第100話:独占欲の境界線
王都の称賛さえも、リュカにとっては「愛する女への冒涜」でしかありませんでした。
第100話、二人の間に引かれた、誰にも侵せない独占の境界線を描きます。
アイリスを囲む貴族たちの輪は、広がる一方だった。
かつて彼女を蔑んだ夫人たちはその刺繍の秘密を知ろうと擦り寄り、冷笑していた男たちはその神々しい美貌に魂を奪われたような眼差しを送っている。
「……アイリス様、どうか一言だけでも。貴女のそのアメジストの色彩は、王都の光そのものですわ」
降り注ぐ賞賛の嵐。魔法の光など及ばない、純然たる羨望の熱気。
だが、その中心でアイリスを支えるリュカの腕が、次第に容赦のない強さで彼女を拘束し始めていた。彼のアイスブルーの瞳は、もはや祝宴の主賓としての体裁すら脱ぎ捨て、飢えた獣のような独占欲に濁っている。
「――そこまでだ」
リュカの低い声が、広間の空気を氷点下まで凍りつかせた。
彼はアイリスの腰を強引に引き寄せ、背後から包み込むようにして外界の視線を遮断する。包帯の巻かれた左手が、彼女のドレスの肩口に置かれ、誰の手も寄せ付けないという「境界線」を引いた。
「この女性の美しさを語る権利を、貴様ら全員に与えた覚えはない。……下がれ。これ以上その不埒な視線を彼女に向けるなら、俺は今この場で王宮の規律を忘れることになるぞ」
辺境伯の放つ圧倒的な殺気に、貴族たちは悲鳴を上げるようにして散っていった。
リュカは返答を待たず、アイリスの手を強く握ると、騒然とする大広間を突っ切り、夜風が吹き抜ける静かなテラスへと彼女を連れ出した。
「……リュカ様。皆様、ただ私を褒めてくださっていただけですわ」
「褒める? あいつらの瞳に宿っていたのは、お前を奪い、俺の知らない場所へ連れ去ろうとする欲望だ」
テラスの暗がりで、リュカはアイリスを壁際に追い詰めた。
魔法のないこの世界で、彼が示せる最大の執着。彼はアイリスの顎を荒っぽく持ち上げ、自らの荒い吐息を彼女にぶつける。
「アイリス、世界にお前の価値を知らしめるのは今夜で終わりだ。……明日からは、お前の一針も、そのアメジストの瞳も、俺だけの視界に閉じ込めておく。……いいな? お前を誰にも見せたくないんだ……っ」
剥き出しの、狂おしいほどの独占欲。
アイリスは、彼の胸元の「猛禽」の刺繍にそっと指を触れた。
王都の称賛など、この男のたった一言の執着に比べれば、あまりにも軽くて空虚なもの。
「……ええ。存じておりますわ、リュカ様。私は、貴方の境界線の内側だけで、貴方のためだけに咲き続けます」
月光の下、二人の重なる影だけが、外界の喧騒から隔絶された真実の居場所だった。
第100話をお読みいただきありがとうございます。
ついに100話の大台を迎えました! 嫉妬で夜会から連れ出してしまうリュカ様、これぞ独占欲の極みですね。
「リュカ様の余裕のなさがたまらない!」「アイリス、一生閉じ込められてほしい」と思ってくださった方は、
ぜひ【★★★★★】評価やブックマークで応援をよろしくお願いします!
次話、王宮のバルコニーで、改めて二人の未来を誓い合います。




