第102話:呪縛からの解放
実父による身勝手な「家族の再開」。
しかし、アイリスとリュカは、血の繋がりよりも深い「愛の絆」で、過去のすべてを清算します。
王宮の回廊に、一人の老貴族が立ち塞がった。
アイリスの実父、ランチェスター公爵。かつて彼女が不貞の濡れ衣を着せられた際、一言の弁護もせず「家の恥だ」と吐き捨て、彼女を泥の中に追放した男である。
「アイリス……。あのアメジストの輝き、まさしく我が家の誇りだ。国王陛下も貴女の技術を認められた。……さあ、辺境伯の手を放しなさい。貴女は再びランチェスター公爵令嬢として、この王都で返り咲くのだ」
その言葉は、どこまでも身勝手で、厚顔無恥だった。
魔法という奇跡が存在しないこの世界において、血縁は絶対の鎖だ。父は、娘が手に入れた「新しい価値」を、再び家門の利益のために利用しようと企んでいた。
私は、震える指先をリュカ様の掌の中で強く握りしめた。
「……公爵。貴方はあの日、雨の中で私を捨てたときに仰いましたわね。『お前のような汚れた娘は、もう死んだものと思え』と」
「それは……誤解だ! 私は貴女を守るために、一時的に……」
「いいえ。貴方が見ていたのは私ではなく、私が纏うはずだった『王妃』という肩書きだけですわ。……ですが、今の私は違います。私は、私を人間として見出し、愛してくださったこの方の……ヴォルテール家の専属針子であり、伴侶となる女です」
アイリスが凛として言い放つと、リュカ様が一歩前へ踏み出した。
彼のアイスブルーの瞳は、公爵を「義父」などとは微塵も思っていない。ただの、アイリスを傷つけた敵として、冷徹に射抜いている。
「聞こえなかったか、公爵。アイリス・ランチェスターは、あの日泥の中で死んだ。……今ここにいるのは、俺の魂を縫い止めている、俺だけの女だ。貴様のような男が、二度と彼女の肌に触れることも、その名を呼ぶことも許さん」
リュカ様は、懐から一通の書状を取り出した。それは、北方辺境伯としての全権をもって用意された、アイリスの『ランチェスター家籍抹消とヴォルテール家への編入』を認める、国王の署名入り令状だった。
「これは……! 陛下がこのような暴挙を……っ!」
「暴挙ではない。正当な対価だ。……彼女という至宝を泥に捨てた代償を、貴様の家門の名誉をもって支払わせるだけだ」
リュカ様の放つ圧倒的な武威と独占の熱。
魔法なき世界の法と実力が、血縁という古い呪縛を、無慈悲に、そして鮮やかに切り裂いた。
私は一度だけ、呆然と立ち尽くす父に完璧なカーテシーを捧げた。
それは、過去への決別と、新しい人生への凱旋の合図。
「さようなら、公爵閣下。……私を、自由にしてくださって感謝いたしますわ」
私たちは背を向け、因縁の過去を完全に置き去りにして、夜明けの光が差し込み始めた王宮を後にした。
第102話をお読みいただきありがとうございます。
今更「娘よ」と近寄ってくる実父を、リュカ様が令状一枚で黙らせる展開……スカッとしますね。
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次話、因縁の王都を去り、愛する北方の地への帰還が始まります。




