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開戦前夜

アステリア公国。


王城・作戦会議室。


巨大な円卓の上には、この国一帯の地図が広げられていた。


敵軍、およそ千。


五か国の連合軍。


さらに古代研究機関が裏で動いている可能性も高い。


誰が見ても、不利な戦いだった。


「正面からでは勝てません。」


アステリアの若い将軍が静かに言う。


「兵力差が大きすぎます。」


老騎士も頷いた。


「援軍を待つしか……。」


しかし。


諜報騎士は地図を眺めたまま、小さく首を振る。


「援軍は来ません。」


「敵は街道を封鎖しています。」


「伝令も捕まるでしょう。」


部屋が静まり返る。


レシティアは地図へ視線を落としていた。


何も言わない。


ただ静かに。


考えている。


その様子を見た騎士たちは、誰も急かさなかった。


姫が考えている時は、必ず何か理由がある。


数分後。


レシティアが口を開いた。


「ねえ。」


全員が顔を上げる。


「この国には地下水路があるのよね?」


老騎士が驚いた。


「ええ。」


「あります。」


「ですが、それをご存じなのですか?」


レシティアは地図の片隅を指差した。


「ここ。」


「城の地下から湖へ繋がっている。」


老騎士は完全に固まった。


そこは。


王族しか知らない秘密の脱出路だった。


「……なぜ。」


「どうして。」


レシティアは少し困ったように笑う。


「なんとなく。」


騎士団は心の中で思う。


(また『なんとなく』だ。)


レシティアはさらに地図へ指を滑らせる。


「敵は兵が多い。」


「だから、この平原を通る。」


「でも。」


「ここだけ狭い。」


山と崖に挟まれた一本道。


兵が並べない。


剣士騎士が静かに頷く。


「天然の要害。」


「そう。」


「ここなら人数差が消える。」


女性騎士が微笑む。


「姫様らしい作戦ですね。」


「え?」


「兵を守ることを一番に考えている。」


レシティアは少し照れくさそうに笑った。


「怪我は少ない方がいいもの。」


その頃。


敵陣。


巨大な天幕。


そこには五か国の将軍たちが集まっていた。


「確認する。」


中央に座る男が口を開く。


「目的は。」


一人の将軍が答える。


「レシティア王女。」


別の将軍が続ける。


「生死は問わない。」


その言葉に。


天幕の隅から声がした。


「いや。」


全員が振り向く。


そこには。


白銀の仮面。


アークだった。


「殺してはいけません。」


「必ず生け捕りに。」


将軍の一人が眉をひそめる。


「理由は?」


アークは静かに答える。


「まだ利用価値があります。」


「彼女には。」


「世界そのものを変える力がある。」


誰も意味を理解できなかった。


夜。


王城の屋上。


レシティアは一人、星空を眺めていた。


「眠れませんか?」


振り返ると。


そこにはリベルが立っていた。


「少しね。」


レシティアは苦笑する。


「明日、大勢が怪我をするかもしれないと思うと。」


リベルは隣へ並ぶ。


二人で夜空を見上げた。


しばらく沈黙が続く。


やがて。


リベルがぽつりと呟く。


「……怖くないのですか。」


「戦うことが。」


レシティアは少し考えた。


そして。


ゆっくり首を横へ振る。


「怖いわ。」


「だから。」


「誰かが怖い思いをしなくて済むなら。」


「私が前に立つだけ。」


リベルは目を閉じた。


その答えは。


あまりにも昔、誰かから聞いた言葉によく似ていた。


しかし。


決定的に違う。


「あの人は……。」


リベルは心の中で呟く。


「あの人は世界を守ろうとしていた。」


「でも、この人は。」


リベルはレシティアを見る。


穏やかな笑顔。


優しい瞳。


「目の前の一人を守ろうとしている。」


だから違う。


似ているけれど。


同じではない。


リベルは少しだけ微笑んだ。


「……それでいい。」


その言葉をレシティアは聞き返さなかった。


翌朝。


夜明けとともに。


敵軍が動き始める。


地平線を埋め尽くす軍勢。


旗だけでも数百。


槍。


剣。


弓。


魔導兵。


まるで黒い波だった。


一方。


狭い渓谷の入口。


そこに立っていたのは。


たった五人。


姫直属騎士団。


その後ろには誰もいない。


兵士たちはさらに後方へ避難している。


敵将が笑った。


「たった五人か。」


「道を塞ぐ気か。」


剣士騎士は静かに剣を抜く。


「十分だ。」


敵将が剣を掲げる。


「踏み潰せぇぇぇ!」


千の兵が一斉に駆け出す。


その瞬間。


レシティアは城壁の上から、小さく呟いた。


「みんな。」


「怪我だけはしないでね。」


その優しい願いとは裏腹に。


次の瞬間から始まる戦いは、後に各国の歴史書で――


『五騎士、千軍を止める戦い』


と語り継がれる伝説の幕開けとなるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけたなら、感想やフォロー、SNSでの応援など大歓迎です!

姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。


それでは、次の物語でまたお会いしましょう。

姫様、御覚悟を──

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