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図書館の管理者

ガタガタガタ……


本棚の揺れは次第に大きくなっていく。


誰も剣を抜かなかった。


いや。


抜くことができなかった。


巨大な図書館全体が、生き物のように呼吸を始めていたからだ。


「これは……。」


女性騎士が盾を構える。


「敵でしょうか。」


ルミエルは静かに首を横へ振った。


「違います。」


「結界が起動しています。」


「歓迎の術式です。」


「歓迎?」


セラフィナが驚く。


歓迎で揺れる図書館など聞いたことがない。


その時だった。


パラ……


パラパラ……


無数の本が、ひとりでにページをめくり始める。


風はない。


それでも何百冊、何千冊もの本が一斉に開かれていく。


まるで図書館全体が何かを探しているようだった。


やがて、一冊の小さな本が本棚からふわりと浮かび上がる。


ゆっくりとレシティアの前まで飛んできた。


「私?」


本は小さく上下に揺れた。


頷いたように見える。


レシティアが恐る恐る受け取る。


表紙には何も書かれていない。


本を開く。


白紙だった。


「何もないわ。」


その瞬間だった。


一文字。


また一文字。


黒い文字が、白紙へ浮かび始める。


『ようこそ。』


全員が息を呑む。


文字は止まらない。


『久しぶりです。』


レシティアは目を丸くした。


「え?」


『……と言いたいところですが。』


『あなたは初めてですね。』


女性騎士が思わず吹き出した。


「途中で訂正しましたよ。」


ゼフィールも肩を震わせる。


「案外、適当な管理者だな。」


すると本に新しい文字が現れる。


『聞こえています。』


ゼフィールは咳払いした。


「失礼。」


『よろしい。』


今度は女性騎士まで笑いを堪えきれなくなる。


緊張していた空気が少しだけ和らいだ。


『私はこの図書館の管理者です。』


『名前はありません。』


『皆からは管理者と呼ばれていました。』


「管理者さん。」


レシティアが自然に話しかける。


『はい。』


「あなた、本なの?」


『違います。』


『図書館です。』


一同は沈黙した。


諜報騎士がぼそりと呟く。


「図書館本人でしたか。」


『本人です。』


「聞こえてる……。」


『レシティア。』


文字がゆっくり浮かぶ。


『あなたはアリアではありません。』


老騎士が静かに目を閉じた。


やはり。


管理者もそう言う。


『ですが。』


『アリアに最も近い存在です。』


「近い?」


『魂ではありません。』


『記憶でもありません。』


『生まれ変わりでもありません。』


レシティアは首を傾げる。


「じゃあ何?」


数秒、沈黙。


まるで管理者も言葉を選んでいるようだった。


そして。


『あなたは。』


『アリアが最後まで信じた未来です。』


誰も意味が分からなかった。


ルミエルですら眉を寄せる。


ゼフィールも考え込む。


老騎士だけが涙を流していた。


「……そうでしたか。」


「王女様。」


「あなたは最後まで。」


「未来を諦めなかったのですね。」


レシティアは困ったように老騎士を見る。


「ごめんなさい。」


「私だけ分からないの。」


老騎士は優しく微笑んだ。


「それで良いのです。」


「分からないままでいてください。」


「今は。」


管理者の本にも文字が浮かぶ。


『同意します。』


『知るには早すぎます。』


『あなたはまだ。』


『普通の王女でいてください。』


「普通?」


騎士団全員が同時にレシティアを見た。


普通。


その言葉に最も遠い存在である。


レシティア本人だけが納得していた。


「そうよね。」


「私、普通だもの。」


女性騎士は小さくため息をつく。


「姫様だけです。」


「そう思っているのは。」


剣士騎士も真顔で頷く。


「ええ。」


「世界中で姫様だけです。」


「えぇ?」


レシティアは本気で驚いていた。


管理者の本に、新しい文字が現れる。


『……やはり。』


『性格まで似ています。』


その一文に。


老騎士は笑いながら涙を拭った。


その時。


図書館の奥から、鈴の音のような澄んだ音が響く。


リン――。


管理者の文字が一瞬で変わる。


『静かに。』


『来ます。』


『図書館の最奥で眠り続けていた者が。』


全員が奥を見つめる。


暗闇の向こう。


ゆっくりと足音が近づいてくる。


コツ……。


コツ……。


そして姿を現したのは、一人の少女だった。


年齢は十歳ほど。


銀色の髪。


深い蒼の瞳。


古風な白い神官服をまとい、裸足のまま静かに歩いてくる。


彼女はレシティアを見るなり立ち止まった。


じっと見つめる。


数秒の沈黙。


そして、ふわりと微笑んだ。


「おかえりなさい……とは、言いません。」


その一言に、全員が耳を傾ける。


少女は少し寂しそうに首を横へ振った。


「あなたは、あの人ではありませんから。」


それでも一歩近づき、優雅に一礼する。


「初めまして、レシティア王女。」


「私は神代図書館の司書。」


「リベルと申します。」


その名が告げられた瞬間、本棚という本棚から一斉にページをめくる音が鳴り響いた。


まるで図書館そのものが、主の目覚めを祝福しているかのようだった。

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