二つ目の扉
《99.8000%》
数字が。
また。
下がった。
星泉の水面。
震える。
地下。
何千本もの鎖。
切断。
そして。
レシティアの胸。
コン。
コン。
コン。
「開けて」
誰かが。
向こう側から。
叩いている。
⸻
「姫様!」
剣士騎士が。
レシティアを支える。
「痛みは?」
「少し」
「少しではありませんね」
「……ちょっと多め」
「横になってください」
「今?」
「今です」
「でも」
「今です」
「……はい」
いつものように。
強い。
レシティアは。
神殿の床へ。
ゆっくり座らされた。
女性騎士。
すぐに。
周囲を固める。
魔法騎士。
診断魔法。
諜報騎士。
周囲確認。
一瞬で。
姫様中心。
「異物反応は?」
剣士騎士。
「ありません」
魔法騎士。
「精神干渉」
「なし」
「呪い」
「なし」
「なら何だ」
魔法騎士。
レシティアの胸を見る。
「……扉です」
「比喩ではなく?」
「恐らく」
「本当に」
「扉のような構造があります」
ゼフィール。
「人の胸の中に?」
魔法騎士。
「ですから私も困っています」
レシティア。
「私もよ」
⸻
黒髪の女。
非常口の向こう。
動かない。
レシティアが見る。
「説明して」
女。
少し。
目を逸らす。
「……」
「説明して」
「怒ってる?」
「少し」
「どれくらい?」
「かなり」
少女。
横から。
「怒ってるね」
「うん」
黒髪の女。
「……ごめん」
レシティア。
「それは後で」
「はい」
妙に。
立場が逆転していた。
⸻
「二つ目の扉って何?」
黒髪の女。
少し。
沈黙。
そして。
「最初の非常口は」
「逃げ道」
レシティアの背後。
白い扉。
「世界の外へ」
「出るためのもの」
「じゃあ」
レシティア。
胸へ。
手を置く。
「こっちは?」
女。
答えた。
「隔離扉」
「何を?」
長い。
沈黙。
ガルドが。
黒髪の女を見る。
「お前」
「まさか」
女。
「うん」
ガルド。
顔。
引きつる。
「入れたの?」
「入れた」
「レシティアの中に?」
「正確には」
「中じゃない」
「じゃあどこ?」
「外と外の間」
ゼフィール。
「もう分からん」
リベル。
「私もです」
レシティア。
「簡単に説明して」
黒髪の女。
少し考える。
「レシティアを」
「扉の取っ手にした」
沈黙。
剣士騎士。
一歩。
前。
「今」
「何と言った」
黒髪の女。
顔色。
変わる。
「比喩」
「比喩です」
「本当に?」
「八割くらい」
剣士騎士。
剣。
抜く。
レシティア。
「待って!」
「姫様」
「説明を聞いてから」
「……承知しました」
黒髪の女。
明らかに。
ほっとした。
⸻
「昔」
女が話し始める。
「世界の外には」
「入れてはいけないものがいた」
ガルド。
小さく。
「いたな」
リベル。
「掃除屋とは別?」
「別」
「銀髪の女とも?」
「別」
「地下の白いもの?」
「それも別」
セラフィナ。
「多すぎません?」
誰も。
否定できない。
⸻
黒髪の女。
「外って」
「安全じゃないんだよ」
「世界の内側より」
「ずっと広い」
「そして」
「ずっと」
「変なものがいる」
ゼフィール。
「お前ら含めて?」
「そう」
「自覚あるんだ」
「あるよ」
ガルド。
「俺は普通だけど」
全員。
ガルドを見る。
三本角。
六本腕。
一つ目。
「どこが?」
「外では普通」
文化圏が違った。
⸻
「その中に」
黒髪の女。
続ける。
「絶対」
「こちら側へ」
「入れちゃ駄目なものがいた」
レシティア。
「どうして?」
「食べるから」
「何を?」
「境界」
リベル。
眉。
寄せる。
「境界?」
「世界と外」
「生と死」
「過去と未来」
「私とあなた」
「そういう」
「違い」
黒髪の女。
レシティアを見る。
「全部」
「食べる」
沈黙。
魔法騎士。
「境界がなくなると?」
黒髪の女。
「混ざる」
「何と何が?」
「全部」
⸻
星泉の銀髪の女まで。
表情。
変わった。
「……あれを」
黒髪の女を見る。
「まだ閉じ込めていたの?」
黒髪の女。
「うん」
銀髪。
「馬鹿なの?」
「よく言われる」
「そういう意味じゃない!」
初めて。
銀髪の女と。
ガルドが。
同じ顔をした。
⸻
レシティア。
胸を押さえる。
「じゃあ」
「今」
コン。
コン。
コン。
「向こうから」
「その何かが」
「出ようとしてる?」
黒髪の女。
「……うん」
剣士騎士。
「閉じる方法は」
黒髪。
「開けなければいい」
「それだけ?」
「それだけ」
女性騎士。
「なら問題ありません」
「姫様」
レシティア。
「はい」
「開けないでください」
「開けないわよ」
「絶対に」
「絶対」
「約束を」
「約束する」
騎士団。
少し。
安心。
しかし。
黒髪の女だけ。
安心しない。
ガルドが。
気づく。
「……違うな」
女。
黙る。
「おい」
「何が違う」
黒髪。
「……」
ガルド。
「開けるの」
「レシティアじゃないんだろ」
空気。
変わる。
⸻
コン。
コン。
声。
「開けて」
今度は。
少し。
近い。
黒髪の女。
「二つ目は」
「内側からは開かない」
レシティア。
「なら」
女。
地下を見る。
「外側の錠前が」
「壊されてる」
全員。
地下。
を見る。
見えない。
でも。
分かる。
黒い人影。
鎖を。
切っている。
⸻
地下。
大きいおじさん。
怒号。
『止まれ!』
黒い人影。
剣。
振るう。
バキン。
鎖。
数百本。
落ちる。
『それを開けば』
『貴様も消えるぞ!』
人影。
「知ってる」
『ならばなぜ!』
「見たいから」
『何を』
黒い人影。
上。
遥か。
レシティアの方向。
「完成形」
⸻
大きいおじさん。
目。
見開く。
『……貴様』
黒い人影。
初めて。
輪郭。
少し。
見える。
人間。
男。
長い髪。
片腕。
ない。
「ずっと」
「待ってた」
『お前は』
「そう」
男。
笑う。
「神代研究者」
『違う』
大きいおじさん。
声。
低い。
『神代より』
『前』
男。
「覚えてた?」
『忘れるものか』
男。
剣。
構える。
「じゃあ」
「名前も?」
『……』
沈黙。
男。
少し。
寂しそう。
「やっぱり」
「残ってないか」
そして。
一振り。
さらに。
鎖。
切断。
⸻
星見の神殿。
黒髪の女。
突然。
顔。
変わる。
「……嘘」
レシティア。
「何?」
女。
地下を見る。
「思い出した」
「誰を?」
「鎖を切ってるやつ」
ガルド。
「誰?」
黒髪。
「昔の」
一拍。
「助手」
⸻
沈黙。
ガルド。
「お前の?」
黒髪。
「うん」
「お前」
「周りろくなのいないな」
「否定できない」
銀髪の女。
低く。
「その男」
「死んだでしょう」
黒髪。
「死んだ」
「私が」
「見届けた」
レシティア。
「なら」
「今いるのは?」
黒髪。
声。
震える。
「分からない」
⸻
リベル。
「その人物は」
「何を研究していたのです?」
黒髪の女。
答えたくなさそう。
でも。
答える。
「私」
全員。
見る。
「正確には」
「世界の外から来た存在」
「どうやって世界へ入るのか」
「どうやって」
「こっち側の法則へ」
「適応するのか」
ガルド。
「あー」
「やばいやつだ」
黒髪。
「うん」
「止めなかったの?」
「最初は」
「便利だった」
「お前」
「本当にろくでもないな」
「知ってる」
⸻
銀髪の女。
「その研究の結果が」
レシティアを見る。
「この子?」
黒髪。
即座に。
「違う」
「レシティアは」
「研究成果じゃない」
強い声。
珍しい。
「絶対に」
「違う」
レシティア。
その言葉を。
静かに聞く。
銀髪。
「なら何?」
黒髪。
「……」
「答えられないの?」
黒髪。
「ただ」
「自由にしたかっただけ」
⸻
その時。
胸。
コン。
ではなく。
ドン。
レシティア。
「っ!」
身体。
前へ。
剣士騎士。
支える。
「姫様!」
二つ目の扉。
向こう。
声。
変化。
「開けて」
「開けて」
「開けて」
一人。
ではない。
何百。
何千。
同じ声。
重なる。
少女が。
両耳。
塞ぐ。
「嫌」
「嫌!」
セラフィナ。
少女を抱く。
「大丈夫」
少女。
首を横。
「違う」
「何が?」
「あれ」
胸。
レシティアを見る。
「あれ」
「一人じゃない」
⸻
黒髪の女。
絶句。
「……増えてる」
ガルド。
「何が」
「中身」
「は?」
「昔」
「一つだけだった」
「今は?」
女。
レシティアを見る。
「分からない」
「数えられない」
リベル。
「増殖?」
黒髪。
「違う」
「食べたんだ」
「何を?」
女。
「向こう側に」
「落ちてきたもの」
⸻
二つ目の非常口。
隔離扉。
その向こう。
境界を食べる存在。
それは。
閉じ込められていた。
長すぎる時間。
世界の外から。
流れ着いた。
何か。
死んだ神。
壊れた世界。
使われなくなった魂。
消された時間。
それらを。
ずっと。
食べ続けた。
そして。
一つでは。
なくなった。
⸻
黒髪の女。
「もし」
「開いたら」
レシティア。
「どうなる?」
「分からない」
「昔なら?」
「世界が」
「混ざる」
「今は?」
長い。
沈黙。
「複数の世界が」
「区別できなくなるかも」
ゼフィール。
「例えば?」
黒髪。
「死んだ人が」
「生きてる人と」
「同じ場所にいたり」
「昨日と千年前が」
「同時に起きたり」
「人間と魔物の境目が」
「なくなったり」
リベル。
顔色。
真っ青。
「世界そのものが」
「矛盾する」
黒髪。
「そう」
⸻
レシティア。
「閉じ直す方法は?」
黒髪。
「外側の錠前を」
「直す」
剣士騎士。
「場所は」
「地下」
全員。
止まる。
騎士団。
ゆっくり。
レシティアを見る。
レシティア。
目を逸らす。
女性騎士。
「姫様」
「まだ何も言ってないわ」
「地下へ行くつもりですね」
「言ってないでしょう?」
「お顔に」
「書いてないわ」
「大きく書いてあります」
レシティア。
少し。
頬を膨らませる。
⸻
大きいおじさん。
地下から。
『来るな』
レシティア。
床を見る。
『絶対に』
『来るな』
「でも」
『でもではない』
「錠前」
『私が直す』
黒髪。
「無理」
地下。
『貴様』
「今」
「動けないでしょ」
『……』
「白いの食べながら」
「鎖も守って」
「助手も止めて」
「錠前まで」
「無理」
地下。
沈黙。
少女。
小さく。
「おじさん」
「無理なの?」
『……』
「ねえ」
『少し』
一拍。
『厳しい』
少女。
「無理なんだ」
『言い方!』
神殿。
ドン。
少し揺れる。
⸻
レシティア。
立ち上がろうとする。
騎士団。
止める。
「姫様」
「お願い」
「駄目です」
「でも」
「駄目です」
「世界が」
「我々が行きます」
レシティア。
止まる。
剣士騎士。
「姫様は」
「ここに」
「残ってください」
「……」
「第二の扉が」
「姫様と接続されているのであれば」
「現場へ近づけるべきではない」
正論。
あまりにも。
正論。
レシティア。
反論。
できない。
「でも」
剣士騎士。
「必ず戻ります」
女性騎士。
「錠前も」
魔法騎士。
「修復方法を確認します」
諜報騎士。
「黒髪の方」
「案内を」
黒髪。
少し。
驚く。
「私?」
剣士騎士。
「あなたが一番詳しい」
「信用してないでしょう?」
「していません」
即答。
「でも使う?」
「必要ですので」
黒髪。
少し笑う。
「好き」
剣士騎士。
「結構です」
⸻
ガルド。
「俺も行く」
ゼフィール。
「俺も」
ルミエル。
「私も同行します」
セラフィナ。
「私も!」
全員。
セラフィナを見る。
「……私は駄目?」
レシティア。
「危険よ」
セラフィナ。
「姫様にだけ」
「それ言われたくありません」
レシティア。
止まる。
女性騎士。
小さく。
「正論です」
レシティア。
「最近」
「みんな私に厳しくない?」
剣士騎士。
「大切ですので」
即答。
レシティア。
また。
何も言えなくなった。
⸻
そして。
地下。
黒い男。
助手。
最後の。
巨大な鎖へ。
剣。
当てる。
大きいおじさん。
『やめろ』
助手。
「どうして?」
『扉の向こうにいるものは』
『お前が想像している』
『あいつではない』
助手。
動き。
止まる。
「……何?」
『貴様が』
『会いたがっている者は』
『もういない』
助手。
剣。
震える。
『それは』
『声を真似ているだけだ』
そして。
二つ目の扉。
向こうから。
声。
変わる。
女。
優しい。
懐かしい。
「ねえ」
黒髪の女が。
神殿で。
凍りつく。
その声。
自分の。
声だった。
「開けて」
「私だよ」
黒髪の女。
顔から。
血の気。
消える。
レシティア。
「あなたの声」
女。
「……うん」
そして。
地下。
助手。
涙。
落ちる。
「やっと」
「戻ってきた」
大きいおじさん。
叫ぶ。
『違う!!』
しかし。
助手は。
剣を振り下ろした。
最後の錠前へ。
――ガキン。
亀裂。
レシティアの胸。
激痛。
「っ――!」
剣士騎士。
「姫様!」
星泉。
数字。
《98.0000%》
《95.0000%》
《90.0000%》
急落。
そして。
第二の扉。
向こうから。
黒髪の女と。
まったく同じ声。
「もう少し」
「もう少しで」
一拍。
「全部」
「同じになるよ」
黒髪の女。
初めて。
叫んだ。
「地下へ行って!」
全員。
見る。
「急いで!」
騎士団。
即座に。
動く。
そして。
自分は。
非常口の向こうに。
残る。
レシティア。
「あなたは?」
黒髪の女。
笑う。
怖いはずなのに。
いつものように。
軽く。
「私は」
「こっちを」
「押さえる」
白い非常口。
その奥。
今まで。
静かだった。
白い空間。
そこへ。
黒い亀裂が。
一本。
走った。
女。
その亀裂を。
両手で。
掴む。
「ほら」
「行って」
レシティア。
「でも」
「大丈夫」
女。
微笑む。
「私は」
「逃げるの」
「得意だから」
白い扉。
ゆっくり。
閉じる。
最後。
女が。
レシティアへ。
言った。
「今度は」
一拍。
「あなたが」
「帰る場所を」
「守ってきて」
扉。
閉じる。
そして。
地下への入口が。
少女の足元に。
黒く。
開いた。




