世界の外の知り合い
「お」
三本角の男が、剣士騎士を見る。
「面白そうなのいるじゃん」
剣士騎士は答えなかった。
ただ。
剣を構えた。
「待って」
レシティアが止める。
「まだ味方かもしれないでしょう?」
「かもしれない、です」
「そうね」
「つまり敵である可能性もあります」
「そうね」
「斬って確認します」
「確認方法がおかしいわ」
三本角の男が笑った。
「いいねえ」
「気に入った」
「私は気に入られてほしくないのだけど」
レシティアが呟く。
黒髪の女は扉の向こうで頭を抱えていた。
「だから嫌だったんだよ」
「何が?」
「こいつ呼ぶの」
三本角の男が振り返る。
「呼んだのお前だろ」
「人選間違えた」
「帰るぞ?」
「ごめん」
謝るのが早かった。
「それで」
レシティアが尋ねる。
「あなたは誰?」
三本角の男は少し考えた。
「名前?」
「それ以外に何があるの?」
「昔の名前、忘れた」
「……。」
「長いからな」
黒髪の女が横から言った。
「ガルド」
男が振り返る。
「それお前が勝手につけたやつ」
「名前ないと不便だったから」
「三日くらいで飽きて別の名前で呼んでただろ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
レシティアは小さく頷いた。
「じゃあガルドさんで」
「さん要らねえ」
「ガルド」
「それでいい」
意外と素直だった。
剣士騎士だけが警戒を解かない。
「目的は?」
「特にない」
「……。」
「呼ばれたから来た」
「誰に」
ガルドは親指で黒髪の女を指した。
「あいつ」
「信用できるのか?」
「できない」
即答。
黒髪の女が。
「ひどくない?」
「お前、自分で自分のこと信用できる?」
「できない」
「だろ」
レシティアは思った。
この人たち。
仲が良いのか悪いのか。
分からない。
その時。
空が鳴った。
ゴォォォォォ……。
全員が上を見る。
裂け目。
巨大な手。
切断された指を失ったまま。
こちら側へ入ろうとしている。
『返せ』
声。
空間そのものが震える。
銀髪の女も。
星泉から身体を起こした。
「邪魔」
二つの敵。
同時。
ガルドが上を見る。
そして。
顔をしかめた。
「うわ」
レシティアが尋ねる。
「知ってるの?」
「知ってる」
リベルが食いつく。
「何者です!」
ガルドは空の巨大な手を指差した。
「あれ?」
「はい!」
「掃除屋」
「……掃除屋?」
「そう」
ガルドは何でもないように言う。
「世界を片付けるやつ」
沈黙。
ゼフィールが聞く。
「もう少し詳しく」
「いらなくなった世界を消す」
さらに沈黙。
「……十分大事な話じゃねえか!」
「そう?」
「そうだよ!」
リベルが震える声で尋ねる。
「世界を……消す?」
「壊すとはちょっと違う」
ガルドが頭を掻く。
「外側へ戻すんだよ」
「何を?」
「全部」
「大地も?」
「うん」
「生物も?」
「うん」
「魂も?」
「それも」
セラフィナの顔が青ざめる。
「それ……消えるってことじゃ」
「こっち側から見ればな」
ガルドは空を見上げた。
「世界には寿命がある」
「作られる」
「使われる」
「終わる」
「終わったら片付ける」
「それだけ」
レシティアが眉を寄せる。
「でも」
「この世界は終わってないわ」
ガルドが。
初めて。
少し真面目な顔になった。
「だから変なんだ」
『返せ』
空の存在が。
再び。
レシティアを指差す。
『返せ』
『出口』
『返せ』
リベルが呟く。
「非常口……」
ガルドがレシティアを見る。
「お前」
「何?」
「本当に持ってんだな」
「何を?」
「外口」
「非常口って聞いたけど」
「あいつの呼び方」
黒髪の女を指差す。
「正式には?」
「知らん」
「知らないの?」
「俺ら名前つける文化あんまりなかったから」
「不便ね」
「お前らが名前つけすぎなんだよ」
妙な文化差だった。
ガルドは続ける。
「でも」
「掃除屋が欲しがる理由は分かる」
「どうして?」
「外口は」
「世界を終わらせる時に使う」
空気が変わる。
レシティアが背後の扉を見る。
「これを?」
「ああ」
「中身を全部外へ出すための穴」
「じゃあ」
リベルが青ざめる。
「それをレシティア様が持っているということは」
「この世界は」
ガルドが答える。
「本来」
「もう終わってる」
誰も。
言葉を発しなかった。
「違う」
黒髪の女だった。
全員が見る。
「終わってない」
ガルドが眉を上げる。
「でも外口が――」
「私が盗んだ」
沈黙。
「……は?」
ガルドまで固まった。
黒髪の女は。
悪びれずに言った。
「昔」
「掃除屋から」
ガルドが。
額を押さえた。
「お前」
「だから追われてたのか」
「うん」
「俺には『ちょっと揉めた』って言ったよな?」
「ちょっと揉めた」
「世界の終了装置盗むのを、ちょっと揉めたって言わねえよ!」
「価値観の違い」
「便利な言葉使うな!」
レシティアは。
なんとなく。
この黒髪の女がどういう人物だったのか。
分かってきた気がした。
ろくでもない。
「どうして盗んだの?」
レシティアが尋ねる。
黒髪の女は黙った。
今まで。
何を聞いても軽かった。
でも。
初めて。
答えるまで時間がかかった。
「この世界を」
「終わらせたくなかったから」
レシティアの表情が変わる。
「好きだったの?」
女は。
少し笑った。
「嫌いだった」
「……え?」
「面倒だったし」
「神様は偉そうだし」
「王様はすぐ戦争するし」
「魔物は噛むし」
「人間はすぐ死ぬし」
「じゃあどうして?」
女は。
レシティアを見る。
「嫌いと」
一拍。
「なくなってほしいは」
「別だから」
レシティアは。
何も言わなかった。
その言葉だけ。
妙に。
好きだった。
ガルドが。
小さく笑う。
「そこは変わってねえな」
黒髪の女。
「でしょ?」
「褒めてない」
「知ってる」
地下から。
声。
『馬鹿な女だ』
黒髪の女が床を見る。
「まだ生きてたんだ」
『貴様が封じたのだろうが』
「そうだっけ?」
『……殺すぞ』
少女が床へ言う。
「おじさん怒ってるよ」
「昔から怒ってる」
『誰のせいだ!』
神殿が少し揺れた。
レシティアが。
目を瞬かせる。
「知り合いなの?」
ガルドが笑う。
「知り合いどころか」
地下から。
『言うな』
「こいつ昔――」
『言うな!!』
ドォン!!
地面が揺れた。
ガルドが大笑いする。
「まだ気にしてんのか!」
『黙れ!!』
黒髪の女も。
笑いを堪えている。
レシティアが気になる。
「何があったの?」
地下。
『聞くな』
「でも」
『頼む』
急に弱くなった。
レシティアは。
「……分かったわ」
素直に引いた。
『感謝する』
ガルドが呟く。
「姫に弱え」
『黙れ』
だが。
そのやり取りを。
銀髪の女だけは。
無表情で見ていた。
「くだらない」
全員が彼女を見る。
銀髪の女は。
黒髪の女を睨む。
「あなたは」
「いつもそうだった」
黒髪の女の笑顔が。
消えた。
「……。」
「何もかも」
「勝手に決める」
銀髪の女が。
一歩。
星泉から出る。
「世界を残すことも」
「契約を切ることも」
「私を捨てることも」
レシティアが反応する。
「捨てる?」
銀髪の女は。
笑った。
悲しそうに。
「そう」
「私は」
「この女に捨てられた」
黒髪の女が。
何も言わない。
ガルドも。
笑わなくなった。
地下の存在まで。
沈黙。
リベルが気づく。
「あなたは……」
銀髪の女が。
自分の胸へ手を当てる。
「私は」
「この女が」
黒髪の女を指差す。
「この世界で」
「最初に作ったもの」
沈黙。
レシティアが。
銀髪の女を見る。
アリアに似ている。
自分にも。
黒髪の女にも。
その理由。
「人間?」
銀髪の女は。
首を横へ振る。
「違う」
「神?」
「違う」
「じゃあ」
銀髪の女が。
答えた。
「人間を作るための」
「試作品」
リベルが息を呑んだ。
黒髪の女が。
ようやく口を開く。
「違う」
銀髪の女の顔が歪む。
「何が!」
「あなたは試作品じゃない」
「なら何!」
黒髪の女は。
答えられなかった。
銀髪の女が笑う。
「ほら」
「言えない」
星泉が。
激しく波打つ。
「私を作った」
「役割を与えた」
「神代の基礎にした」
「人間の形を学ばせた」
「感情を覚えさせた」
「そして」
声が震える。
「必要なくなったら」
「置いていった」
黒髪の女。
「……ごめん」
「それが嫌いなのよ!」
星泉が爆発した。
黒い水。
巨大な柱。
騎士団が即座に動く。
「姫様!」
女性騎士が盾。
黒い奔流を受け止める。
剣士騎士。
銀髪の女へ。
魔法騎士。
星泉を封鎖。
諜報騎士。
背後。
ガルドも。
六本の腕を広げる。
「あーあ」
「だから」
三つの拳を鳴らす。
「昔の話って嫌いなんだよ」
レシティアが叫ぶ。
「ガルド!」
「何?」
「殺さないで!」
ガルドが。
驚いた。
「敵だぞ?」
「話せるもの!」
「……。」
ガルドが。
黒髪の女を見る。
黒髪の女は。
何も言わない。
ガルドは。
ため息。
「分かったよ」
「面倒な姫だな」
「よく言われるわ」
「だろうな!」
その瞬間。
空。
巨大な手が。
完全に。
こちら側へ入った。
五本の指。
手首。
腕。
そして。
裂け目の向こう。
何か巨大な顔。
目はない。
口もない。
ただ。
表面に。
文字。
無数の文字。
リベルが読んだ。
「……終了」
同じ文字。
何千。
何万。
《終了》
《終了》
《終了》
《終了》
空の存在が告げる。
『不正使用確認』
『外口回収』
『対象世界』
一拍。
『廃棄処理を再開』
黒髪の女の表情が。
変わった。
「まずい」
ガルドも。
「まずいな」
銀髪の女まで。
空を見る。
怒りが消える。
レシティアが聞く。
「どれくらい?」
黒髪の女。
「かなり」
ガルド。
「ものすごく」
「具体的には?」
二人が。
同時に答えた。
「世界が終わる」
レシティアは。
少し考えた。
「それは困るわね」
ガルドが目を丸くする。
「反応それだけ?」
「だって」
レシティアは。
騎士団を見る。
フェンリオ。
リベル。
ルミエル。
セラフィナ。
少女。
フィオナたちのいる国。
猫の女王の国。
自分の家族。
そして。
この旅で出会った。
たくさんの人たち。
「私」
「まだ帰ってないもの」
剣士騎士が。
僅かに笑った。
「では」
剣を構える。
「帰りましょう」
女性騎士。
「全員で」
魔法騎士。
「当然です」
諜報騎士。
「道は作ります」
レシティアが。
笑った。
「お願い」
そして。
その光景を。
黒髪の女は。
扉の向こうから。
静かに見ていた。
「……そっか」
小さな声。
「逃げないんだ」
少し。
寂しそうで。
それ以上に。
嬉しそうだった。
だが。
銀髪の女が。
レシティアを見る。
「あなた」
「何?」
「本当に」
「それでいいの?」
レシティアは首を傾げる。
「何が?」
「世界は」
「あなたに何もしてくれなかった」
「古い因縁を押しつけて」
「利用しようとして」
「殺そうとして」
「それでも」
「守るの?」
レシティアは。
少し考えた。
そして。
首を横へ振った。
「違うわ」
銀髪の女が。
目を細める。
「私は」
レシティアは。
騎士たちを見る。
「世界を守りたいんじゃない」
一拍。
「私が好きな人たちが」
「この世界にいるだけ」
銀髪の女の瞳が。
揺れた。
黒髪の女が。
目を伏せる。
地下の存在も。
何も言わない。
レシティアは。
空の巨大な存在を見る。
「だから」
剣を抜く。
「勝手に終わらせないで」
その瞬間。
騎士団が。
姫の前へ並んだ。
ガルドが。
その光景を見る。
「なるほど」
六本の腕。
全て。
構える。
「こりゃ」
笑った。
「面白そうなのは騎士じゃなくて」
レシティアを見る。
「姫の方だったな」
剣士騎士が。
横から睨む。
「今さら気づいたか」
「お前」
「ちょっと嬉しそうだな」
「当然だ」
「やっぱ面白いわ、お前ら」
空。
世界を終わらせるもの。
地上。
それを拒む者たち。
そして。
銀髪の女は。
まだ。
どちらにも加わっていなかった。
だが。
空の存在から。
次の声。
『廃棄開始』
その瞬間。
星見の神殿から。
色が。
一つ。
消えた。
赤。
炎が。
赤くなくなった。
血も。
花も。
夕焼けも。
世界中から。
「赤」という概念そのものが。
消失した。
レシティアが。
自分の手を見る。
「……何これ」
黒髪の女が。
初めて叫んだ。
「急いで!」
「こいつ」
「世界を壊すんじゃない!」
空から。
次の文字。
《次項目》
《音》
ガルドの顔色が変わる。
「まずい!」
黒髪の女が叫ぶ。
「世界を構成してるものを」
一つずつ。
「消してる!」
そして。
世界から。
すべての音が。
消えた。




