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星を喰うもの

空から伸びた巨大な指が、星見の神殿の結界へ触れた。


その瞬間。


世界が軋んだ。


ゴォォォォォン――!!


山脈全体が揺れる。


神殿を覆っていた幾重もの結界が、一斉に光を放つ。


一枚。


二枚。


十枚。


百枚。


神代の時代から積み重ねられてきた防壁。


本来なら軍勢どころか、竜王級の攻撃すら何度も耐えられる。


だが。


その巨大な指は。


ただ。


押しているだけだった。


ギギギギギ……。


結界が軋む。


フェンリオが咆哮した。


『防衛機構、全開!』


六枚の翼が広がる。


神殿の床。


壁。


塔。


無数の術式が目覚めていく。


空へ。


巨大な魔法陣。


一つ。


十。


百。


星そのものを模した巨大砲台が展開される。


《神代星撃砲》


《照準固定》


《対象解析不能》


《攻撃許可》


次の瞬間。


星見の神殿から。


光が放たれた。


夜空が白く染まる。


一本。


二本。


十本。


無数の光線が、巨大な指へ集中する。


轟音。


爆発。


空が裂ける。


数秒。


何も見えない。


そして。


煙が晴れる。


巨大な指は。


そこにあった。


無傷。


フェンリオの瞳が揺れる。


『……ありえぬ』


その指が。


少しだけ動いた。


結界へ。


さらに力が加わる。


パキ。


小さな亀裂。


フェンリオが凍りつく。


千二百年間。


一度も破られなかった結界に。


初めて。


亀裂が入った。


アステリア王城。


リベルが突然顔を上げる。


「……神殿が。」


レシティアが振り返る。


「どうしたの?」


「攻撃されています。」


空気が変わる。


騎士団が一斉に立ち上がる。


「規模は?」


剣士騎士が尋ねる。


リベルは答えない。


いや。


答えられない。


顔色が悪い。


「神代防衛機構が。」


「全開になっています。」


「それでも。」


唇が震える。


「押されています。」


誰も言葉を発さなかった。


ゼフィールが低く呟く。


「フェンリオがいるんだろ?」


「はい。」


「それでも?」


「はい。」


セラフィナが不安そうにレシティアを見る。


レシティアだけは。


静かに考えていた。


そして。


「行きましょう。」


騎士団全員が同時に反応する。


「姫様。」


「駄目です。」


「でも。」


「休養中です。」


「神殿が壊されそうなのよ?」


「だからこそです。」


女性騎士が真剣な顔で言う。


「姫様を狙っている可能性があります。」


レシティアは黙った。


その可能性は。


高い。


かなり。


少女が横から言った。


「狙ってるよ。」


全員が見る。


「分かるの?」


「うん。」


少女は床を見た。


「大きいおじさんが怒ってる。」


「何て?」


「絶対行かせるなって。」


レシティアはため息を吐く。


「そう。」


数秒。


「じゃあ。」


騎士団が嫌な予感を覚える。


「こっそり行く?」


「駄目です。」


即答だった。


しかし。


神殿の方では。


状況が悪化していた。


パキ。


パキパキ。


結界の亀裂が広がる。


空から伸びてくる巨大な指。


その向こう。


裂けた空。


暗闇。


そこに。


巨大な何かがいた。


全体は見えない。


目も。


口も。


身体も。


ただ。


こちら側へ。


指一本だけを入れている。


フェンリオが咆哮する。


『退け!』


返事はない。


代わりに。


星泉の水面。


女の姿が笑う。


「相変わらず。」


「吠えるだけなのね。」


フェンリオが振り返る。


『貴様は誰だ』


女は首を傾げる。


「忘れたの?」


『知らぬ』


「そう。」


少しだけ。


寂しそうな顔。


「なら。」


「消してしまおうかしら。」


その瞬間。


星泉が黒く染まる。


フェンリオが飛び退く。


黒い水。


いや。


影。


泉の中から何百本もの腕が伸びる。


『っ!』


フェンリオの脚を掴む。


翼。


尾。


首。


全身。


『離せ!』


咆哮。


魔力爆発。


腕が吹き飛ぶ。


だが。


次々と生える。


女は楽しそうに笑う。


「あなたは。」


「もう必要ないもの。」


アステリア。


リベルが胸元を押さえた。


「……フェンリオ!」


「何が起きてるの?」


レシティアが尋ねる。


リベルは目を閉じる。


図書館との接続。


神殿との接続。


情報が流れ込む。


そして。


目を開いた。


「星泉が。」


「敵に乗っ取られています。」


レシティアの表情が変わった。


「星泉が?」


「はい。」


「内部から。」


魔法騎士が眉を寄せる。


「外から攻撃しながら。」


「内部も?」


「恐らく。」


「二つは同一存在ではありません。」


リベルが言う。


沈黙。


つまり。


敵は一体ではない。


空から来る巨大な存在。


そして。


星泉に現れた女。


「協力してる?」


レシティアが尋ねる。


リベルは首を横に振る。


「それも分かりません。」


「もしかすると。」


「互いに相手を利用しているだけかもしれない。」


厄介だった。


その時。


フィオナが部屋へ入ってきた。


まだ身体は完全ではない。


侍女に支えられている。


「お姉様。」


「フィオナ。」


「これを。」


一枚の紙。


古代遺跡から持ち帰った資料。


壁画の模写。


あの黒い影。


古代生物たちが逃げる先。


そして。


影の上空。


今まで気づかなかった。


小さな印。


円。


その中に。


一本の指のようなもの。


リベルが青ざめる。


「これ……。」


フィオナが頷く。


「昨日まで。」


「ありませんでした。」


「え?」


「今朝。」


「勝手に浮かび上がったんです。」


レシティアが見る。


模写なのに。


変化している。


ありえない。


その時。


紙へ。


さらに新しい線が浮かぶ。


人。


小さな女。


星泉の前。


そして。


その女が。


大きな影へ。


手を振っている。


まるで。


呼んでいるように。


リベルが呟く。


「招いている。」


「空の存在を?」


「はい。」


つまり。


女が。


あれを呼んだ。


「目的は?」


誰も分からない。


その時。


少女が。


突然。


紙を破いた。


ビリッ。


全員が驚く。


「何するの!」


フィオナが叫ぶ。


少女は。


破いた紙を床へ落とした。


そして。


踏む。


何度も。


「嫌い。」


「誰が?」


レシティアが尋ねる。


少女は女の絵を指差す。


「こいつ。」


「知ってるの?」


「知らない。」


「でも。」


少女の表情。


嫌悪。


本能的な。


「食べられる。」


レシティアが眉を寄せる。


「誰が?」


少女は自分を指差す。


「私。」


少し間。


「あなたも。」


空気が凍る。


その瞬間。


王城の窓が。


一斉に割れた。


パァン!!


突風。


いや。


圧力。


遠く。


星見の神殿。


山頂。


夜空に。


巨大な光。


そして。


轟音。


ドォォォォォォォン!!


誰もが窓の外を見る。


神殿を覆っていた結界。


最後の一枚が。


砕けた。


リベルの顔から。


完全に血の気が消える。


「……突破されました。」


レシティアが立ち上がる。


騎士団も。


今度は止めなかった。


止められない。


事態が。


変わった。


剣士騎士が剣を抜く。


「姫様。」


「ええ。」


「我々が先行します。」


「お願い。」


女性騎士も盾を取る。


魔法騎士。


諜報騎士。


全員。


動き出す。


ルミエルが翼を広げる。


ゼフィールも。


セラフィナも。


「私も行きます。」


「危険よ。」


「知ってます。」


セラフィナは笑った。


「でも。」


「今度は私が手伝います。」


レシティアは少しだけ笑う。


「ありがとう。」


少女が。


レシティアの服の裾を掴んだ。


「私も。」


「駄目。」


「どうして!」


「狙われてるでしょう?」


「あなたもだよ!」


「……そうだったわね。」


女性騎士が静かに言う。


「お二人とも連れて行きます。」


「守ります。」


少女が笑う。


レシティアも。


「お願い。」


星見の神殿。


フェンリオは。


地面へ倒れていた。


全身。


傷だらけ。


六枚の翼のうち。


二枚が折れている。


それでも。


立ち上がろうとしていた。


『まだ……。』


星泉の女が笑う。


「しつこい。」


空から。


巨大な指。


今度は結界がない。


そのまま。


神殿へ。


ゆっくり降りてくる。


フェンリオが。


最後の力で前へ出た。


『ここは。』


『通さん。』


女が首を傾げる。


「誰のため?」


フェンリオは。


迷わず答えた。


『未来のためだ。』


女の笑顔が。


消えた。


そして。


「それ。」


「一番嫌い。」


巨大な指が。


落ちる。


その時。


遠くから。


一本の斬撃。


空を切り裂いて飛んできた。


ズバァァァン!!


巨大な指へ。


初めて。


傷が入った。


白い。


何かの液体。


空から落ちる。


女が。


初めて驚いた。


「……誰?」


山の斜面。


そこに。


五人。


姫直属騎士団。


剣士騎士が。


剣を振り切った姿勢で立っている。


「姫様より。」


静かな声。


「少し待てとのことだ。」


そして。


その後方。


まだ遠い。


しかし。


確実に近づいてくる。


紫色の少女。


女が。


水面越しに。


レシティアを見た。


その瞬間。


初めて。


笑った。


心から。


嬉しそうに。


「やっと。」


「会える。」


それを見た少女が。


レシティアの隣で。


小さく震えた。


「……逃げよう。」


レシティアが見る。


「え?」


少女は。


本気で怯えていた。


「お願い。」


「今だけは。」


「戦わないで。」


そして。


星泉の女は。


水面へ手を伸ばした。


まるで。


レシティアへ触れようとするように。


「帰っておいで。」


その声を聞いた瞬間。


レシティアの胸の奥で。


何かが。


返事をした。

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