黒翼の使者
森を吹き抜ける風が止まる。
木の枝に立つ黒い翼の青年は、まるで鳥のように軽やかだった。
背中の翼は夜空よりも黒く、金色の瞳だけが月光を反射している。
騎士たちは一歩前へ出た。
姫を半円状に囲む。
青年は苦笑する。
「だから言ったじゃないか。今日は戦うつもりはないって。」
剣士騎士は静かに答えた。
「敵が『今日は』と言う時は、明日襲う準備をしている時です。」
青年は思わず吹き出した。
「ははっ! 面白いな。」
「噂どおりだ。」
「姫直属騎士団。」
ルミエルは青年を睨む。
「ゼフィール。」
青年は肩をすくめた。
「久しぶりだね。」
「五十年ぶりくらい?」
「話しかけないでください。」
「冷たいなぁ。」
どうやら知り合いらしい。
レシティアは二人を見比べる。
「お友達?」
「違います。」
「違うよ。」
返事だけはぴったりだった。
しかし内容は正反対である。
セラフィナは首を傾げた。
「どっちなの?」
「腐れ縁です。」
「幼なじみかな。」
「違います。」
「照れなくても。」
「照れていません。」
騎士団は思った。
(少し面倒な関係ですね。)
レシティアは一歩前へ出る。
「それで?」
「交渉って何かしら。」
ゼフィールは笑みを消した。
「単刀直入に言う。」
その目がセラフィナへ向く。
「彼女を渡してほしい。」
空気が凍った。
女性騎士の剣が半分ほど抜かれる。
諜報騎士の姿が消える。
いつでも首を取れる距離へ移動していた。
ゼフィールは苦笑する。
「だから、戦いに来たわけじゃないって。」
「彼女は狙われている。」
「俺たち黒翼族も知っている。」
「だから保護したい。」
ルミエルが静かに否定する。
「信用できません。」
「そうだろうね。」
ゼフィールはあっさり頷く。
「昔はいろいろあったし。」
レシティアは静かに聞いていた。
「黒翼族と天翼族は敵なの?」
その質問に。
ゼフィールもルミエルも黙った。
少しして。
ゼフィールが笑う。
「違う。」
「昔は同じ一族だった。」
セラフィナが驚く。
「えっ?」
「千年以上前。」
「白い翼も。」
「黒い翼も。」
「同じ空を飛んでいた。」
ルミエルが小さく目を閉じる。
「ですが神代戦争で考え方が分かれました。」
「私たちは世界を守る道を。」
「黒翼族は世界を変える道を選びました。」
ゼフィールは否定しない。
「結果だけ見ればね。」
レシティアは少し考える。
「つまり。」
「仲が悪い兄弟みたいなもの?」
沈黙。
ゼフィールが吹き出した。
「はははっ!」
ルミエルも珍しく困った顔になる。
「……間違ってはいません。」
「むしろその表現が一番近いかもしれません。」
騎士団も少しだけ肩の力を抜く。
姫の例えは、ときどき妙に的確だった。
その時。
諜報騎士の顔色が変わる。
「……違います。」
全員が見る。
「何か来ます。」
ゼフィールも笑顔を消した。
「気付いたか。」
ルミエルも空を見上げる。
「まさか。」
その瞬間。
空が暗くなった。
雲ではない。
巨大な影。
セラフィナが震える。
「鳥……?」
違う。
鳥ではない。
翼を持っている。
だが。
大きすぎた。
翼を広げれば森を覆い尽くすほど。
その姿は――
竜だった。
ただし。
レシティアたちが知る竜とは違う。
羽毛に覆われた身体。
四枚の翼。
嘴のような口。
黄金の瞳。
「古代種……!」
ルミエルが息を呑む。
ゼフィールも初めて驚いた表情を見せた。
「嘘だろ……。」
騎士団が武器を抜く。
だが。
レシティアだけは違った。
静かに、その古代種を見上げる。
そして、小さく呟いた。
「……あら。」
その声には驚きではなく。
どこか懐かしさが混じっていた。
古代種は森へ降り立つ。
巨体が大地を震わせる。
しかし。
攻撃はしなかった。
黄金の瞳が。
まっすぐレシティアだけを見つめている。
長い沈黙の後。
古代種はゆっくりと頭を下げた。
騎士団も。
ルミエルも。
ゼフィールも。
全員が固まる。
そして古代種は、人の言葉ではない、不思議な響きで何かを語り始めた。
誰にも理解できないその言葉を聞き終えたレシティアは、困ったように笑う。
「ええ。」
「久しぶりね。」
森から、一斉に息を呑む音が聞こえた。
――姫様、古代種と会話できるのですか?
誰もがそう思ったが、その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。
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姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。
それでは、次の物語でまたお会いしましょう。
姫様、御覚悟を──




