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私の影

レシティアの影が。


神殿の壁一面まで。


巨大に。


膨れ上がった。


天井。


柱。


星泉。


床。


黒。


黒。


黒。


光があるのに。


影だけが。


増えていく。


セラフィナが翼を広げる。


「姫様!」


ルミエルも。


即座に前へ。


「離れてください!」


レシティアは。


自分の足元を見る。


一つ目の影。


自分と同じ。


二つ目。


動いている。


勝手に。


ゆっくり。


腕のようなものを。


伸ばす。


「……気持ち悪いわね」


影。


止まった。


「気持ち悪い?」


声。


神殿中。


響く。


「私が?」


レシティア。


「ええ」


即答。


「勝手に人の影へ入る人は」


「だいたい気持ち悪いと思うわ」


影。


しばらく。


黙った。


エリシアが。


小さく。


「……姫様」


「なに?」


「たぶん」


「怒らせない方が」


「もう怒ってるでしょう?」


「そうだけど」


「じゃあ同じよ」


「違うと思う」


影。


壁から。


ゆっくり。


剥がれる。


立体。


人型。


でも。


輪郭だけ。


顔。


ない。


目。


ない。


口。


だけ。


白い。


「あなた」


影が言う。


「面白い」


レシティア。


「よく言われるわ」


「怖くない?」


「怖いわよ」


即答。


影。


少し。


止まる。


「怖いの?」


「もちろん」


「なのに」


「どうして」


「普通に話す?」


レシティア。


少し考える。


「怖がっても」


「あなたが帰ってくれるわけじゃないでしょう?」


「……」


「帰ってくれる?」


影。


笑う。


「帰らない」


「じゃあ」


「話すしかないわね」


エリシア。


レシティアを見る。


何か。


理解できないものを見る顔。


リベルは。


小さく。


「……騎士団の皆様が苦労される理由が」


「少し分かった気がします」


レシティア。


「何か言った?」


「何も」


影。


レシティアへ。


一歩。


セラフィナ。


前。


「近づかないで!」


影。


止まる。


セラフィナを見る。


「白い羽」


「何ですか」


「境界が薄い」


セラフィナ。


「……?」


影。


次。


ルミエルを見る。


「こっちも」


ルミエル。


翼。


広げる。


「それ以上」


「近づけば」


影。


「何?」


ルミエル。


剣。


構える。


「試しますか?」


影。


少し。


笑う。


「面白い」


レシティア。


「みんなに面白いって言うのね」


「あなたほどじゃない」


「そう」


「嬉しくないわ」


エリシア。


銀の光。


展開。


「動かないで」


影。


エリシアを見る。


「蝶番」


エリシア。


顔。


歪む。


「その呼び方」


「嫌い」


「でも」


「そう作られた」


エリシア。


「……」


影。


「入口」


「出口」


「蝶番」


「錠」


「鍵」


「器」


「世界は」


「名前をつけるのが好き」


エリシア。


両手。


強く。


握る。


影。


「名前をつければ」


「違うものだと」


「思えるから」


銀の光。


僅かに。


揺れる。


「あなたは」


「蝶番」


影。


レシティアを見る。


「この子は」


「取っ手」


レシティア。


眉。


動く。


「違うわ」


影。


止まる。


「何が?」


「エリシアは」


「エリシアよ」


エリシア。


目。


見開く。


「私は」


レシティア。


自分の胸。


指す。


「レシティア」


影。


「でも」


「役割は」


「役割があったら」


「名前がなくなるの?」


「……」


「騎士は騎士だけど」


「みんな別の人よ」


「姫だって」


「私以外にもいる」


レシティア。


少し。


首を傾げる。


「変じゃない?」


影。


答えない。


その時。


影の表面。


揺れた。


レシティア。


二人。


映る。


一人。


現在。


もう一人。


幼い。


次。


老婆。


次。


赤ん坊。


全部。


レシティア。


同時。


存在。


セラフィナ。


「姫様が……」


影。


「違い」


「いらない」


赤ん坊と。


老婆。


重なる。


「過去」


「未来」


重なる。


「生」


「死」


重なる。


「私」


「あなた」


影。


一歩。


「同じにすれば」


「苦しくない」


レシティア。


少し。


黙った。


「どうして?」


影。


「違うから」


「奪う」


「違うから」


「捨てる」


「違うから」


「争う」


「違うから」


「一人になる」


影。


大きく。


広がる。


「全部」


「同じなら」


「誰も」


「失わない」


エリシア。


顔。


変わる。


リベルも。


息を呑む。


それは。


破壊を望んでいるのではない。


憎んでいるわけでもない。


救おうと。


している。


こいつなりに。


「だから」


影。


優しい声。


「混ざろう」


「全部」


「一つになろう」


「そうすれば」


「あなたも」


「誰とも」


「別れなくていい」


レシティア。


目を閉じる。


一瞬。


父。


母。


兄弟。


騎士団。


旅で出会った人々。


猫の女王。


フィオナ。


ナミラ。


セラフィナ。


いつか。


死ぬ。


自分も。


死ぬ。


別れる。


絶対に。


「……それは」


影。


「嫌?」


レシティア。


目。


開く。


「嫌よ」


影。


少し。


嬉しそう。


「なら」


「一つに」


「違うわ」


レシティア。


剣。


下ろす。


「別れるのは」


「嫌」


「でも」


セラフィナを見る。


「セラフィナが」


「私になったら」


「もっと嫌」


セラフィナ。


「……姫様」


「ルミエルも」


「リベルも」


「騎士たちも」


「みんな」


「私じゃないから」


少し。


笑う。


「好きなのよ」


影。


動き。


止まる。


「違うから?」


「そう」


「分からない」


「でしょうね」


レシティア。


「私も」


「あなたの考え」


「分からないもの」


「だから」


一拍。


「別々なのよ」


影。


沈黙。


そして。


突然。


神殿。


黒。


爆発。


「なら」


声。


低くなる。


「教えて」


無数の腕。


壁。


床。


天井。


出現。


「違うことに」


「何の価値がある?」


腕。


レシティアへ。


セラフィナ。


翼。


一閃。


光。


腕。


切断。


だが。


切れた腕。


二つに。


分かれる。


ルミエル。


「攻撃しないで!」


「増えます!」


セラフィナ。


「先に言って!」


「今分かりました!」


リベル。


「騎士団の皆様がいない時に限って!」


レシティア。


「本当ね!」


エリシア。


両手。


広げる。


銀の線。


神殿全体。


走る。


「分ける!」


黒。


銀。


接触。


エリシア。


叫ぶ。


「影は影!」


「壁は壁!」


「床は床!」


「人は人!」


境界。


固定。


黒い腕。


止まる。


影。


エリシアを見る。


「蝶番」


「エリシア!」


レシティアが。


即座に訂正。


影。


「……エリシア」


本人。


少し。


驚く。


影。


続ける。


「どうして」


「分ける?」


エリシア。


「私が」


歯。


食いしばる。


「決めたから!」


銀。


強くなる。


影。


押し戻される。


地下。


同じ瞬間。


巨大な扉。


揺れた。


助手。


「……止まった?」


ガルド。


顔。


上げる。


「いや」


「違う」


剣士騎士。


「何が」


ガルド。


扉。


見る。


黒い指。


動かない。


「向こう側の本体が」


一拍。


「こっち見てない」


剣士騎士。


表情。


変わる。


「姫様」


即座。


振り返る。


「戻る」


女性騎士。


「錠前は」


助手。


「僕がやる!」


剣士騎士。


助手を見る。


「信用できるか?」


助手。


「できない」


「……」


「でも」


錠前。


両手。


片腕しかない。


それでも。


身体ごと。


押さえる。


「今度は」


「間違えない」


大きいおじさん。


『行け』


剣士騎士。


巨大な存在を見る。


『紫の娘のところへ』


「言われなくても」


『そして』


一拍。


『連れて逃げろ』


剣士騎士。


「断る」


地下。


『……何?』


「姫様が」


剣士騎士。


剣。


握る。


「逃げると決めたなら」


「共に逃げる」


「戦うと決めたなら」


「共に戦う」


「それだけだ」


大きいおじさん。


沈黙。


ガルド。


笑う。


「いいね」


剣士騎士。


「お前は残れ」


「なんで!?」


少女。


大きいおじさんの足。


掴む。


「おじさん」


『何だ』


「私」


「上行く」


『駄目だ』


「でも」


『駄目だ』


少女。


頬。


膨らませる。


『ここにいろ』


「なんで?」


大きいおじさん。


白いものたち。


見る。


「紫」


「紫」


まだ。


騒いでいる。


だが。


少女を。


襲わない。


『お前は』


少し。


声。


柔らかくなる。


『ここにいた方が安全だ』


少女。


「おじさんがいるから?」


『……』


「ねえ」


『そうだ』


少女。


笑う。


「じゃあいる」


大きいおじさん。


何も。


言わない。


剣士騎士たち。


穴。


戻る。


しかし。


ガルド。


途中。


止まる。


白いもの。


一体。


見ている。


「おい」


白いもの。


口。


開く。


「紫」


ガルド。


「違う」


「お前ら」


「紫を探してたんじゃないな」


白いもの。


止まる。


ガルド。


一つ目。


細くなる。


「最初から」


「紫の中にある」


「二つ目の扉を」


「見てた」


白いもの。


口。


笑う。


「違う」


ガルド。


「何が?」


白いもの。


「扉」


「じゃない」


「何?」


十二万。


全て。


同時。


ガルドを見る。


「卵」


ガルド。


笑顔。


消える。


上。


レシティア。


影。


対峙。


エリシア。


境界。


固定。


だが。


少しずつ。


黒。


広がる。


「無理……」


エリシア。


膝。


震える。


「長く」


「持たない」


リベル。


「あとどれほど」


「三分」


「騎士団が戻るまで」


「分からない」


レシティア。


影。


見る。


「あなた」


影。


「何?」


「名前は?」


全員。


止まる。


影。


「名前?」


「そう」


「ない」


「じゃあ」


「つける?」


影。


完全に。


動き。


止まった。


エリシア。


「姫様?」


リベル。


「何を……」


レシティア。


真剣。


「だって」


「ずっと『影』って呼ぶの」


「嫌でしょう?」


影。


「嫌?」


「あなた」


「私と同じになりたいの?」


「全部と」


「同じになりたい」


「なら」


レシティア。


少し考える。


「名前はいらないか」


影。


「……」


「名前は」


「違いを作るものだもの」


影。


揺れる。


レシティア。


「私がレシティア」


「この子がセラフィナ」


「彼女がエリシア」


「名前が違うから」


「呼べる」


「あなたに名前があれば」


一拍。


「あなたを」


「あなたとして呼べる」


影。


初めて。


後退。


ほんの。


一歩。


「私」


「私?」


レシティア。


「そう」


「あなた」


影。


震える。


「……分からない」


「じゃあ考えましょう」


「今?」


エリシア。


思わず。


「今!?」


レシティア。


「大事でしょう?」


「世界が混ざりかけてるのよ!?」


「だからよ」


レシティア。


影を見る。


「この子が」


「世界と自分の違いを」


「知らないなら」


「まず」


「そこからでしょう?」


影。


壁。


縮む。


少し。


人型。


戻る。


「名前」


レシティア。


「欲しい?」


長い。


沈黙。


「……分からない」


「じゃあ」


「欲しくなったら言って」


「今」


「つけないの?」


「勝手につけたら」


「あなたを決めることになるでしょう?」


影。


また。


沈黙。


エリシア。


目。


見開く。


それは。


かつて。


黒髪の女が。


できなかったこと。


作って。


役割を与えて。


名前より先に。


存在の意味を決めた。


だから。


エリシアは。


千年以上。


怒っていた。


レシティアは。


何も知らない。


だからこそ。


しなかった。


影。


小さくなる。


「変」


レシティア。


「よく言われる」


「あなた」


「変」


「二回言わなくても分かるわ」


「でも」


影。


少し。


レシティアへ。


近づく。


「嫌じゃない」


セラフィナ。


「近づかないで!」


影。


止まる。


レシティア。


「セラフィナ」


「でも!」


「大丈夫」


「大丈夫じゃないです!」


レシティア。


「……みんな同じこと言う」


その時。


影。


突然。


上。


見る。


何もない。


天井。


でも。


何かを。


感じた。


「……来る」


レシティア。


「誰が?」


影。


答えない。


震える。


今まで。


白いものが。


この存在を。


恐れていた。


だが。


今。


その存在自身が。


恐れている。


「来る」


エリシア。


「何が?」


影。


レシティアを見る。


初めて。


声。


子どものように。


「隠して」


レシティア。


目を瞬かせる。


「私を」


「隠して」


「早く」


影。


縮む。


レシティアの足元。


戻ろうとする。


セラフィナ。


「姫様から離れて!」


影。


「嫌」


「ここ」


「隠れる」


レシティア。


「何から?」


影。


答える。


「見るもの」


リベル。


顔。


変わる。


「……見る?」


影。


「見つける」


「分ける」


「名前をつける」


「決める」


「固定する」


エリシア。


「何を言ってるの」


影。


天井。


見ながら。


震える。


「私たちが」


「全部を同じにするなら」


「それは」


「全部を」


「違うものにする」


レシティア。


「反対?」


影。


「反対」


「私たちは」


「混ぜる」


「それは」


「分ける」


「どこまで?」


影。


レシティアを見る。


「永遠に」


その瞬間。


星見の神殿。


天井。


何も。


壊れていない。


なのに。


一つ。


目。


現れた。


巨大な。


瞳。


ただ。


見ている。


影。


悲鳴。


「嫌!」


レシティアの影へ。


完全に。


潜る。


エリシア。


後退。


「……嘘」


リベル。


「知っているのですか?」


エリシア。


首。


横。


「知らない」


「でも」


身体。


本能。


震える。


「見られたら」


「駄目」


巨大な目。


レシティア。


見る。


次。


セラフィナ。


見る。


リベル。


ルミエル。


エリシア。


一人ずつ。


そして。


文字。


空中。


浮かぶ。


《個体識別》


《分類開始》


リベル。


「……分類?」


エリシア。


「逃げて!」


遅い。


《人類種》


リベルの頭上。


文字。


《天翼系》


ルミエル。


《神性混成》


セラフィナ。


《境界固定体》


エリシア。


そして。


レシティア。


目。


止まる。


長い。


沈黙。


《識別》


文字。


止まる。


《識別》


また。


止まる。


《識別不能》


巨大な瞳。


初めて。


僅かに。


細くなる。


《再観測》


レシティア。


眉。


寄せる。


「……失礼ね」


リベル。


「そこですか!?」


「だって」


「みんな分類されたのに」


「私だけ分からないって」


「なんだか嫌じゃない?」


「今はそこではありません!」


地下。


ガルド。


顔。


上げる。


「来やがった」


剣士騎士。


足。


止める。


「知っているのか」


「知ってる」


「何者だ」


ガルド。


珍しく。


声。


低い。


「俺らが」


「外で」


「一番」


「会いたくないやつ」


大きいおじさん。


遠く。


『観測者か』


ガルド。


「ああ」


白いもの。


十二万。


全部。


地面へ。


伏せる。


まるで。


見つからないように。


そして。


大きいおじさんまで。


目。


閉じた。


剣士騎士。


「なぜ目を閉じる」


大きいおじさん。


『見るな』


「理由を」


『見れば』


一拍。


『向こうも』


『こちらを見る』


神殿。


巨大な目。


レシティア。


見ている。


《識別不能》


《原因検索》


《外部構造》


《非常口》


文字。


止まる。


そして。


《発見》


影。


レシティアの足元。


震える。


「嫌」


「嫌」


「見つかった」


レシティア。


剣。


構える。


巨大な瞳。


その奥。


何か。


笑った。


《未登録世界》


《未登録個体》


《未登録出口》


次。


たった一行。


《観測を開始します》


黒髪の女が。


閉じた非常口の向こう。


白い空間。


同じ文字を。


見た。


「……最悪」


そして。


彼女は。


初めて。


本気で。


レシティアへ向かって。


叫んだ。


「見返しちゃ駄目!」


しかし。


遅かった。


レシティアは。


巨大な瞳を。


真っ直ぐ。


見ていた。


瞳。


レシティア。


互いに。


見る。


その瞬間。


世界のどこにも存在しなかった。


新しい文字が。


星見の神殿の壁へ。


一文字ずつ。


刻まれ始めた。


《観測対象》


《レシティア・パープル》


そして。


最後。


《世界確定率》


《0.0001%》

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