姫様御覚悟を
レシティアが戦場へ降りた瞬間。
騎士たちの動きが変わった。
それまで五人は、敵軍を止めるために戦っていた。
だが今は違う。
守るべき姫が、自分たちと同じ場所に立っている。
剣士騎士がすぐさまレシティアの前へ。
女性騎士が右。
魔法騎士が左。
諜報騎士の姿が消え、後方警戒へ回る。
残る騎士は敵軍との間に立った。
一瞬。
ほんの一瞬で。
完璧な陣形が完成した。
レシティアは困ったように笑う。
「私が手伝いに来たのだけど。」
「存じております。」
「なら、どうして私を囲むの?」
「姫様ですので。」
理由になっているようで、なっていない。
「もう。」
レシティアは頬を少し膨らませた。
その様子を遠くから見ていた敵兵たちは混乱していた。
五人で千人を止めた化け物たち。
その中心に降りてきた王女。
普通なら総大将だと思う。
だが。
なぜか騎士たちが姫を戦わせまいとしている。
敵兵の一人が呟いた。
「……もしかして。」
「あの姫は戦えないのか?」
別の兵士が頷く。
「騎士団が強いだけなのでは?」
それを聞いたアステリア兵たちが、何とも言えない顔をした。
数人は知っている。
いや。
ここまで来れば薄々わかっている。
たぶん。
違う。
かなり違う。
戦場後方。
黒いローブの男は古書を開いたまま、レシティアを見ていた。
「ようやく出てきたか。」
男の名はヴァイス。
古代研究機関・封印術研究部門。
その最高責任者。
アーク直属の研究者だった。
「レシティア王女。」
「契約王計画の最重要検体。」
古書へ手を置く。
「あなたが何者であろうと。」
「今日ここで確かめる。」
ページがひとりでにめくられていく。
一枚。
二枚。
十枚。
百枚。
そして。
あるページで止まった。
ヴァイスが古代語を唱える。
その瞬間。
大地に描かれていた巨大魔法陣が完成した。
ドォォォォン――!!
渓谷全体が震える。
空へ黒い光の柱が立ち上がった。
一本。
二本。
三本。
やがて十二本。
光の柱が渓谷を取り囲む。
ルミエルが城壁の上から叫んだ。
「レシティア様!」
「そこから離れてください!」
だが。
遅い。
透明な壁が現れる。
巨大な半球状の結界。
レシティア。
騎士団。
そして敵軍の一部。
全員が閉じ込められた。
「結界か。」
剣士騎士が剣で壁を軽く叩く。
ギィン!
凄まじい反発。
剣士騎士が眉を寄せる。
「硬い。」
魔法騎士も調べる。
「単純な防壁ではありません。」
「内部の魔力を吸収しています。」
女性騎士が周囲を見る。
「長期戦は不利ですね。」
レシティアは地面の術式を眺めていた。
「……違う。」
「姫様?」
「これ。」
しゃがみ込む。
地面へ指を近づける。
「私たちを閉じ込める魔法じゃない。」
その言葉に騎士たちの表情が変わった。
「では?」
「選んでる。」
「何をでしょう。」
レシティアは魔法陣の中心を見る。
そこには。
一つの古代文字。
以前なら意味を知らないはずの文字。
しかし。
レシティアには読めた。
「……資格。」
ヴァイスが笑う。
「正解だ。」
声が結界内へ響く。
「これは神代に造られた《王権選定陣》。」
「偽りの王を排除し。」
「真なる契約者だけを残す。」
レシティアは首を傾げる。
「私、王になる予定はないのだけど。」
「関係ない!」
初めてヴァイスの声が荒くなった。
「お前が何を望むかなど関係ない!」
「古代種がお前へ頭を垂れた!」
「聖剣がお前を歓迎した!」
「守護兵がお前を契約者と誤認した!」
「アステリアの結界がお前を受け入れた!」
「そして神代図書館すら!」
声に狂気が混じる。
「偶然で済むものか!」
レシティアは少し考える。
「偶然じゃない?」
「違う!」
「そう。」
妙に素直だった。
ヴァイスの方が調子を崩される。
「ならば証明してみせろ!」
ヴァイスが古書へ魔力を注ぐ。
王権選定陣が輝く。
その瞬間。
敵兵の一人が叫んだ。
「うわぁぁぁ!」
身体から魔力が抜けていく。
次々と兵士たちが倒れる。
敵味方関係ない。
資格のない者から力を奪う術式。
騎士団も影響を受け始めた。
「……なるほど。」
魔法騎士が膝をつく。
「これは厄介ですね。」
女性騎士も息が荒い。
剣士騎士ですら剣を杖代わりにしている。
「姫様……。」
それでも。
全員がレシティアを囲んでいた。
自分たちが弱っても。
守る。
ただそれだけ。
レシティアは、その姿を見た。
そして。
少しだけ。
怒った。
「やめて。」
静かな声。
ヴァイスが笑う。
「何を?」
「この魔法。」
「みんなが苦しんでる。」
「だから何だ。」
「解除して。」
「断る。」
「……そう。」
レシティアの声から感情が消えた。
騎士団全員が気づく。
まずい。
姫様が本気で怒り始めている。
レシティアは地面へ手を触れた。
「姫様!」
魔法騎士が叫ぶ。
「直接触れてはいけません!」
しかし。
遅かった。
指先が王権選定陣へ触れる。
その瞬間。
世界から音が消えた。
黒かった魔法陣が。
紫へ変わる。
ヴァイスの笑顔が消えた。
「……は?」
古書のページが激しくめくれる。
バラバラバラバラ――!
術式が書き換わっていく。
「何をした!?」
「何も。」
レシティアは本当に不思議そうだった。
「止まってってお願いしただけ。」
「そんな命令で神代術式が――」
そこで。
ヴァイスは言葉を失った。
王権選定陣の中央。
《資格》と刻まれていた古代文字が変化している。
新しい文字。
ヴァイスは読めた。
だからこそ。
青ざめた。
《資格確認不要》
「……ありえない。」
神代術式が。
自ら判定を放棄した。
まるで。
この少女を試す行為そのものが無意味だと判断したかのように。
パキン。
小さな音。
十二本の光柱すべてに亀裂が入る。
そして。
砕け散った。
結界消滅。
騎士たちへ力が戻る。
剣士騎士はゆっくり立ち上がった。
女性騎士も盾を握り直す。
魔法騎士の周囲に再び魔力が満ちる。
そして。
諜報騎士はもういなかった。
ヴァイスが気づいた時には。
背後に立っていた。
「……終わりです。」
「待――」
トン。
首筋へ一撃。
ヴァイスは白目を剥いて倒れた。
古書が地面へ落ちる。
戦いは終わった。
あまりにも呆気なく。
敵軍は完全に戦意を失った。
武器が次々と地面へ落ちる。
一人。
また一人。
降伏していく。
五騎士に千軍を止められ。
最後の切り札だった神代術式まで姫に止められた。
もう戦う理由などなかった。
城壁から歓声が上がる。
「勝った!」
「敵軍が降伏したぞ!」
「アステリアは守られた!」
歓声が山々へ響いていく。
レシティアはほっと息を吐いた。
「終わったわね。」
剣士騎士が戻ってくる。
「はい。」
「姫様のおかげです。」
「違うでしょう?」
レシティアは少し笑う。
「あなたたちが千人も止めてくれたからよ。」
「私は最後に少し触っただけ。」
騎士団は顔を見合わせる。
まあ。
姫様ならそう言うと思っていた。
その日の夕方。
アステリアでは妙な噂が広まっていた。
『レシティア王女には五人の守護霊がいる。』
『違う。あの騎士たちは召喚獣らしい。』
『王女の固有スキルだと聞いたぞ。』
『五体同時召喚なんて聞いたことがない。』
『しかも全員、人間そっくりだ。』
『じゃあ姫様本人は戦わないのか?』
『当たり前だろ。召喚士なんだから。』
宿屋の食堂。
その話を偶然聞いていたレシティアは、パンを持ったまま固まっていた。
「……私のスキル?」
セラフィナが隣で必死に笑いを堪えている。
「そう……みたいですね。」
レシティアは騎士たちを見る。
「あなたたち、私のスキルになったみたい。」
剣士騎士は平然と答えた。
「光栄です。」
「否定しないの?」
「姫様のものと思われるのであれば問題ありません。」
「問題あるでしょう。」
女性騎士まで頷く。
「私は嬉しいです。」
「あなたまで?」
レシティアは頭を抱えた。
久しぶりだった。
これこそ。
彼女が昔から何度も経験してきた――
『姫直属騎士団=姫のスキル』という、とんでもない誤解だった。
だが。
その夜。
誰もいなくなった戦場に、一人の男が現れる。
白銀の仮面。
アーク。
地面へ残された王権選定陣の痕跡を見つめる。
そして。
《資格確認不要》
その文字を見た瞬間。
彼は初めて。
震えた。
「違う……。」
「我々は最初から間違えていた。」
アークはゆっくり顔を上げる。
「彼女が契約王の資格を持っているのではない。」
「神代の遺産すべてが――」
言葉を止める。
その先を口にすることすら恐れるように。
「……彼女を、資格を問う対象として扱っていない。」
夜風が吹く。
そして遠く。
誰にも知られぬ山の奥で。
千二百年間閉ざされていた《星見の神殿》の扉が――
ほんの少しだけ。
開いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら、感想やフォロー、SNSでの応援など大歓迎です!
姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。
それでは、次の物語でまたお会いしましょう。
姫様、御覚悟を──




