もう一人の私
「ごめんね。一人だけ、もらっていく」
もう一人のレシティアが剣を構えた。
対するレシティアも、まったく同じ構えを取る。足の位置、重心、剣先の高さまで同じだった。
剣士騎士が一歩前へ出る。
「姫様、下がってください」
「駄目」
二人のレシティアが同時に答えた。
「……」
「……」
二人とも黙る。
ガルドが吹き出した。
「っはは、これ面白――」
騎士団全員が睨んだ。
「笑うな」
「はい」
包帯のレシティアは騎士団を見た。
剣士騎士。女性騎士。魔法騎士。諜報騎士。
一人ずつ。
まるで、忘れていた顔を確認するように。
「本当に……みんないる」
剣士騎士が剣を抜く。
「あなたがどのような存在であろうと、姫様に害をなすのであれば――」
「その言い方」
包帯のレシティアが笑った。
「変わらないのね」
剣士騎士の動きが止まる。
「あなたは……」
「知ってるわ」
包帯のレシティアは剣を下ろした。
「朝は誰より早く起きるくせに、寝起きは悪い。甘いものは嫌いって言うけど、蜂蜜入りの焼き菓子だけは食べる。剣の手入れをしている時に話しかけると返事が半分になる。あと――」
「姫様」
現在のレシティアが言った。
包帯のレシティア。
「何?」
「それ以上はやめて」
「どうして?」
「私も知らないことが混ざってる」
「……あ」
二人とも剣士騎士を見る。
剣士騎士は珍しく。
ものすごく気まずそうな顔をしていた。
レシティア。
「蜂蜜入りの焼き菓子、好きなの?」
「今はそこではありません」
「あとで聞く」
「姫様」
観測管理局の男が透明な箱を確認する。
「接続が安定し始めています」
黒髪の女。
「切れない?」
「強制切断は推奨しません」
「理由」
「二世界間で同一存在が接続点になっています。強制的に閉じた場合、どちらのレシティア・パープル様がどちら側へ残るか保証できません」
現在のレシティア。
「入れ替わるかもしれない?」
「はい」
包帯のレシティア。
「それは困る」
二人。
同時。
「私も」
また。
沈黙。
ガルドが口を押さえる。
「笑ったら殺すわよ」
二人同時だった。
「はい」
レシティアは剣を下ろさない。
「一人もらうって、誰を?」
包帯のレシティアの視線が騎士団へ向く。
女性騎士が前へ。
「私ですか」
「違う」
魔法騎士。
「では私を」
「違う」
諜報騎士。
「私であれば――」
「違う」
最後。
剣士騎士。
包帯のレシティアは何も言わなかった。
レシティアの目が細くなる。
「……その人?」
包帯のレシティア。
「うん」
「駄目」
「でしょうね」
即答。
「分かってて言ったの?」
「私ならそう言うから」
「なら諦めて」
「それも無理」
二人の間。
空気が変わる。
包帯のレシティアが左目の包帯に触れた。
「私の世界ではね、観測者が来たところまでは同じだった」
黒髪の女が表情を変える。
「そこから何が違った?」
「私が、未来を見返した」
現在のレシティア。
「私も見たわ」
「もっと先まで」
包帯のレシティアは笑う。
「全部」
「……」
「自分がいつ死ぬか。誰が死ぬか。国がどうなるか。騎士団がどうなるか。世界がどう終わるか」
レシティア。
「どうして?」
「怖かったから」
その答えだけは。
すぐだった。
「分からないことが怖かった。だから全部知れば、全部避けられると思った」
黒髪の女が小さく呟く。
「観測者に乗ったのか」
「そう」
「馬鹿」
「知ってる」
包帯のレシティアは怒らなかった。
「結果、全部避けようとした」
一歩。
「一人目を助けた」
もう一歩。
「代わりに二人死んだ」
「二人を助けた」
「国が一つ消えた」
「国を守った」
声が震える。
「世界が壊れた」
誰も口を挟まなかった。
包帯のレシティアは騎士団を見る。
「最後に残ったのが、私たちだった」
「私と」
「騎士団」
剣士騎士の手が、僅かに動く。
「それから?」
現在のレシティアが聞く。
包帯のレシティア。
笑う。
「私を守って」
それだけ。
「全員死んだ」
セラフィナが息を呑んだ。
現在の騎士団は何も言わない。
包帯のレシティアは左目の包帯を外す。
そこに目はなかった。
黒い空洞。
その奥で。
小さな星が。
いくつも。
瞬いている。
エリシア。
「それ……」
「世界が壊れた時に持っていかれた」
包帯を戻す。
「最後はこの人だった」
剣士騎士を見る。
「三日間」
「一人で」
「私を守った」
剣士騎士は黙っている。
「もう立てなかったのに」
包帯のレシティアの声が小さくなる。
「私に逃げろって」
「ずっと」
「言ってた」
現在のレシティア。
剣士騎士を見る。
「言いそう」
「姫様」
「言うでしょう?」
「……否定はいたしません」
包帯のレシティアが笑った。
「ね?」
ほんの一瞬。
二人のレシティアは。
同じように笑った。
「だから欲しいの?」
「うん」
「代わり?」
包帯のレシティアは答えなかった。
レシティア。
「同じ人じゃないわよ」
「分かってる」
「分かってない」
「分かってる!」
初めて。
包帯のレシティアが声を荒げた。
「分かってるわよ!」
神殿が静まる。
「この人は私の騎士じゃない。私のことなんて知らない。私が知ってる思い出もない。私が一緒に旅した人じゃない!」
涙。
落ちる。
「そんなの」
「分かってる」
「でも」
剣。
握る手。
震える。
「一人なの」
現在のレシティアは何も言えなかった。
同情。
する。
分かる。
もし。
逆だったら。
自分以外。
全員。
いなくなったら。
別の世界。
そこに。
同じ顔。
同じ声。
同じ癖。
同じように。
自分を守ってくれた人。
いたら。
欲しくならないと。
言い切れるか。
分からない。
だからこそ。
「それでも」
レシティアは言った。
「駄目」
包帯のレシティアが涙を拭う。
「うん」
「この人は渡さない」
「うん」
「他のみんなも」
「うん」
「誰も」
レシティアは剣を構え直す。
「あなたの世界の代わりにはしない」
包帯のレシティアも剣を構えた。
「だから」
「奪う」
剣士騎士が二人の間へ出ようとする。
「姫様」
「来ないで」
「ですが」
「これは私がやる」
「なぜです」
レシティア。
目の前。
もう一人の自分を見る。
「私だから」
剣士騎士。
「理由になっておりません」
「なるわ」
「なりません」
「なる」
「なりません」
包帯のレシティア。
「懐かしい」
二人。
見る。
「私も昔、それやった」
剣士騎士。
「……」
「最後は私が勝った」
現在のレシティア。
「どうやって?」
「泣いた」
レシティア。
「ずるい」
「でしょう?」
その瞬間。
包帯のレシティアが消えた。
速い。
剣士騎士。
「姫様!」
金属音。
神殿中央。
二本の剣。
激突。
レシティアは受けている。
「っ!」
包帯のレシティア。
「やっぱり」
「何?」
「同じ」
剣。
離れる。
再び。
激突。
右。
左。
突き。
払い。
全部。
同じ。
一人が攻撃すれば。
もう一人が。
攻撃する前から。
知っている。
同じ身体。
同じ訓練。
同じ思考。
違うのは。
経験。
包帯のレシティアの剣が、僅かに上。
現在のレシティア。
それを読む。
下。
潜る。
だが。
包帯のレシティアも読む。
膝。
レシティアの腹へ。
「ぐっ!」
吹き飛ぶ。
剣士騎士が動く。
「来ないで!」
空中。
身体。
回転。
着地。
レシティア。
腹。
押さえる。
「……痛い」
包帯。
「私もそれ嫌い」
「ならやらないで」
「効くって知ってるから」
「性格悪いわね」
「同じでしょう?」
「嫌ねえ」
再び。
衝突。
今度。
レシティア。
魔法。
紫色の光弾。
十二。
包帯。
同時。
十二。
正面。
ぶつかる。
爆発。
煙。
二人。
煙の中。
接近。
剣。
振る。
同じ。
しかし。
包帯のレシティアだけ。
途中。
剣。
捨てる。
「!」
現在のレシティア。
一瞬。
遅れる。
包帯。
拳。
頬。
「いった!」
殴られる。
レシティア。
そのまま。
相手の腕。
掴む。
「捕まえた!」
頭突き。
ゴン!
「いったぁ!」
二人。
同時。
額。
押さえる。
ガルド。
「姫同士の戦いってもっとこう、神々しい感じじゃ――」
女性騎士。
「黙ってください」
「はい」
現在のレシティア。
理解。
する。
「あなた」
包帯。
「何?」
「剣術」
「変わったわね」
包帯のレシティア。
少し。
笑う。
「生き残るために」
「何でも使うようになった」
そこが。
違う。
現在のレシティアには。
騎士団がいた。
今も。
いる。
守ってくれる。
だから。
剣を学んだ。
魔法を学んだ。
策略。
変装。
何でも。
楽しみながら。
盗むように。
覚えた。
向こうは。
違う。
一人になった。
生きるため。
全部。
使った。
包帯。
地面。
蹴る。
今度は。
剣ではない。
魔法。
空間。
足元。
崩れる。
現在のレシティア。
飛ぶ。
待っていた。
上。
包帯。
拳。
レシティア。
防御。
衝撃。
床。
叩きつけられる。
「姫様!」
「大丈夫!」
全然。
大丈夫ではない。
起きる。
包帯のレシティアが剣を拾う。
「私の方が」
一歩。
「少しだけ」
一歩。
「強い」
レシティア。
口元。
血。
拭う。
「そうみたいね」
「降参する?」
「嫌」
「知ってた」
黒髪の女が呟く。
「経験差がでかい」
ガルド。
「向こうは何年一人だった?」
観測管理局の男。
紙。
確認。
「主観時間で三十二年」
全員。
「……」
レシティア。
「三十二?」
包帯のレシティア。
「うん」
「あなた」
「何歳?」
「五十二」
ガルド。
「見えねえ」
包帯。
「世界が壊れた時に、身体の時間が止まったから」
現在のレシティア。
「……それ」
少し。
困る。
「年上の私?」
「そうなるわね」
「なんか嫌」
「私も二十歳の自分見るの、結構きつい」
「どういう意味?」
「まだ自覚ないんだなって」
「何の?」
「色々」
「気になるんだけど」
剣士騎士。
「姫様」
「何?」
「今のうちにお逃げください」
「嫌」
包帯。
「そのやり取りも変わらない」
剣士騎士。
もう一人を見る。
「あなたにも申し上げます」
「何?」
「あなたも姫様です」
包帯のレシティア。
動き。
止まる。
「……」
「ですから」
一拍。
「おやめください」
「……ずるい」
小さな声。
「その言い方」
剣士騎士。
「申し訳ありません」
「謝らないで」
「申し訳ありません」
「だから」
包帯のレシティア。
顔。
歪む。
「そういうところも」
「同じなのよ」
現在のレシティアは気づく。
剣を握る手。
さっきより。
震えている。
戦いたくない。
向こうも。
本当は。
奪いたくない。
でも。
帰れば。
一人。
だから。
戻れない。
レシティア。
剣。
下ろす。
「姫様!」
「大丈夫」
包帯。
「……何のつもり?」
「別の方法にする」
「ないよ」
「探してないでしょう?」
「三十二年探した!」
「一人で?」
包帯。
黙る。
レシティア。
「じゃあ」
「今度は」
騎士団。
黒髪の女。
エリシア。
セラフィナ。
ルミエル。
リベル。
ガルド。
観測管理局の男。
見る。
「みんなで探せばいい」
包帯のレシティア。
笑う。
悲しい。
笑い。
「そういうところ」
「昔の私」
「何?」
「簡単に言う」
「だって」
「まだ何も試してないもの」
「試したよ!」
「あなたの世界では」
包帯。
止まる。
レシティア。
「こっちでは」
「まだ」
「試してない」
観測管理局の男が紙をめくる。
「理論上、一つ方法はあります」
全員。
見る。
レシティア。
「あるの?」
「はい」
包帯。
「嘘」
「当局職員は原則として虚偽報告を行いません」
「何?」
「可能性世界を独立世界として正式登録すれば、消滅を回避できます」
包帯のレシティア。
目。
見開く。
「私の世界を?」
「はい」
「戻せる?」
「世界そのものは既に存在しています。ただし現在、未登録のため基底世界との接触によって崩壊する可能性がある」
レシティア。
「登録すれば?」
「安定します」
「じゃあして」
「できません」
レシティア。
「またそれ!?」
男。
「登録条件を満たしていません」
「何が必要?」
「最低三点」
指。
一本。
「世界固有の境界」
二本。
「基底世界から独立した時間軸」
三本。
「世界自身による存続意思」
黒髪の女。
「最初の二つは?」
「満たしています」
レシティア。
「じゃあ最後だけ?」
「はい」
包帯のレシティア。
「世界の意思なんて」
「もうない」
男。
「いいえ」
包帯。
「……?」
「存在します」
「どこに?」
男。
透明な箱。
見る。
「あなたの世界は」
一拍。
「あなたを中心に残っています」
包帯のレシティア。
「私?」
「はい」
「あなたが最後の基準点です」
黒髪の女。
理解。
「だから」
「レシティアだけ」
「身体の時間が止まった」
男。
「その可能性が高い」
「世界が」
黒髪。
包帯を見る。
「この子を」
「最後の住人として」
「残した」
レシティア。
「なら」
「世界に聞けばいい」
男。
「そのためには帰還が必要です」
包帯。
顔。
暗くなる。
「帰ったら」
「接続が閉じる」
「はい」
「もう」
「ここには来られない?」
「原則として」
包帯。
騎士団を見る。
やはり。
剣士騎士で。
止まる。
レシティアは。
分かった。
選択。
自分なら。
迷う。
絶対。
迷う。
だから。
待つ。
包帯のレシティア。
長く。
長く。
みんなを見る。
そして。
「……一つ」
剣士騎士。
「はい」
「お願いしてもいい?」
現在のレシティア。
少し警戒。
「何?」
包帯。
笑う。
「抱きしめてほしい」
沈黙。
剣士騎士。
「……」
現在のレシティア。
「……」
女性騎士。
「……」
ガルド。
「おお」
全員。
「黙れ」
包帯。
「駄目?」
剣士騎士は。
現在のレシティアを見る。
「なんで私を見るの?」
「姫様」
「本人に決めてもらって」
剣士騎士。
包帯を見る。
長い。
沈黙。
剣。
床。
置く。
ゆっくり。
近づく。
包帯のレシティア。
震える。
剣士騎士。
その前。
立つ。
「失礼いたします」
包帯。
「そこも」
「同じ」
次。
抱きしめる。
強く。
ではない。
優しく。
包帯のレシティア。
最初。
動かない。
次。
腕。
上げる。
騎士の背中。
掴む。
「……」
声。
出ない。
肩。
震える。
「ごめん」
剣士騎士。
「何がでしょう」
「守れなくて」
「あなたのこと」
「最後まで」
「守れなくて」
剣士騎士。
少し。
目。
見開く。
「姫様」
「違う世界」
「違う私」
「でも」
包帯。
泣く。
「言わせて」
剣士騎士。
静かに。
「承知しました」
「ごめん」
「はい」
「ありがとう」
「はい」
「大好きだった」
剣士騎士。
答えない。
代わりに。
ほんの少し。
抱く腕。
強くなる。
やがて。
離れる。
包帯のレシティア。
涙。
拭う。
現在のレシティアを見る。
「……返す」
「最初から私の騎士よ」
「知ってる」
少し。
笑う。
「いいなあ」
レシティア。
「うん」
「否定しないんだ」
「しない」
包帯。
笑う。
「そこは」
「私と違う」
「そう?」
「私は最後まで」
「当たり前だと思ってた」
騎士団。
見る。
「失ってから」
「分かった」
現在のレシティア。
何も。
言わない。
ただ。
覚える。
包帯のレシティアが扉へ戻る。
「帰る」
男。
「帰還後、当局が世界意思の確認を試みます」
「もし」
包帯。
「世界が」
「もう終わりたいって」
「言ったら?」
「登録は行われません」
「私も?」
「世界と共に消滅する可能性があります」
剣士騎士。
「なら行くべきでは」
包帯。
「大丈夫」
笑う。
「今度は」
「自分で決める」
レシティア。
その言葉。
聞く。
そして。
頷く。
「うん」
包帯。
扉。
越える。
その直前。
振り返る。
「ねえ」
レシティア。
「何?」
「あなた」
「ちゃんと休んでる?」
現在のレシティア。
「……」
騎士団。
一斉。
レシティアを見る。
「なんで最後にそれ聞くの?」
包帯。
「五十二歳の忠告」
「何?」
「休める時に」
「休んどきなさい」
レシティア。
「……はい」
騎士団。
「必ず守ってください」
「今の返事は向こうの私にしたの!」
包帯。
声。
出して。
笑う。
そして。
扉。
閉じる。
静かになった。
男。
透明な箱。
確認。
黒い点。
まだ。
ある。
しかし。
安定。
している。
《世界意思確認中》
文字。
出る。
一秒。
十秒。
一分。
誰も。
話さない。
そして。
《回答受領》
レシティア。
「……」
《存続希望》
小さく。
息。
吐く。
《登録処理開始》
《仮称:可能性世界632901》
レシティア。
「待って」
男。
「はい」
「その名前」
「嫌」
「仮称です」
「なら」
レシティア。
少し。
考える。
「向こうの私に」
「決めさせて」
男。
止まる。
「……申請します」
「お願い」
透明な箱。
小さく。
光る。
その中。
ほんの一瞬。
包帯のレシティア。
見えた。
広い。
星見の神殿。
一人。
でも。
彼女の後ろ。
草。
生える。
枯れていた木。
小さな。
芽。
出る。
世界が。
もう一度。
始まろうとしている。
レシティア。
笑う。
「よかった」
観測管理局の男。
「一件目の処理が完了しました」
全員。
安堵。
そして。
男。
次の紙。
出す。
「では」
「残り」
一拍。
「八百七十一万四千二百六十一世界について」
レシティア。
「……」
「順次」
「所有者確認を」
レシティア。
「待って」
「はい」
「今のを」
「八百万回?」
「はい」
レシティア。
騎士団を見る。
騎士団。
目を逸らす。
「待って」
「はい」
「これ」
「いつ終わる?」
男。
紙。
確認。
「現在の処理速度ですと」
「およそ」
「二万三千八百七十六年後です」
レシティア。
「……」
ガルド。
「姫」
「何?」
「長生きできるな」
レシティア。
「嬉しくない!」
黒髪の女。
「一括処理!」
男を見る。
「あるでしょ!?」
「あります」
全員。
「あるの!?」
「はい」
レシティア。
「最初から言って!」
「説明前でしたので」
「お願い!」
男。
紙。
出す。
「一括処理には」
「全可能性世界の共通基準点へ」
「所有者本人が」
「接続する必要があります」
黒髪。
「共通基準点?」
男。
レシティアを見る。
「はい」
「八百七十一万世界」
「全てに存在する」
「唯一の場所」
レシティア。
嫌な。
予感。
「それ」
「どこ?」
男。
答える。
「あなたの」
「非常口です」
レシティアの背後。
白い扉。
コン。
音。
一回。
次。
コン。
コン。
コン。
そして。
数え切れない。
ノック。
白い扉の。
向こう。
八百七十一万の世界。
八百七十一万の。
レシティア。
同時に。
扉を。
叩く。
神殿全体。
震える。
レシティア。
ゆっくり。
振り返る。
「……これ」
黒髪の女。
「うん」
「開けたら?」
「八百七十一万人の」
「あなたと」
「繋がる」
レシティア。
黙る。
騎士団も。
黙る。
女性騎士。
「姫様」
「何?」
「絶対に」
「増えないでください」
レシティア。
「私に言われても困る!」
その直後。
八百七十一万回のノックが。
ぴたりと。
止んだ。
静寂。
そして。
扉の向こうから。
八百七十一万の。
同じ声。
「――私たちの中に」
一拍。
「一人だけ」
もう一拍。
「レシティアじゃないものがいる」
黒髪の女の。
表情が。
凍りついた。




