五騎士、千軍を止める
夜明けの光が渓谷を照らす。
一本道。
左右は切り立った断崖。
大軍が一度に進める場所ではない。
その入口に立つのは、たった五人。
姫直属騎士団。
その背中を、レシティアは城壁の上から静かに見つめていた。
「始まるわね……。」
セラフィナは思わず両手を握る。
「五人だけで、本当に……。」
ルミエルは静かに答えた。
「見ていてください。」
「彼らが、なぜ各国から恐れられているのか。」
「進めぇぇぇ!」
敵将の号令。
千の兵が地面を揺らしながら押し寄せる。
最前列だけでも百人近い。
普通なら、一瞬で飲み込まれる。
だが。
剣士騎士は剣を肩へ担ぎ、小さく呟いた。
「始めよう。」
その声を合図に。
五人が同時に動いた。
最初に飛び出したのは女性騎士だった。
盾を構え。
敵軍の真正面へ突撃する。
「止まれ。」
ただ、その一言。
ドォォォォン!!
盾が振るわれる。
最前列の兵士たちがまとめて吹き飛ぶ。
十人。
二十人。
三十人。
後方の兵士を巻き込みながら転がっていく。
敵軍が悲鳴を上げた。
「ば、化け物だ!」
「違う!」
将校が叫ぶ。
「囲め!」
しかし。
渓谷が狭い。
人数が活かせない。
その隙を逃さず。
剣士騎士が歩き出す。
走らない。
ゆっくり。
本当にゆっくり。
敵兵が一斉に襲いかかる。
剣が振り下ろされる。
槍が突き出される。
だが。
誰一人、姫直属騎士へ届かない。
カン。
カン。
カン。
剣の腹だけで攻撃を弾く。
蹴らない。
斬らない。
殺さない。
ただ。
武器だけを弾き飛ばしていく。
兵士たちは呆然とした。
自分たちが何をされたのか分からない。
気づけば全員、武器を失っていた。
「左側。」
諜報騎士が呟く。
次の瞬間。
左側の崖から矢が降り注ぐ。
隠れていた弓兵だ。
数十本。
だが。
魔法騎士が杖を一振りした。
風が生まれる。
矢の雨が空中で止まる。
クルリ、と向きを変え。
放たれた場所へ戻っていく。
「うわぁぁ!」
弓兵たちは慌てて伏せる。
矢は誰にも当たらない。
地面へ突き刺さるだけ。
だが。
完全に戦意を失わせた。
「……終わりですね。」
諜報騎士の姿が消える。
敵兵たちが辺りを見回す。
「どこだ!」
「姿が見えん!」
その時にはもう遅い。
隊長。
副隊長。
旗手。
伝令。
指揮官だけが次々と気絶していく。
敵軍の指揮系統が崩壊した。
「命令は!」
「誰の指示だ!」
混乱が広がる。
城壁の上。
アステリアの兵士たちは口を開けたままだった。
老騎士も信じられないものを見るような顔をしている。
「これが……。」
「王国最強。」
ルミエルは静かに首を横へ振る。
「違います。」
「姫直属です。」
その一言に。
老騎士は背筋が震えた。
これほどの者たちが。
一人の姫へ忠誠を誓っている。
その意味を。
改めて理解した。
しかし。
レシティアだけは違う場所を見ていた。
「……来る。」
小さく呟く。
リベルが反応する。
「気付きましたか。」
「ええ。」
「本命ね。」
戦場ではない。
さらに後方。
誰もいない丘。
そこへ。
黒いローブの男が一人、静かに歩いてきていた。
杖も剣も持たない。
ただ。
一冊の古い本だけを抱えている。
その本を開いた瞬間。
空が曇った。
風が止まる。
そして。
渓谷の大地全体に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
剣士騎士が顔を上げる。
「これは……。」
諜報騎士も初めて表情を変える。
「まずい。」
リベルが静かに呟く。
「神代魔法。」
「戦場そのものを封印する術。」
レシティアは一歩前へ出る。
初めて。
城壁から。
「みんな。」
騎士たちが振り返る。
姫が前へ出ようとしている。
「少しだけ。」
レシティアは困ったように笑った。
「手伝ってもいいかしら。」
騎士団全員が。
まるで待っていましたと言わんばかりに微笑んだ。
剣士騎士が頭を下げる。
「お待ちしておりました。」
その瞬間。
レシティアは城壁からふわりと飛び降りる。
着地の衝撃すらない。
静かに。
戦場の中央へ降り立つ。
敵味方、すべての視線が彼女へ集まる。
そして敵将は初めて気づいた。
――今まで戦っていたのは、本当に前座だったのだと。
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それでは、次の物語でまたお会いしましょう。
姫様、御覚悟を──




