地の底の守人
少女の足元。
黒い穴。
ただの穴ではない。
階段も。
梯子も。
底も。
見えない。
闇。
それだけ。
リベルが。
覗き込む。
「……深度測定」
魔法。
小さな光。
穴へ。
落ちる。
十秒。
二十秒。
三十秒。
返ってこない。
ゼフィール。
「どんだけ深いんだよ」
少女。
「遠いよ」
「どのくらい?」
「歩くと」
少し考える。
「三日」
全員。
止まる。
「三日?」
「うん」
少女は。
黒い穴を見る。
「でも」
「落ちたら」
「すぐ」
⸻
全員。
穴を見る。
それから。
少女を見る。
女性騎士。
「却下です」
少女。
「え?」
「姫様をそんな場所へ落とせません」
「でもこれ」
「近道」
「近道でもです」
レシティア。
「私は残るのよね?」
騎士団。
一斉に。
「はい」
早かった。
レシティア。
少しだけ。
寂しそう。
「分かってるわよ」
剣士騎士。
その顔を。
見逃さなかった。
一瞬。
迷う。
だが。
「姫様」
「何?」
「必ず戻ります」
「さっきも聞いたわ」
「何度でも申し上げます」
レシティア。
少し。
笑う。
「じゃあ」
「何度でも信じるわ」
剣士騎士。
小さく。
頭を下げた。
⸻
「では」
魔法騎士。
穴の縁。
「落下対策を」
少女。
「いらないよ」
「必要です」
「でも下は」
「必要です」
「……はい」
少女まで。
騎士団に負けた。
ガルドが。
笑う。
「強えな」
ゼフィール。
「誰が?」
「こいつら」
六本腕。
騎士団を見る。
「姫より怖い」
レシティア。
「失礼ね」
ガルド。
「褒めてる」
「そうは聞こえないわ」
⸻
魔法騎士が。
全員へ。
落下軽減。
位置固定。
精神防護。
空間認識。
いくつもの術式。
付与。
リベル。
「私は残ります」
剣士騎士。
振り返る。
「理由は」
「星泉の監視」
「銀髪の彼女」
少し離れた場所。
銀髪の女。
座っている。
逃げていない。
攻撃も。
してこない。
ただ。
黒髪の女が消えた扉を。
見つめていた。
「そして」
リベル。
「レシティア様」
姫を見る。
「第二の扉に変化があれば」
「すぐ伝えます」
剣士騎士。
頷く。
「頼む」
セラフィナ。
「私は?」
女性騎士。
「残ってください」
「えー」
「姫様の護衛を」
セラフィナ。
ぴたり。
「残ります」
即答。
レシティア。
「そんなに簡単に?」
「姫様の護衛ですから!」
胸を張る。
ルミエルも。
「私も残ります」
ゼフィール。
「俺は行く」
ルミエル。
じろり。
「危ないことをしないように」
「子どもじゃねえぞ」
「前科があります」
「いつの話だよ」
「昨日です」
「……」
反論できなかった。
⸻
地下へ降りる者。
剣士騎士。
女性騎士。
魔法騎士。
諜報騎士。
ゼフィール。
ガルド。
そして。
少女。
七人。
穴。
闇。
少女。
「じゃあ」
一歩。
「いくね」
そのまま。
落ちた。
「ちょっ――」
ゼフィール。
覗く。
もう。
いない。
「自由すぎんだろ!」
ガルド。
笑う。
「行くか」
飛び込む。
「お前もかよ!」
続いて。
騎士団。
迷いなし。
最後。
ゼフィール。
「……マジか」
一度。
上を見る。
レシティア。
手を振る。
「気をつけてね」
ゼフィール。
ため息。
「そっちもな!」
飛び込んだ。
⸻
落下。
暗闇。
風。
ない。
なのに。
落ちている。
身体だけが。
下へ。
吸われる。
数秒。
十秒。
二十秒。
女性騎士。
違和感。
「……長い」
魔法騎士。
「距離がおかしい」
ガルド。
「地下じゃねえからな」
全員。
ガルドを見る。
ゼフィール。
「は?」
「正確には」
ガルド。
下を見る。
「世界の下」
「同じじゃないのか?」
「違う」
「地下なら」
「地面掘れば着くだろ」
「ここは」
一拍。
「世界が捨てたものを」
「押し込む場所だ」
⸻
剣士騎士。
「牢獄か」
ガルド。
「近い」
「ゴミ捨て場?」
少女の声。
下から。
「おじさん怒るよ」
ガルド。
「聞こえてんのか?」
「うん」
地下。
遠く。
『聞こえているぞ』
ガルド。
「悪かった」
『あとで殴る』
「やっぱ怒ってるじゃねえか」
⸻
突然。
落下。
止まる。
全員。
空中。
停止。
次の瞬間。
足。
地面。
いつ着地したのか。
分からない。
闇。
少女。
目の前。
「着いたよ」
ゼフィール。
周囲。
「ここが?」
少女。
「うん」
「下」
⸻
魔法騎士。
光。
生む。
照らす。
そして。
全員。
黙った。
地面。
ではない。
骨。
巨大な。
何かの骨。
無数。
積み重なり。
大地のようになっている。
遠く。
巨大な柱。
違う。
鎖。
一本一本が。
塔ほど太い。
天井。
見えない。
そして。
白いもの。
いる。
壁。
天井。
鎖。
骨。
全てに。
びっしり。
口だけの顔。
何万。
何十万。
一斉に。
こちらを見る。
「……」
ゼフィール。
小さく。
「聞いてたより」
剣士騎士。
「多いな」
ガルド。
「増えてんな」
少女。
「うん」
「最近いっぱい」
⸻
白いもの。
一体。
近づく。
女性騎士。
盾。
構える。
少女。
「大丈夫」
白いもの。
少女の前。
止まる。
口。
開く。
「紫」
少女。
「いないよ」
白いもの。
「紫」
「上」
「紫」
「上」
「紫」
少女。
少し。
怒る。
「しつこい」
白いもの。
口。
さらに。
開く。
剣士騎士。
一歩。
だが。
その前。
闇。
巨大な手。
白いもの。
掴む。
バキ。
潰す。
そして。
闇の奥。
大きな口。
食う。
ゴリ。
ゴリ。
少女。
「おじさん」
⸻
光。
さらに。
広がる。
見えた。
まず。
足。
巨大。
鎖。
何十本。
巻きついている。
膝。
腰。
胴。
腕。
首。
全身。
黒い。
皮膚。
いや。
鎧。
違う。
岩。
でもない。
人型。
あまりにも。
大きい。
座っているだけで。
城。
一つ。
見上げても。
顔。
暗闇。
見えない。
そして。
二つの目。
ゆっくり。
開く。
赤。
地下全体。
照らす。
『……来たか』
少女。
手を振る。
「来たよ」
『紫の娘は』
「上」
『よし』
騎士団。
微妙な顔。
ガルド。
笑う。
「嫌われてんな、姫」
巨大な目。
ガルドを見る。
『貴様は来るな』
「俺も嫌われてるじゃねえか」
⸻
少女。
巨大な足へ。
駆け寄る。
「おじさん」
『近づくな』
「なんで?」
『今日は』
一拍。
『腹の調子が悪い』
少女。
「やっぱり!」
『言うな』
ガルド。
肩。
震える。
『笑うな』
「笑ってねえ」
『笑っている』
「顔見えんの?」
『殺気で分かる』
「便利だな」
⸻
だが。
剣士騎士。
笑わない。
視線。
大きいおじさんの。
右腕。
鎖。
何本も。
切れている。
そして。
傷。
深い。
白いもの。
そこへ。
何十体。
噛みついている。
巨大な存在は。
無視。
喰われながら。
こちらを見る。
『早く』
『錠前へ行け』
魔法騎士。
「案内を」
巨大な目。
別方向。
向く。
『あそこだ』
⸻
遠く。
闇。
そこだけ。
光。
青白い。
巨大な扉。
いや。
扉の。
背面。
高さ。
数百メートル。
中央。
巨大な錠前。
そして。
その前。
男。
片腕。
長髪。
剣。
黒い。
助手。
鎖。
斬っている。
一本。
また。
一本。
諜報騎士。
「距離」
「およそ三キロ」
ゼフィール。
「走るぞ」
剣士騎士。
「待て」
全員。
止まる。
白いもの。
道。
塞ぐ。
数千。
一斉。
口。
開く。
ガルド。
六本の腕。
構える。
「殺すなよ」
ゼフィール。
「無茶言うな」
「殺したら増える」
「じゃあどうすんだよ!」
大きいおじさん。
『押し退けろ』
剣士騎士。
「可能か?」
女性騎士。
盾。
構える。
「やります」
⸻
白いもの。
来る。
一斉。
女性騎士。
前。
盾。
振るう。
ドォン!!
殺さない。
吹き飛ばす。
数十。
宙。
魔法騎士。
地面。
凍結。
足。
固定。
諜報騎士。
隙間。
抜ける。
剣士騎士。
剣。
鞘。
抜かない。
柄。
拳。
蹴り。
首。
折らない。
吹き飛ばす。
ゼフィール。
「やりにくい!」
羽。
広げる。
風圧。
吹き飛ばす。
ガルド。
六本腕。
白いもの。
まとめて。
掴む。
「こうか?」
投げる。
何百体。
飛んでいく。
ゼフィール。
「便利すぎるだろ!」
「腕増やす?」
「いらねえよ!」
⸻
走る。
錠前。
近づく。
助手。
気づく。
振り返る。
顔。
今度は。
見える。
青年。
いや。
見た目だけなら。
三十前後。
青白い肌。
片目。
金。
もう片方。
黒。
そして。
左腕。
ない。
肩。
から。
先。
空白。
助手。
笑う。
「来たんだ」
剣士騎士。
「剣を捨てろ」
「嫌だ」
「なら」
剣士騎士。
抜刀。
「止める」
助手。
視線。
剣士騎士へ。
「君」
少し。
興味。
「強いね」
「関係ない」
「あるよ」
「強い人間」
「好きなんだ」
剣士騎士。
顔。
変わらない。
「そうか」
一瞬。
消える。
⸻
金属音。
一度。
二度。
十。
百。
一秒。
助手。
後退。
初めて。
笑顔。
消える。
剣士騎士。
前。
「姫様を」
一閃。
「危険に晒した」
助手。
剣。
受ける。
「それが?」
「十分だ」
剣。
弾く。
助手。
腕。
一本しかない。
でも。
強い。
異常。
剣筋。
古い。
魔法。
混じる。
空間。
切る。
剣士騎士。
紙一重。
避ける。
背後。
壁。
ない。
空間そのもの。
裂ける。
ゼフィール。
「何だ今の!?」
ガルド。
「外式」
「知ってるのか?」
「昔」
「黒髪が教えた」
全員。
「……」
ガルド。
「あいつ」
「本当にろくでもねえな」
⸻
助手。
剣士騎士と。
距離。
取る。
「黒髪の人は?」
ガルド。
「上」
助手。
目。
見開く。
「本当に?」
「いる」
「生きてる?」
「まあ」
助手。
笑う。
少年みたいに。
「そっか」
「やっぱり」
「戻ってきたんだ」
大きいおじさん。
遠く。
怒鳴る。
『違う!!』
地下。
揺れる。
『上にいるあれは』
『本物だ!』
助手。
笑顔。
止まる。
『扉の向こうから』
『貴様を呼んでいるものが』
『偽物だと言っている!』
助手。
ゆっくり。
錠前を見る。
向こう。
声。
「開けて」
黒髪の女の声。
「ねえ」
「早く」
助手。
剣。
握る。
「同じだよ」
『違う』
「声も」
『違う』
「記憶も」
『違う!』
「癖も」
『違う!!』
助手。
少し。
怒る。
「じゃあ何が違う!」
⸻
静寂。
白いもの。
遠く。
蠢く。
錠前。
亀裂。
広がる。
大きいおじさん。
声。
低い。
『あいつは』
一拍。
『貴様を』
『戻ってこいとは』
『絶対に言わない』
助手。
止まる。
『あの女なら』
『会いたければ』
『自分から来る』
ガルド。
「……それはそう」
『あの女なら』
『死んだ相手に』
『戻れなど』
『言わない』
助手。
剣先。
震える。
『逃げろと』
『言う』
⸻
上。
星見の神殿。
レシティア。
胸。
押さえる。
第二の扉。
向こう。
声。
「開けて」
「開けて」
「開けて」
そして。
突然。
声が。
変わる。
父王。
「レシティア」
レシティア。
顔。
上げる。
セラフィナ。
「姫様?」
声。
母。
兄弟。
騎士団。
一人。
また一人。
「開けてください」
剣士騎士の声。
「姫様」
女性騎士。
「こちらです」
魔法騎士。
「安全です」
諜報騎士。
「早く」
レシティア。
目。
閉じる。
「……違う」
リベル。
「レシティア様?」
「違うわ」
胸。
向こう。
騎士団の声。
何度も。
「開けてください」
「姫様」
「開けて」
レシティア。
眉。
寄せる。
「私の騎士たちは」
一拍。
「そんなお願い」
「絶対にしないもの」
セラフィナ。
首を傾げる。
「どうしてです?」
レシティア。
少し。
苦笑。
「扉を開ける前に」
「自分たちで壊して入ってくるでしょう?」
リベル。
「……否定できません」
⸻
地下。
剣士騎士。
くしゃみ。
「……?」
女性騎士。
「どうしました?」
「いや」
「姫様が何か」
「失礼なことを仰った気がした」
ゼフィール。
「分かんのかよ」
「なんとなく」
「怖えよ」
⸻
助手。
錠前。
見つめる。
向こう。
黒髪の女の声。
「ねえ」
「開けて」
涙。
一滴。
「……違う」
初めて。
助手。
言った。
声。
「違う」
向こう。
止まる。
助手。
目。
閉じる。
「先生は」
一拍。
「そんなに」
「優しくない」
ガルド。
吹き出す。
「正解」
助手。
「笑うな」
「いや」
「完璧」
⸻
しかし。
次の瞬間。
扉の向こう。
声。
消える。
そして。
別の声。
知らない。
低い。
深い。
一つ。
「気づいた」
二つ。
「気づいた」
百。
「気づいた」
千。
「気づいた」
錠前。
ドン。
内側から。
衝撃。
巨大な亀裂。
助手。
後退。
「……」
大きいおじさん。
『来るぞ!』
剣士騎士。
「錠前を守れ!」
全員。
動く。
白いものたち。
一斉。
止まる。
十二万。
いや。
それ以上。
全部。
扉を見る。
そして。
口を。
閉じた。
初めて。
白いものたちが。
怯えた。
少女。
遠く。
震える。
「……おじさん」
『分かっている』
大きいおじさん。
鎖。
引き千切ろうとする。
『あれらが』
『怖がっている』
ガルド。
六本腕。
ゆっくり。
下ろす。
表情。
消える。
「まずい」
ゼフィール。
「何が?」
ガルド。
扉を見る。
「白いのは」
「境界を食うやつの餌じゃない」
一拍。
「逃げてきたんだ」
全員。
固まる。
「……何から?」
ガルド。
答える前に。
扉。
内側。
何か。
爪。
引っかく。
ギィィィィィ。
巨大な。
三本の傷。
そして。
向こうから。
声。
「見つけた」
白いもの。
一斉。
後退。
「見つけた」
「見つけた」
「見つけた」
だが。
今度は。
レシティアを。
見ていない。
第二の扉。
見ている。
大きいおじさん。
低く。
呟く。
『……そういうことか』
剣士騎士。
「何が分かった」
巨大な目。
扉。
睨む。
『こいつらは』
白いもの。
『世界を食いに来たのではない』
一拍。
『あれから』
『逃げるために』
『世界へ潜り込んだ』
そして。
巨大な錠前。
中央。
ぱき。
小さな。
欠片。
落ちた。
扉の隙間。
黒い。
一本の指。
ゆっくり。
こちら側へ。
入ってきた。




