を縫い止める針」へ。




