食べ続ける者
「紫の子、見つけた」
無数の声が。
地の底から。
同時に響いた。
レシティアは。
その声を。
聞いた。
今までは。
地下の存在の声ですら。
少女を介さなければ。
ほとんど届かなかった。
なのに。
今は。
違う。
耳ではない。
頭でもない。
身体の内側へ。
直接。
入り込んでくる。
「紫の子」
「紫の子」
「紫の子」
「見つけた」
「見つけた」
「見つけた」
何千もの声。
全部。
同じ言葉。
そして。
全部。
少しずつ違う声。
男。
女。
老人。
子ども。
泣いている声。
笑っている声。
怒っている声。
その全てが。
レシティアを呼んでいた。
「姫様!」
剣士騎士が前へ出る。
女性騎士も盾を構える。
魔法騎士。
術式。
諜報騎士。
消える。
一瞬で。
いつもの陣形。
レシティアは。
思わず。
少し安心した。
どれだけ妙なことが起きても。
この人たちは。
変わらない。
「……ありがとう」
剣士騎士が。
振り返らず答える。
「まだ何もしておりません」
「いるだけで助かってるわ」
一瞬。
剣士騎士の動きが。
止まった。
女性騎士も。
少しだけ。
顔を背けた。
ゼフィールが。
小声で。
「効いてる」
ルミエルが。
「言わないであげてください」
「分かりやすいなあ」
しかし。
笑える空気は。
すぐに消えた。
星泉。
《封印残存率》
《99.9991%》
数字が。
また下がる。
そして。
地面。
ゴリ。
何かを。
噛む音。
ゴリ。
ゴリ。
少女が。
青ざめる。
「……増えた」
レシティアが見る。
「何が?」
「噛んでる音」
「どこから?」
少女は。
床へ耳を当てる。
そして。
ゆっくり。
顔を上げた。
「全部」
沈黙。
「全部?」
「下」
「いっぱい」
「みんな」
「鎖食べてる」
地下。
暗闇。
何万本もの巨大な鎖。
その一本一本に。
白いものが。
張り付いていた。
人型。
でも。
人ではない。
顔。
でも。
顔ではない。
眼球がない。
鼻もない。
ただ。
大きな口。
歯。
歯。
歯。
石でも。
金属でも。
魔力でもない鎖を。
ゆっくり。
確実に。
噛み砕いている。
ガリ。
ガリ。
ガリ。
そして。
その中央。
巨大な男。
いや。
男の形に見えるだけの何か。
何万本もの鎖が。
その身体を。
大地へ縫い付けている。
大きいおじさん。
少女がそう呼んでいた存在。
彼は。
動けない。
だが。
その周囲。
数え切れない白いもの。
何百。
何千。
いや。
もっと。
そのうちの一体が。
男へ近づく。
口。
開く。
男は。
ため息を吐いた。
『またか』
そして。
噛みつかれる直前。
白いものの頭を。
食った。
バキ。
一口。
白い身体が。
男の口へ。
吸い込まれていく。
腕。
脚。
胴。
最後。
全部。
消える。
男の身体が。
僅かに。
膨張。
そして。
すぐ元へ戻る。
別の白いものが。
近づく。
男は。
それも食う。
また。
次。
食う。
次。
食う。
何百年も。
同じことを。
繰り返してきた。
星見の神殿。
少女が。
突然。
口元を押さえた。
「気持ち悪い」
レシティアが心配する。
「大丈夫?」
「今」
少女は。
床を見る。
「おじさん」
「また食べてる」
リベルが。
反応する。
「何を?」
「白いやつ」
全員の表情が変わる。
ゼフィール。
「さっき城に来たやつと同じ?」
「うん」
「何匹いる?」
少女。
黙る。
「……いっぱい」
「どれくらい?」
「分かんない」
「百?」
少女。
首を横。
「千?」
また。
首を横。
リベルの顔色が悪くなる。
「まさか」
少女は。
小さく答えた。
「もっと」
黒髪の女が。
扉の向こう。
珍しく。
完全に真顔だった。
「ねえ」
地下へ。
「まだ増えてる?」
大きいおじさん。
返事。
『増えている』
「どのくらい」
『最後に数えた時点で』
間。
『十二万』
沈黙。
セラフィナが。
「……十二万?」
ルミエルも。
言葉を失う。
ガルドが。
頭を掻く。
「増えすぎだろ」
地下。
『誰のせいだと思っている』
黒髪の女。
顔を逸らす。
ガルド。
「お前か?」
「全部じゃない」
「一部?」
「……まあ」
「お前じゃねえか」
「事情があった」
地下から。
『その事情の後始末を』
『私は千二百年している』
黒髪の女。
「……ごめん」
地下。
『軽い』
「本当にごめん」
『軽い』
「どうすれば」
『まず黙れ』
「はい」
珍しく。
素直だった。
レシティアは。
地下を見る。
もちろん。
見えない。
でも。
そこにいる。
「あなた」
地下の存在。
『何だ』
「どうして」
少し迷う。
「食べてるの?」
一瞬。
沈黙。
ガルドが。
「あー」
何か知っている顔。
黒髪の女も。
少しだけ。
嫌そうな顔。
地下。
やがて。
『殺しても』
『戻る』
レシティアは。
白い存在を思い出す。
切っても。
焼いても。
灰から戻った。
「だから食べるの?」
『違う』
「え?」
『食えば』
『戻るまで時間がかかる』
「……。」
『消化中は』
『再生できない』
レシティア。
少し考える。
「じゃあ」
「ずっと食べ続ければ」
地下。
『そうだ』
『ここから出にくくなる』
「千二百年間?」
『そうだ』
「ずっと?」
『そうだ』
レシティア。
黙る。
そして。
「お腹」
一拍。
「大丈夫?」
全員。
止まった。
地下。
長い。
長い沈黙。
ガルドが。
顔を背ける。
肩が震えている。
黒髪の女も。
口元を押さえる。
地下。
『……そこを心配されたのは』
『初めてだ』
レシティア。
「だって」
「十二万匹もいるんでしょう?」
『全部を一度に食べているわけではない』
「それでも」
『……腹は壊す』
少女が。
すぐに。
「やっぱり!」
『言うな』
「前も言ってた!」
『黙れ』
「お腹弱いんだ!」
『黙れと言っている!』
神殿。
ドン。
少し揺れた。
レシティア。
真剣に。
「胃薬いる?」
地下。
『いらん』
「本当に?」
『本当にいらん』
「あるなら持っていくけど」
『来るな』
即答だった。
その言葉。
空気を戻す。
来るな。
地底へ。
絶対に。
レシティアを。
近づけたくない。
「どうして?」
地下。
『……』
「私が行ったら」
「何が起きるの?」
返事がない。
黒髪の女が。
地下へ。
「言いなよ」
『貴様は黙っていろ』
「でも」
『これは』
声。
低くなる。
『私の役目だ』
黒髪の女。
目を細める。
「役目?」
『そうだ』
「誰に決められた?」
地下。
沈黙。
黒髪の女。
「またそれ?」
「また誰かに役目を押しつけられてるの?」
『違う』
「じゃあ」
『私が決めた』
黒髪の女。
止まる。
地下。
『私が』
『ここに残ると決めた』
レシティア。
その言葉を。
静かに聞いていた。
「どうして?」
地下。
返事。
『……昔』
声。
少し。
遠い。
『一度』
『外へ出した』
リベルの瞳が。
大きくなる。
『まだ』
『あれらが』
『七体しかいなかった頃だ』
七。
それが。
今。
十二万以上。
『私は』
『殺せると思った』
『強かったからな』
ガルドが。
小さく。
「強かったな」
地下。
『今でも強い』
「そういうとこ変わらんな」
『黙れ』
地下の存在は。
続ける。
『七体』
『全て殺した』
『何度も』
『何百回も』
『それでも』
『戻った』
そして。
『増えた』
レシティアの表情が。
変わる。
「増えた?」
『殺すたびに』
『少しずつ』
『増えた』
魔法騎士が。
理解する。
「分裂型」
リベル。
「いいえ」
「もっと悪い」
「観測記録を複製している?」
ガルドが。
頷く。
「近い」
「こいつら」
白いもの。
「殺された方法を」
「自分の一部にする」
レシティア。
「どういうこと?」
「剣で殺せば」
「次は剣に強くなる」
「火なら火」
「魔法なら魔法」
「それでも殺せば」
一拍。
「同じ耐性を持った個体が増える」
セラフィナ。
「じゃあ」
「戦うほど?」
ガルド。
「強くなる」
そして。
大きいおじさんは。
それを。
外へ出してしまった。
七体。
止めるため。
戦った。
結果。
数百。
数千。
増えた。
だから。
最後に。
自分ごと。
地下へ封じた。
『私が』
『餌になる』
レシティア。
顔を上げる。
『奴らは』
『強いものを好む』
『より多く』
『より複雑な存在を』
『喰おうとする』
少女。
小さく。
「だから」
「おじさんのところから」
「離れない」
地下。
『そうだ』
『私を食おうとする』
『だから』
『地上へ出にくい』
レシティア。
「あなたが」
「囮?」
『そうだ』
静かになった。
誰も。
軽口を言わない。
黒髪の女も。
ガルドも。
少女も。
大きいおじさんが。
なぜ。
封印の中にいるのか。
分かった。
罰ではない。
少なくとも。
今は。
檻ではない。
自分から。
檻の中に残っている。
十二万を。
世界へ出さないために。
レシティアは。
少し考えた。
そして。
「じゃあ」
大きいおじさん。
『何だ』
「助ける」
全員が。
止まった。
地下。
『……何?』
「助けるわ」
『話を聞いていたか?』
「聞いてた」
『十二万だぞ』
「うん」
『倒せば増える』
「うん」
『私ですら』
『ここで食い続けるしかない』
「うん」
『なら』
レシティア。
「でも」
一拍。
「ずっとお腹壊してるのは」
「嫌でしょう?」
沈黙。
ガルド。
ついに。
吹き出した。
「っははははは!」
黒髪の女も。
笑う。
「そこ!?」
レシティア。
真顔。
「大事でしょう?」
「千二百年よ?」
「ずっと胃痛なんて可哀想じゃない」
地下。
『胃痛ではない』
「じゃあ何?」
『……主に胸焼けだ』
少女。
「あとお腹痛いって」
『言うな!』
神殿。
ドォン。
今度は。
少し大きく揺れた。
剣士騎士が。
レシティアを見る。
「姫様」
「はい」
「まさか」
「地下へ行くと仰いませんよね?」
レシティア。
少し。
視線を逸らす。
「……」
「姫様」
「まだ何も言ってないわ」
「お顔に書いてあります」
「最近それ多いわね」
「姫様が分かりやすすぎるのです」
女性騎士。
「絶対に駄目です」
魔法騎士。
「同意します」
諜報騎士。
「地下進入路を先に潰します」
「そこまで!?」
少女が。
手を上げる。
「私、行き方知ってるよ」
騎士団。
全員。
少女を見る。
少女。
ゆっくり。
手を下ろす。
「……今のなし」
賢くなっていた。
その時。
星泉。
数字。
《99.9990%》
そして。
突然。
《99.9980%》
一気に。
下がった。
リベル。
「……!」
《99.9970%》
《99.9960%》
速い。
今まで。
〇・〇〇〇一ずつ。
だった。
それが。
十倍。
「何かあった」
少女が。
床へ。
耳。
顔色。
変わる。
「おじさん!」
地下。
返事が。
ない。
「おじさん!」
もう一度。
そして。
地の底。
轟音。
ドォォォォォォン!!
神殿全体が。
跳ねた。
床。
亀裂。
レシティアを。
騎士団が守る。
「何!?」
少女。
青ざめる。
「鎖」
「一本?」
「違う!」
床を見る。
「いっぱい!」
地下。
白いもの。
食べていた。
鎖。
しかし。
一か所だけ。
違う。
白いものではない。
黒い。
細い。
人影。
鎖の前へ立っている。
そして。
その手に。
一本の剣。
一振り。
鎖。
十本。
同時に。
切断。
大きいおじさんが。
初めて。
本気の声。
『やめろ!!』
黒い人影。
振り返る。
顔。
ない。
でも。
声。
ある。
「遅い」
剣。
もう一度。
『貴様』
「待ちくたびれた」
鎖。
さらに。
百本。
切れる。
『なぜ』
「決まってる」
影。
笑う。
「外へ」
白いものたち。
一斉に。
口。
開く。
「出たいから」
神殿。
《99.9000%》
数字が。
一気に。
下がる。
黒髪の女。
顔色。
変わる。
「おかしい」
ガルド。
「何が?」
「あいつらに」
白いもの。
「鎖を一気に切る知能はない」
リベル。
「では」
黒髪の女。
地下を見る。
「誰かいる」
レシティア。
「誰?」
黒髪の女。
「分からない」
そして。
初めて。
その顔に。
明確な。
恐怖。
「でも」
「私たち以外で」
「この鎖を切れるものなんて」
一拍。
「ほとんどいない」
地下。
大きいおじさん。
鎖に繋がれた腕を。
無理やり。
動かす。
白いものを。
何十体。
まとめて。
握り潰す。
そして。
食う。
だが。
追いつかない。
黒い人影。
さらに。
鎖を斬る。
一本。
百。
千。
白いものたちが。
一斉に。
地上を向く。
口だけの顔。
「紫」
「紫」
「紫」
「紫」
そして。
黒い人影が。
静かに。
上を見た。
まるで。
遥か先にいる。
レシティアと。
目が合ったように。
「やっと」
「ここまで育ったか」
レシティア。
突然。
胸を押さえた。
「っ……!」
「姫様!」
剣士騎士が支える。
痛い。
今までとは。
違う。
非常口ではない。
魔力でもない。
もっと。
奥。
誰かが。
叩いている。
内側ではない。
外側から。
コン。
コン。
コン。
胸の奥。
扉。
もう一つ。
今まで。
知らなかった。
扉。
そこから。
声。
「開けて」
レシティアの顔から。
血の気が引いた。
騎士団。
気づく。
「姫様?」
レシティアは。
ゆっくり。
顔を上げる。
「……いる」
「何が?」
「私の中に」
剣士騎士。
剣を握る。
レシティア。
首を横へ振る。
「違う」
「中じゃない」
また。
コン。
コン。
「向こう側」
黒髪の女。
表情。
凍る。
「まさか」
レシティア。
胸を押さえたまま。
聞く。
「非常口って」
「一つだけ?」
黒髪の女は。
答えない。
「ねえ」
「一つだけなの?」
長い。
沈黙。
そして。
黒髪の女が。
小さく。
「……違う」
全員。
見る。
「非常口は」
女。
レシティアを見つめる。
「二つ作った」
レシティア。
目を見開く。
「一つは」
女が。
背後の白い扉を見る。
「逃げるため」
そして。
レシティアの胸。
「もう一つは」
その顔から。
完全に。
笑みが消える。
「絶対に」
「開けないため」
コン。
コン。
コン。
声。
再び。
「開けて」
そして。
地下の黒い人影が。
剣を振り上げる。
「迎えに来たよ」
星泉。
数字。
《99.8000%》
鎖。
何千本。
同時に。
切れた。




