王が眠る図書館
守護兵が再び眠りにつくと。
戦場から音が消えた。
敵も。
味方も。
誰一人として動けない。
「……退け。」
最初に口を開いたのはアークだった。
ガルドが驚く。
「ですが!」
「退けと言った。」
静かな声。
しかし逆らえない。
古代研究機関の者たちはゆっくりと後退を始める。
兵士たちは困惑した。
勝てるかもしれない。
そう思った矢先だった。
レシティアが首を傾げる。
「追わないの?」
剣士騎士は静かに答える。
「姫様。」
「罠の可能性があります。」
「そうね。」
素直に納得する。
アークは最後に一度だけ振り返った。
「レシティア王女。」
「次に会う時。」
「あなたは、もっと多くを知っているでしょう。」
「その時こそ、お話ししましょう。」
そう言い残し。
敵軍は霧のように姿を消した。
戦いは終わった。
しかし。
老騎士の表情は晴れない。
「隊長。」
若い兵士が近寄る。
「敵は退きました!」
「……ああ。」
返事はした。
だが。
視線は聖剣のあった場所へ向いている。
「まだ終わっておらぬ。」
城内。
フィオナはまだ眠っていた。
呪いは消えていない。
侍医たちは首を横に振る。
「原因が分からない以上。」
「治療できません。」
レシティアは寝顔を見つめる。
「待ってて。」
「必ず治すから。」
すると。
老騎士が静かに近付いてきた。
「姫君。」
「一つだけ。」
「見ていただきたい物があります。」
城の地下。
石造りの階段を降りていく。
騎士団も同行した。
誰も言葉を発さない。
階段は長かった。
地下二階。
三階。
四階。
やがて。
巨大な扉の前へ辿り着く。
扉には神代文字が刻まれていた。
諜報騎士が眺める。
「読めません。」
ルミエルも首を振る。
「私もです。」
ゼフィールも苦笑する。
「古すぎる。」
老騎士はレシティアを見る。
「お願いできますか。」
「ええ。」
レシティアは扉へ手を添えた。
文字を見つめる。
「……ふふ。」
少しだけ笑う。
「なんて書いてあるんですか?」
セラフィナが尋ねる。
レシティアは自然に答えた。
「『本が散らかっています。静かに入りましょう。』」
全員が固まる。
「……え?」
女性騎士が聞き返す。
「そんなことが?」
「書いてあるわ。」
レシティアも不思議そうだった。
老騎士は静かに笑う。
「その通りです。」
騎士団は思わず顔を見合わせた。
神代の重要施設の入口に。
そんな注意書きがあるとは。
ゴゴゴゴ……
扉がゆっくりと開く。
その先には。
本。
本。
本。
果てしなく続く本棚。
天井が見えないほど巨大な図書館だった。
セラフィナが目を輝かせる。
「すごい……。」
ルミエルも息を呑む。
「神代図書館……。」
ゼフィールが口笛を吹く。
「まだ残ってたんだ。」
レシティアはゆっくり歩き始める。
どこか懐かしそうに。
その姿を見て。
老騎士は再び驚く。
迷わない。
一度も。
まるで。
何度も来たことがあるように。
数分後。
レシティアが一冊の本を手に取った。
厚い革表紙。
埃一つない。
「これ。」
老騎士が目を見開く。
「まさか……。」
「姫君。」
「どうして、その本を。」
レシティアは首を傾げる。
「呼ばれたから。」
「え?」
「この本が。」
本を開く。
そこには。
一枚の古い絵が描かれていた。
青空の下。
一人の少女。
紫色の髪。
金色の瞳。
優しく微笑んでいる。
騎士団全員が息を止めた。
女性騎士が震える声で呟く。
「……姫様。」
「これ。」
「姫様ですよね。」
レシティアも絵を見る。
しばらく見つめ。
困ったように笑った。
「似てるわね。」
しかし。
老騎士は首を横に振った。
「違います。」
部屋の空気が張り詰める。
「これは、あなたではありません。」
静かな声。
「千二百年前。」
「アステリア最後の王女。」
「契約の姫――」
老騎士は本の下へ書かれた名前を指差した。
そこには神代文字で、一つの名前が刻まれていた。
レシティアは自然に読み上げる。
「……アリア。」
その名前を口にした瞬間。
図書館全体の本棚が、ガタリ、と音を立てて揺れた。
誰かが。
その名前を待っていたかのように。




