忘れられた約束
森は静まり返っていた。
巨大な古代種は、レシティアの前で静かに頭を垂れている。
誰も動けない。
剣士騎士ですら、剣を構えたまま息を潜めていた。
セラフィナは羽を震わせる。
「しゃ……しゃべってる……。」
古代種は低く鳴く。
言葉とも歌とも違う、不思議な響き。
レシティアはその声に耳を傾け、時折小さく頷いていた。
まるで旧友と話しているようだった。
しばらくして。
古代種は鳴き終える。
レシティアは困ったように笑う。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。」
古代種は短く鳴く。
「ええ。」
「約束は忘れていないわ。」
その一言で。
騎士団の空気が変わった。
約束?
剣士騎士は思わずレシティアを見る。
(姫様……いつの話です?)
誰も聞いたことがない。
そんな約束。
やがて。
古代種は大きな翼を広げた。
一度だけレシティアへ頭を下げると、森の上空へ舞い上がる。
轟風。
木々が大きく揺れる。
そして。
雲の彼方へ消えていった。
森に静寂が戻る。
誰も最初の一言を口にできない。
その沈黙を破ったのは、祭り好きなら絶対真っ先に騒ぎそうな場面なのに、なぜか一番冷静な剣士騎士だった。
「……姫様。」
「なあに?」
「ご説明を。」
レシティアは首を傾げる。
「何を?」
全員が思う。
(全部です。)
「古代種と話せるんですか?」
女性騎士が尋ねる。
「あら。」
レシティアはきょとんとした。
「みんな話せないの?」
「「「話せません。」」」
声が揃った。
セラフィナまで頷いている。
「あれ?」
レシティアは少し困る。
「昔から普通に話していたのだけど……。」
普通ではない。
諜報騎士が静かに額へ手を当てた。
「姫様。」
「はい。」
「それは普通ではありません。」
「そうなの?」
本気で驚いている。
騎士たちは頭を抱えた。
まただ。
姫様の『普通』は世界の普通ではない。
その時だった。
ルミエルが真剣な表情になる。
「レシティア様。」
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか。」
「もちろん。」
「先ほど古代種が口にした名前。」
「……『アルディオス』とは誰ですか。」
レシティアの表情が止まる。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
「……覚えていたのね。」
静かな声だった。
ゼフィールも驚いている。
「まさか。」
「本当に知ってるのか。」
騎士団は互いに顔を見合わせる。
知らない名前だ。
だが。
ルミエルとゼフィールは知っているらしい。
ルミエルは息を整える。
「アルディオスとは。」
「神代最後の契約王。」
「古代種すべてを束ねた王の名前です。」
セラフィナが目を見開く。
騎士団も驚く。
神代最後の王。
その名を。
姫が知っている。
レシティアは少しだけ空を見上げた。
「そう。」
「懐かしい名前。」
その言葉で。
ルミエルとゼフィールは完全に固まった。
懐かしい?
神代の人物を?
何百年。
いや千年以上前の存在を?
剣士騎士が一歩前へ出る。
「姫様。」
「何か思い出されたのですか。」
レシティアは首を横に振る。
「違うわ。」
「思い出したんじゃないの。」
「夢で見たことがあるの。」
夢。
その言葉に騎士たちは少しだけ安心する。
夢なら不思議ではない。
……と思いたかった。
しかし。
レシティアは続ける。
「昔から何度も見る夢なの。」
「同じ場所。」
「同じ人。」
「同じ約束。」
森に風が吹く。
「夢の中で、その人はいつも言うの。」
『約束を忘れないで。』
『また会おう。』
レシティアは苦笑した。
「だから私も、夢の中の話だと思っていたのだけど。」
ルミエルとゼフィールは何も言えなかった。
二人の脳裏には、神代に伝わる最古の伝承が浮かんでいた。
『契約王は、時を越えて再び現れる。古き命がその王を見つけた時、世界は再び動き始める。』
二人はその伝承を、ただの神話だと思っていた。
だが。
今日。
古代種は一人の姫へ頭を下げた。
そして。
"約束を忘れていない"
と語った。
ゼフィールが小さく笑う。
「……これは。」
「思っていたより、とんでもない姫様だ。」
その時。
森のさらに奥。
誰にも気づかれない場所で、一人の老人が水晶越しにすべてを見ていた。
「なるほど。」
老人は静かに目を閉じる。
「契約王か。」
「ならば計画を変更しよう。」
その瞳に宿るのは、狂気ではなく確信だった。
「――姫は、生かして捕らえる。」
その言葉とともに、水晶が静かに砕け散った。
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姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。
それでは、次の物語でまたお会いしましょう。
姫様、御覚悟を──




