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四十七秒

「――お前だ」


白い存在が、レシティアを指差した。


その瞬間。


夜の平原から音が消えた。


騎士たちは動かない。


城壁の兵士たちも。


レシティアも。


ただ一人。


地下から現れた少女だけが、小さく呟いた。


「……違う」


震えている。


「違うよ」


レシティアが少女を見る。


「何が?」


「あいつ」


少女は白い存在を見つめた。


「あなたを見てない」


「え?」


「あなたの――」


言葉が止まる。


少女自身にも分からないらしい。


「もっと奥」


「ずっと奥にある何かを見てる」


レシティアは自分の胸へ手を当てた。


何も感じない。


その時。


剣士騎士が一歩前へ出た。


「姫様」


静かな声。


だが。


明確な殺気があった。


「少々、お待ちください」


「え?」


「すぐ終わらせます」


女性騎士も盾を構える。


「姫様を指差しましたね」


魔法騎士が淡々と答える。


「確認しました」


諜報騎士は。


もう姿がない。


レシティアが嫌な予感を覚える。


「みんな?」


剣士騎士は微笑んだ。


「四十七秒も必要ありません」


「ちょっと待って」


遅かった。


戦闘が始まった。


一秒。


剣士騎士が消えた。


正確には。


城壁の兵士たちには、そう見えた。


次に見えた時。


白い存在の目の前。


剣。


横薙ぎ。


白い存在が腕を上げる。


ギィン!!


金属音。


剣が止まった。


剣士騎士の眉が僅かに動く。


「硬い」


白い存在の腕には傷一つない。


『返せ』


「断る」


二秒。


女性騎士。


背後。


巨大な盾を横から叩きつける。


ドォォン!!


白い存在が吹き飛ぶ。


地面を跳ねる。


十メートル。


二十。


三十。


止まる前に。


三秒。


空中に魔法陣。


一つ。


十。


百。


「拘束」


光の槍が降る。


ドドドドドドドドッ!!


白い存在の四肢。


影。


周囲の地面。


逃げ道そのものを封じる。


四秒。


地面から鎖。


五秒。


重力魔法。


六秒。


空間固定。


七秒。


魔力封鎖。


八秒。


感覚阻害。


九秒。


白い存在が完全に動かなくなった。


城壁の兵士が呟く。


「……終わった?」


十秒。


白い存在の口が開いた。


顔全体。


縦に裂ける。


『邪魔』


空気が。


歪んだ。


十一秒。


魔法騎士が叫ぶ。


「散開!」


ドン!!


見えない何かが爆発した。


拘束術式が一斉に消滅。


光の槍。


鎖。


重力。


空間固定。


全部。


消された。


「魔法を消した?」


ルミエルが目を見開く。


リベルが否定する。


「違います」


「魔法だけではありません」


地面を見る。


草がない。


土も。


岩も。


直径十メートル。


綺麗な球状に。


何もなくなっている。


「存在そのものを削っています」


十二秒。


白い存在が走る。


狙いは。


城。


いや。


レシティア。


剣士騎士が正面へ。


剣が振られる。


白い腕と衝突。


十三秒。


十四秒。


十五秒。


斬撃。


拳。


蹴り。


剣。


剣。


剣。


速すぎる。


城壁の兵士たちには。


火花だけが見える。


十六秒。


剣士騎士の頬に。


一本の傷。


血。


レシティアの表情が変わった。


「……。」


少女が気づく。


「どうしたの?」


返事がない。


女性騎士も気づいた。


魔法騎士も。


諜報騎士も。


まずい。


姫様が。


怒った。


十七秒。


女性騎士の盾が白い存在の脇腹へ入る。


十八秒。


身体が浮く。


十九秒。


諜報騎士。


上。


短剣。


首。


刺さる。


初めて。


傷。


白い液体が流れる。


二十秒。


白い存在が諜報騎士へ腕を伸ばす。


触れる直前。


剣士騎士が腕を斬り上げる。


今度は。


切れた。


白い腕が飛ぶ。


二十一秒。


全員が距離を取る。


「再生します」


魔法騎士の言葉通り。


切断面から。


新しい腕が生えた。


二十二秒。


女性騎士が呟く。


「面倒ですね」


剣士騎士は。


少し笑った。


「なら」


剣を構え直す。


「再生できなくなるまで斬る」


レシティアが城壁から叫ぶ。


「無茶しないで!」


「承知しております!」


返事だけは良い。


二十三秒。


騎士たちが同時に動いた。


二十四。


白い存在の右脚が飛ぶ。


二十五。


左腕。


二十六。


首。


二十七。


胴。


二十八。


四つに分断。


二十九。


魔法騎士が術式展開。


「焼却」


青白い炎。


白い肉体が燃える。


三十秒。


灰。


誰も動かない。


三十一。


三十二。


三十三。


灰が。


動いた。


「来ます」


三十四秒。


灰が集まる。


三十五。


骨。


三十六。


肉。


三十七。


白い皮膚。


三十八。


完全再生。


少女が青ざめる。


「だから嫌い」


レシティアが聞く。


「知ってるの?」


「うん」


「何度壊しても戻る」


「地下でも?」


少女が頷く。


「ずっと」


「大きいおじさんが何回も殺してた」


リベルが少女を見る。


「殺せるのですか?」


「殺せないよ」


「では何を?」


少女は平然と答えた。


「食べてた」


沈黙。


「……誰が?」


「大きいおじさん」


「これを?」


「うん」


少女は白い存在を指差した。


「でもお腹壊すから」


「最近やめてた」


レシティアは思った。


大きいおじさん。


絶対に普通ではない。


三十九秒。


白い存在は。


騎士たちを見た。


初めて。


警戒していた。


『強い』


剣士騎士が答える。


「どうも」


『邪魔』


「それもどうも」


四十秒。


白い存在が後退する。


一歩。


騎士たちは追わない。


四十一秒。


二歩。


四十二秒。


三歩。


そして。


白い存在がレシティアを見る。


『紫』


レシティアも見返す。


「私に何の用?」


『返せ』


「だから何を?」


白い存在の頭が。


不自然に傾く。


『お前』


「私?」


『違う』


『お前の中』


騎士団の表情が変わった。


四十三秒。


『返せ』


『返せ』


『返せ』


突然。


白い存在の声が増えた。


一つの口から。


何十人もの声。


男。


女。


老人。


子ども。


そして。


その中に。


リベルが知っている声があった。


「……。」


リベルの顔から血の気が消える。


「そんな」


レシティアが振り返る。


「リベル?」


白い存在が。


少女の声で言った。


『返して』


リベルの唇が震える。


「アリア……?」


その瞬間。


レシティアの頭の中で。


何かが弾けた。


知らない景色。


空が赤い。


大地には。


巨大な生物たち。


恐竜。


竜。


名前のない獣。


そして。


一人の少女。


後ろ姿。


紫色の髪ではない。


黒。


その少女が。


何か巨大なものを前にしている。


声。


『お前は世界の外へ帰れ』


次。


場面が変わる。


星泉。


少女が笑っている。


『なら、お前の方が私に借りろ』


また。


変わる。


無数の鎖。


誰かが。


巨大な何かを縛っている。


『ごめんね』


『少しだけ待ってて』


そして。


最後。


誰かの手。


小さな光を。


赤ん坊の胸へ押し込んでいる。


『これで』


『次は自由に生きられる』


レシティアの目が開く。


「――っ!」


膝が落ちる。


「姫様!」


騎士たちが振り返った。


四十四秒。


戦闘中。


それでも。


全員。


一瞬でレシティアの方を見た。


白い存在が。


その瞬間を逃さなかった。


逃走。


四十五秒。


諜報騎士が追う。


だが。


白い存在は。


自分の胸へ手を突き刺した。


四十六秒。


胸を開く。


中には。


何もない。


空洞。


そして。


その空洞へ。


自分自身が吸い込まれていく。


四十七秒。


消失。


戦闘終了。


「姫様!」


剣士騎士がレシティアの元へ戻る。


「大丈夫です」


「どこがです!」


「ちょっと頭が……」


「横になってください」


「でも」


「今すぐ」


「はい」


また怒られた。


レシティアは城壁の床へ座らされる。


女性騎士が傷を確認。


魔法騎士が魔力を調べる。


「異常は?」


「ありません」


「精神干渉は」


「痕跡なし」


リベルが近づく。


「何を見たのです?」


レシティアは。


少し迷った。


「知らない人」


「誰です?」


「分からない」


「でも」


あの言葉。


妙に。


胸に残っている。


次は。


自由に生きられる。


「赤ちゃんを見たわ」


リベルの表情が変わる。


「赤子?」


「ええ」


「誰かが」


レシティアは自分の胸へ触れる。


「何かを入れてた」


全員が黙る。


「その赤ちゃん」


リベルが尋ねる。


「顔は?」


レシティアは首を横へ振った。


「見えなかった」


「ただ」


「毛布に」


思い出す。


紫色。


そして。


小さな紋章。


見覚えがある。


当然だ。


毎日見てきた。


「……王家の紋章があった」


静寂。


騎士たちの表情が変わる。


レシティアの王国。


その王家。


つまり。


「姫様だった可能性が?」


女性騎士が呟く。


「分からない」


レシティアはすぐ否定した。


「私は普通に生まれたって、お母様から聞いてるもの」


誰も。


「普通」という部分には触れなかった。


その時。


少女が。


レシティアへ近づいた。


「ねえ」


「なあに?」


「胸」


少女が指差す。


「光ってる」


レシティアが見る。


何もない。


騎士たちにも見えない。


「どこ?」


少女は。


レシティアの胸へ指を近づける。


触れる直前。


止まった。


「これ」


少女の表情が変わる。


さっきまでの幼い顔ではない。


遥か昔を知るような。


奇妙な目。


「……鍵だ」


リベルが息を呑む。


「何の?」


少女は答えようとした。


その瞬間。


大陸地下。


鎖に縛られた巨大な存在が。


叫んだ。


『言うな!!』


声ではない。


大地そのものが。


震えた。


ドォォォォォン――!!


今度は。


誰にでも分かった。


城。


街。


山。


大陸そのものが揺れる。


少女が両耳を塞ぐ。


「うるさい!」


そして。


床へ向かって叫び返した。


「聞こえてるよ! おじさん!」


全員が固まる。


レシティアが恐る恐る尋ねた。


「……会話できるの?」


「できるよ」


「今まで言ってなかったわよね?」


「聞かれなかったから」


「そう……」


とんでもない情報が追加された。


揺れが収まる。


少女は床へ向かって言った。


「でも、この子知らないよ?」


沈黙。


何かを聞いている。


「うん」


「うん」


「分かった」


「それは嫌」


「嫌だって」


「しつこいなぁ」


レシティアたちは。


少女が床と口喧嘩する様子を見守るしかない。


やがて。


少女が顔を上げた。


「大きいおじさんが言ってる」


「何て?」


少女はレシティアを見る。


「ここから離れろって」


「私が?」


「うん」


「どこへ?」


「どこでも」


「どうして?」


少女は少し困った。


「……もう」


「隠せないから」


リベルが尋ねる。


「何を?」


少女は床へ耳を当てる。


そして。


そのまま伝えた。


「星見の神殿が」


一拍。


「見つかった」


空気が凍る。


レシティアが立ち上がる。


「誰に?」


少女は答えた。


「神様」


誰も言葉を発しない。


しかし。


少女はすぐに首を横へ振った。


「違うって」


「え?」


また床から何か聞こえたらしい。


「神様じゃない」


「じゃあ何?」


少女は。


大きいおじさんの言葉を。


そのまま繰り返した。


「神様を作ったもの」


同時刻。


星見の神殿。


フェンリオが空を見上げていた。


星が。


一つ。


消える。


また一つ。


また。


また。


夜空から。


星が順番に消えていく。


違う。


星が消えているのではない。


何か巨大な影が。


空の向こう側を。


移動している。


フェンリオの黄金の瞳が震えた。


千二百年間。


神殿を守り続けた守護獣。


神代の兵器すら恐れなかった存在が。


後退した。


『……来るな』


星泉が激しく波打つ。


神殿中に警告が響く。


《観測不能》


《分類不能》


《神代体系外存在》


そして。


最後。


《星見の神殿・防衛機構》


《全機能解放》


《想定敵性個体――》


表示が乱れる。


《一》


フェンリオが六枚の翼を広げた。


その眼前。


空が。


縦に裂けた。


裂け目の向こうから。


巨大な指が一本。


ゆっくりと。


星見の神殿へ伸びてきた。


そして。


神殿の奥。


誰もいないはずの星泉から。


女の声がした。


「やっと」


「見つけた」


水面に。


一人の女が映っていた。


その顔を見た瞬間。


フェンリオは動けなくなった。


なぜなら。


その女の顔は。


アリアでもない。


神代以前の《最初の客人》でもない。


まして。


レシティアでもない。


それなのに。


三人すべてに。


少しずつ似ていた。


女は笑った。


「返してもらいに来たわ」


そして。


空から伸びた指が。


神殿の結界へ触れた。

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