白き城壁の攻防
ゴォォォン――。
重い鐘の音が、アステリア公国中へ響き渡る。
「総員、戦闘配置!」
「北門を閉鎖!」
「避難誘導を急げ!」
静かだった城が、一瞬で戦場へ変わる。
兵士たちは持ち場へ走り、魔導師たちは城壁へ結界を展開していく。
レシティアは窓から北門を見つめていた。
黒い外套の集団。
その中央に置かれた巨大な水晶。
そして、水晶の中で眠る古代生物。
「……起こす気ね。」
静かな声だった。
ルミエルも窓の外を見る。
「封印術式が壊され始めています。」
ゼフィールが眉をひそめる。
「間に合うか?」
レシティアは答えなかった。
その代わり、老騎士へ向き直る。
「兵士さんは何人いるの?」
「戦える者は百二十。」
「ですが半数は負傷しております。」
「魔導師は?」
「二十七名。」
「結界維持で精一杯です。」
レシティアは小さく頷いた。
戦力差は大きい。
敵はおよそ三百。
しかも古代研究勢力まで加わっている。
普通なら勝てない。
「姫様。」
剣士騎士が前へ出る。
「ご命令を。」
その一言で、他の騎士たちも一斉に膝をついた。
女性騎士。
諜報騎士。
ルミエル。
ゼフィール。
セラフィナまで。
レシティアは少し困ったように笑う。
「そんなに畏まらなくても。」
誰も立ち上がらない。
仕方なくレシティアは苦笑した。
「では。」
「皆をお願い。」
「承知しました。」
剣士騎士が立ち上がる。
その瞳は、すでに戦場のものだった。
北門。
敵軍はゆっくりと前進してくる。
先頭に立つ黒衣の男が片手を上げた。
「封印解除を開始しろ。」
数十人の魔導師が水晶を囲む。
巨大な魔法陣が展開される。
城壁の上から見ていた老騎士が青ざめた。
「あれを解放されれば……!」
レシティアは静かに言う。
「ええ。」
「街がなくなるわ。」
その言葉を聞いた剣士騎士は、迷わなかった。
「諜報。」
「はい。」
「術者を止めろ。」
「了解。」
次の瞬間。
諜報騎士の姿が消えた。
いや。
誰にも見えなかっただけだった。
敵陣中央。
魔導師の一人が突然気配を感じる。
「な……。」
トン。
首筋を軽く叩かれる。
魔導師はその場に崩れ落ちた。
二人目。
三人目。
四人目。
誰にも姿は見えない。
ただ魔導師だけが次々と倒れていく。
敵軍がざわつく。
「どこだ!」
「どこにいる!」
「探せ!」
その頃には、十人目が眠っていた。
「面白い。」
黒衣の男が笑う。
「ならこちらも遊ぼう。」
男が剣を抜く。
その瞬間。
空気が震えた。
剣士騎士が城壁から飛び降りる。
轟音。
地面へ着地すると同時に、敵軍の前へ立ちはだかった。
「ここから先へは行かせない。」
たった一人。
それだけなのに。
敵軍三百人の足が止まる。
誰も踏み出せない。
その背中はあまりにも大きかった。
黒衣の男が笑う。
「なるほど。」
「姫直属騎士団か。」
「会いたかったぞ。」
剣士騎士は剣を構える。
「名前は。」
「ガルド。」
男は名乗った。
「古代研究機関第一戦闘部隊隊長。」
「お前を殺し、その後で姫を連れて帰る。」
剣士騎士は静かに息を吐く。
「無理だ。」
「なぜ?」
「姫様が嫌がる。」
ガルドは吹き出した。
「理由はそれだけか!」
「十分だ。」
剣士騎士が答えた、その瞬間だった。
二人の姿が同時に消えた。
ドゴォォォン!!
大地が爆ぜる。
衝撃だけが遅れて響いた。
兵士たちは目で追えない。
老騎士は息を呑む。
「速い……。」
女性騎士が苦笑する。
「まだ本気ではありません。」
「……え?」
「姫様が見ておられますから。」
「地形を変えないように戦っています。」
老騎士は絶句した。
あの戦いで。
まだ加減しているというのか。
一方、レシティアは城壁の上から戦場全体を眺めていた。
敵の配置。
風向き。
魔力の流れ。
兵士たちの疲労。
そして。
巨大水晶の奥。
誰も気づいていない場所を見つめる。
「……やっぱり。」
セラフィナが隣へ来る。
「何かあるんですか?」
レシティアは小さく頷いた。
「本命はあの古代生物じゃない。」
「え?」
「誰かが隠れてる。」
その一言に、ルミエルとゼフィールが同時に反応する。
二人の視線が水晶の影へ向く。
そこには誰の姿もない。
だが、レシティアだけは確信していた。
「あの人。」
「最初から私だけを見てる。」
その瞬間。
巨大水晶の影から、一人の人物がゆっくりと姿を現した。
漆黒のローブ。
白銀の仮面。
そして右手には、一本の古びた杖。
男はレシティアを見上げると、小さく笑った。
「ようやく、お会いできました。」
「――契約の姫。」
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姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。
それでは、次の物語でまたお会いしましょう。
姫様、御覚悟を──




