第103話:北方への帰路
王都の喧騒を背に、再び二人きりの空間へ。
リュカは、手に入れた至宝を誰にも触れさせまいと、より一層深くアイリスを抱きしめます。
王都の高くそびえる城門が、馬車の後ろへと遠ざかっていく。
窓から差し込む朝陽は、石畳を白く焼き、あの日私を濡らした冷たい雨の記憶をすべて消し去っていくようだった。
魔法という奇跡が存在しないこの世界において、物理的な距離は、何よりも確かな「別離」を意味する。私はもう、ランチェスター公爵令嬢ではない。王都の虚飾に縛られた、誰かのための人形でさえない。
「……ようやく、静かになったな」
対面に座っていたリュカ様が、重い息を吐きながら私の隣へと移動してきた。
彼は漆黒の正装の襟元を緩め、大きな身体を私に預けるようにして、その逞しい腕で私の腰を強く引き寄せた。
「リュカ様……。お疲れではありませんか?」
「……ああ。お前を狙う不埒な視線をすべて斬り伏せるのに、少しばかり神経を使った。……アイリス、もう一度言え。お前は、誰のものだ」
彼のアイスブルーの瞳は、王宮で見せた冷徹な光を失い、今はただ、私を独占したいという剥き出しの飢餓感に沈んでいた。
彼は私の左手をとり、革手袋を外した指先に、吸い付くような深い口づけを落とす。左手の包帯が私の肌をなぞり、あの夜の痛みが、愛の証として熱く蘇る。
「……私は、貴方のものですわ、リュカ様。北方の風と、貴方の熱だけが、今の私の真実です」
私が囁くと、リュカ様は満足げに目を細め、私の首筋に深く顔を埋めた。
馬車の揺れに合わせて、彼のアイスブルーのリボンと、私のアメジストのドレスが重なり合い、混ざり合う。
「そうだ。王都の称賛も、国王の称号も、北方の離宮に持ち帰ればただの飾りだ。……俺の腕の中だけで、お前はただのアイリスとして、俺のためだけに一針を紡いでいればいい」
独占欲に満ちた熱い吐息。
魔法の光など及ばない、密室の熱量。
馬車は、雪と氷に閉ざされた、けれど世界で最も温かい私たちの「家」へと向かって、ひたすらに道を急いでいた。
私は彼に身を預け、流れていく王都の景色を一瞥もすることなく、静かに瞳を閉じた。
第103話をお読みいただきありがとうございます。
王都を去る馬車の中での、濃厚な独占欲……リュカ様の「俺のためだけに一針を紡げ」というセリフに、彼の本音が凝縮されています。
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次話、雪の降る北方の離宮。第104話「歓迎の白雪」へ。




