扉の指
扉の隙間。
黒い。
一本の指。
ゆっくり。
こちら側へ。
入ってきた。
細い。
長い。
人間の指に。
似ている。
けれど。
関節が。
多い。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
そして。
先端。
爪。
ではない。
小さな。
口。
ぱく。
開く。
白いものたち。
一斉。
後退。
「……」
ゼフィール。
言葉。
出ない。
ガルドも。
笑わない。
剣士騎士。
「触れるな」
全員。
即座に。
距離。
取る。
助手だけ。
動かない。
黒い指。
空気。
触れる。
瞬間。
そこだけ。
消えた。
空気が。
ではない。
境目が。
「……?」
女性騎士。
盾。
構えたまま。
眉を寄せる。
魔法騎士。
すぐ。
術式。
展開。
しかし。
途中。
魔法陣。
崩れる。
「何が」
ガルド。
「近づけるな!」
珍しく。
怒鳴った。
六本の腕。
同時。
地面。
殴る。
衝撃。
扉。
周囲の骨。
吹き飛ぶ。
ただし。
黒い指には。
触れない。
「何なんだ!」
ゼフィール。
ガルド。
「境目を食う」
「聞いたよ!」
「意味が違う!」
ガルド。
黒い指。
睨む。
「今」
「空気と」
「空気じゃないものの」
「境目を食った」
ゼフィール。
「は?」
魔法騎士。
顔色。
変わる。
「つまり」
「真空?」
ガルド。
「そんな可愛いもんじゃない」
黒い指。
さらに。
出る。
二本目。
三本目。
扉。
内側。
何か。
押している。
ギィィィィィィ……。
錠前。
軋む。
白いもの。
逃げる。
互いを。
押し退け。
踏みつけ。
噛みつき。
ただ。
遠ざかろうとする。
十二万。
それ以上。
全て。
恐怖。
大きいおじさん。
低く。
『ガルド』
「分かってる」
『貴様なら』
「無理だ」
即答。
大きいおじさん。
沈黙。
ゼフィール。
「お前でも?」
ガルド。
一つ目。
扉から。
逸らさない。
「あれは」
「殴る相手じゃない」
「じゃあ何なんだ」
「閉じるしかない」
助手。
錠前。
見る。
自分が。
つけた。
亀裂。
手。
震える。
「僕が」
剣士騎士。
「後悔は後だ」
助手。
顔を上げる。
剣士騎士。
「今は直せ」
「……」
「できるか」
助手。
錠前。
見る。
「完全には」
「どこまで」
「外側の楔を」
「戻せれば」
魔法騎士。
「時間は」
助手。
「分からない」
女性騎士。
「必要な時間ではなく」
「作れる時間を聞いています」
助手。
少し。
驚く。
そして。
笑う。
「……先生の周り」
「昔より怖い人増えてない?」
ガルド。
「増えたな」
剣士騎士。
「手を動かせ」
「はい」
素直だった。
助手。
片腕。
剣。
捨てる。
錠前。
手を置く。
文字。
古い。
神代より。
前。
魔法。
でもない。
術式。
でもない。
線。
何百。
何千。
浮かぶ。
魔法騎士。
見る。
「読めません」
ガルド。
「読めなくていい」
「これは」
「世界の文字じゃない」
助手。
指。
動かす。
亀裂。
少し。
止まる。
その瞬間。
黒い指。
助手へ。
向く。
口。
開く。
「見つけた」
助手。
凍る。
剣士騎士。
前。
しかし。
ガルド。
腕。
一本。
横。
止める。
「斬るな」
「邪魔だ」
「斬ったら」
一拍。
「剣と」
「斬るっていう意味の境目」
「食われる」
剣士騎士。
止まる。
「……厄介だな」
「だろ?」
「なら」
剣。
鞘へ。
戻す。
「触れなければいい」
ガルド。
少し。
笑う。
「やっぱお前好きだわ」
剣士騎士。
「黙れ」
黒い指。
伸びる。
剣士騎士。
一歩。
踏む。
触れない。
だが。
近づく。
黒い指。
人間を。
狙う。
その瞬間。
女性騎士。
盾。
地面。
打ちつける。
衝撃。
床。
隆起。
骨の壁。
黒い指と。
助手の間。
黒い指。
骨へ。
触れる。
骨。
消えない。
代わりに。
形。
崩れる。
「骨」と。
「地面」の。
区別。
消えた。
一瞬で。
液体みたいに。
混ざる。
ゼフィール。
「気持ち悪っ……!」
魔法騎士。
「攻撃ではなく」
「定義そのものを」
「壊している」
ガルド。
「そういうやつ」
上。
星見の神殿。
レシティア。
胸。
押さえる。
「……近い」
リベル。
「何がです?」
「分からない」
第二の扉。
向こう。
今まで。
声。
だった。
今は。
感触。
爪。
扉。
引っ掻く。
ギィ。
ギィ。
胸の奥。
痛い。
セラフィナ。
手。
握る。
「姫様」
「大丈夫」
「大丈夫じゃない顔です」
レシティア。
少し。
笑う。
「みんな」
「同じこと言うわね」
銀髪の女。
少し離れた場所。
レシティアを。
見ている。
「その痛み」
レシティア。
見る。
「知ってるの?」
銀髪。
「少し」
「どうして?」
銀髪。
しばらく。
黙る。
そして。
「私も」
胸。
触れる。
「扉だったから」
リベル。
「……」
レシティア。
「え?」
銀髪。
「昔」
「私は」
「世界へ」
「何かを入れるために」
作られた。
「入口」
「出口」
「器」
「橋」
「呼び方は」
「たくさんあった」
「でも」
「結局」
「同じ」
自嘲。
「通すためのもの」
レシティア。
静かに。
聞く。
銀髪。
「だから」
「あなたを容器って呼んだ」
「……」
「自分と」
「同じだと思ったから」
レシティア。
少し。
目を細める。
「でも」
銀髪。
「違った」
「あなたには」
「選ぶ権利がある」
「私は」
なかった。
レシティア。
銀髪の女を。
見る。
「名前」
「……何?」
「あなたの名前」
銀髪。
固まる。
「ないの?」
「ある」
「じゃあ」
「教えて」
長い。
沈黙。
銀髪。
唇。
動く。
「エリシア」
リベル。
反応。
「……エリシア」
聞き覚え。
ある。
でも。
思い出せない。
古い。
あまりにも。
古い。
レシティア。
「エリシア」
呼ぶ。
女。
目。
揺れる。
レシティア。
「あなた」
「扉を閉じる方法」
「知らない?」
エリシア。
笑いそうになった。
「普通」
「名前を聞いた後に」
「すぐ仕事頼む?」
レシティア。
「ごめんなさい」
「でも急いでるから」
エリシア。
少し。
笑った。
初めて。
敵意。
ではなく。
「……本当に」
「似てない」
「誰に?」
「誰にも」
エリシア。
星泉。
見る。
「扉を」
「完全に閉じる方法は」
「黒髪の女しか知らない」
レシティア。
「じゃあ」
「今できることは?」
エリシア。
第二の扉。
見えない。
でも。
見ている。
「錠前は」
「外」
「取っ手は」
「あなた」
「そして」
「蝶番は」
一拍。
「私」
全員。
止まる。
レシティア。
「……あなた?」
「そう」
エリシア。
自分の腕。
見る。
「昔」
「先生は」
「私を」
「最初の扉に使った」
「だから」
「境界を固定する性質が」
「残ってる」
リベル。
「それを使えば」
「時間は稼げる?」
エリシア。
「多分」
セラフィナ。
「多分?」
エリシア。
「千年以上」
「試してないから」
リベル。
「十分です」
レシティア。
「お願いできる?」
エリシア。
「……」
「私」
「さっきまで」
「あなたから非常口を奪おうとしてた」
レシティア。
「知ってる」
「殺そうともした」
「そこまではしてないでしょう?」
「半分くらい」
「半分?」
「半分」
「……まあ」
レシティア。
少し。
困る。
「今は」
「助けてくれる?」
エリシア。
レシティア。
見る。
長い。
長い。
沈黙。
「……嫌」
リベル。
「え」
レシティア。
「そう」
すぐ。
引く。
エリシア。
逆に。
驚く。
「それだけ?」
「嫌なら」
「仕方ないでしょう?」
「……」
「無理やりさせたら」
「私を容器扱いしたあなたと」
「同じになるもの」
エリシア。
完全に。
言葉。
失う。
そして。
小さく。
笑う。
「ずるい」
レシティア。
「そう?」
「そう」
エリシア。
立つ。
「だから」
「やる」
「嫌なのに?」
「嫌だけど」
一拍。
「私が決めたから」
レシティア。
少し。
笑う。
「ありがとう」
地下。
助手。
「あと」
「少し……!」
錠前。
亀裂。
閉じる。
一本。
二本。
だが。
黒い指。
今度。
五本。
全部。
出ている。
掌。
隙間。
押し広げる。
巨大な。
黒い手。
こちら側。
来る。
白いもの。
悲鳴。
声。
出ない。
ただ。
口。
大きく。
開く。
逃げる。
大きいおじさん。
鎖。
軋ませる。
『ガルド!』
「無理って言ってんだろ!」
『なら考えろ!』
「考えてる!」
『遅い!』
「うるせえ!」
少女。
「ケンカしないで!」
二人。
同時。
『してない!』
「してるよ!」
剣士騎士。
黒い手。
見る。
動き。
観察。
速くない。
だが。
触れられない。
斬れない。
魔法。
危険。
なら。
「魔法騎士」
「はい」
「地面を」
「消せるか」
「……?」
「手の下だけ」
魔法騎士。
すぐ。
理解。
「落とす」
「そうだ」
ゼフィール。
「なるほど」
ガルド。
「やるじゃん」
剣士騎士。
「褒めるな」
魔法騎士。
両手。
地面。
「範囲指定」
「三十」
「二十」
「十」
黒い手。
伸びる。
「今!」
地面。
消失。
穴。
黒い手。
支え。
失う。
下。
落ちる。
ただ。
完全には。
落ちない。
扉。
繋がっている。
でも。
姿勢。
崩れる。
その瞬間。
助手。
叫ぶ。
「閉じろ!」
錠前。
発光。
亀裂。
一気に。
縮む。
扉。
ギィィィィィィ!!
黒い手。
挟まる。
指。
五本。
こちら側。
残る。
ガルド。
「今なら!」
ゼフィール。
「斬るなって言っただろ!」
「違う!」
ガルド。
六本腕。
全部。
錠前。
「押せ!」
全員。
理解。
女性騎士。
盾。
扉。
押す。
剣士騎士。
肩。
当てる。
ゼフィール。
翼。
全開。
風。
逆方向。
魔法騎士。
重力。
扉へ。
諜報騎士。
支点。
固定。
ガルド。
六本腕。
全部。
「うおおおおおお!!」
扉。
閉じる。
少し。
少し。
黒い指。
一本。
潰れる。
すると。
指の先。
口。
叫ぶ。
「いたい」
全員。
止まる。
声。
子ども。
「いたい」
「いたい」
「いたい」
少女。
震える。
「……子ども?」
大きいおじさん。
怒鳴る。
『聞くな!!』
黒い指。
声。
変わる。
「助けて」
女性。
「助けて」
老人。
「助けて」
赤子。
泣き声。
「助けて」
ガルド。
歯。
食いしばる。
「真似してるだけだ!」
上。
レシティア。
胸。
激痛。
「っ……!」
セラフィナ。
「姫様!」
エリシア。
「来る!」
星泉。
水。
逆流。
エリシア。
両手。
広げる。
身体。
銀。
光る。
レシティア。
第二の扉。
胸。
中。
何か。
動く。
コン。
ではない。
ドン。
ドン。
ドン。
「開けて!」
騎士団の声。
「姫様!」
母の声。
父の声。
知らない声。
そして。
最後。
レシティア自身の声。
「開けて」
レシティア。
目。
見開く。
自分。
「私だよ」
胸の奥。
自分の声。
「ねえ」
「開けて」
レシティア。
震える。
セラフィナ。
手。
握る。
「姫様」
レシティア。
目。
閉じる。
そして。
「嫌」
胸。
向こう。
止まる。
「なんで?」
自分の声。
レシティア。
「私なら」
一拍。
「自分で開けるから」
リベル。
「……」
セラフィナ。
「……」
エリシア。
一瞬。
固まる。
次。
吹き出す。
「っ……」
レシティア。
「何?」
エリシア。
「いや」
「本当に」
「あなた」
少し。
笑う。
「面倒」
第二の扉。
内側。
黒い何か。
初めて。
怒った。
「じゃあ」
「壊す」
レシティア。
胸。
黒い線。
浮かぶ。
エリシア。
即座。
両手。
レシティアへ。
「動かないで!」
銀。
光。
レシティアの身体。
包む。
「境界固定」
エリシア。
声。
震える。
「私」
「こっち側」
「あなた」
「こっち側」
「向こう」
「向こう側」
銀の線。
三つ。
分ける。
胸の黒い線。
止まる。
レシティア。
痛み。
少し。
弱まる。
エリシア。
膝。
つく。
「っ……」
レシティア。
「大丈夫?」
「……懐かしい」
エリシア。
笑う。
「こういうの」
「昔」
「よくやらされた」
レシティア。
「嫌なら」
「やめていいのよ」
エリシア。
「今さら?」
「今でも」
エリシア。
少し。
黙る。
「……じゃあ」
「あとで」
「文句」
「聞いて」
レシティア。
「いくらでも」
地下。
扉。
あと。
わずか。
黒い指。
三本。
残る。
助手。
叫ぶ。
「もう少し!」
大きいおじさん。
突然。
顔。
上げる。
巨大な目。
扉。
ではない。
別方向。
見る。
『……待て』
ガルド。
「今度は何だ!」
『白い奴らが』
全員。
見る。
逃げていた。
白いもの。
止まっている。
十二万。
全て。
同じ方向。
見ている。
扉。
ではない。
上。
地上。
いや。
もっと。
遠く。
『何を見ている』
少女。
目。
閉じる。
白いもの。
声。
拾う。
「……紫」
剣士騎士。
顔。
変わる。
少女。
「紫」
「紫」
「紫」
そして。
白いもの。
一斉。
笑う。
「もう」
「入った」
上。
レシティア。
突然。
胸の痛み。
消える。
エリシア。
「……?」
リベル。
「止まった?」
レシティア。
「うん」
セラフィナ。
笑う。
「よかった!」
だが。
レシティア。
笑わない。
何か。
変。
第二の扉。
静か。
静かすぎる。
「……エリシア」
「何?」
「扉」
「閉じたの?」
エリシア。
目。
閉じる。
感覚。
探る。
顔色。
変わる。
「違う」
「じゃあ」
エリシア。
レシティア。
見る。
「向こうに」
「いない」
リベル。
「……どういう意味です?」
エリシア。
立ち上がる。
星泉。
震える。
「扉の向こうに」
一拍。
「何も」
「いない」
レシティア。
ゆっくり。
周囲。
見る。
神殿。
リベル。
セラフィナ。
ルミエル。
フェンリオ。
銀髪。
星泉。
誰も。
変わらない。
「じゃあ」
「どこに?」
その時。
セラフィナ。
首。
傾げる。
「姫様」
「なに?」
「影」
レシティア。
足元。
見る。
自分の影。
ある。
でも。
光源。
一つ。
なのに。
影。
二つ。
レシティア。
動く。
一つ。
ついてくる。
もう一つ。
動かない。
リベル。
息。
止まる。
エリシア。
顔。
青ざめる。
そして。
二つ目の影。
ゆっくり。
顔。
上げるように。
形。
変わる。
影の中。
口。
開く。
「やっと」
レシティア。
剣。
抜く。
騎士団。
地下。
いない。
でも。
彼女は。
一人ではない。
セラフィナ。
前。
ルミエル。
翼。
広げる。
リベル。
術式。
エリシア。
銀の光。
そして。
影。
笑う。
「外に」
一拍。
「出られた」
レシティア。
剣先。
影へ。
向ける。
少し。
嫌そうな顔。
「……人の影に」
「勝手に入らないでくれる?」
影。
一瞬。
黙る。
エリシア。
目。
見開く。
次の瞬間。
レシティアの影が。
神殿の壁一面まで。
巨大に。
膨れ上がった。




