姫様は、一人でも強い
森の空気が変わる。
木々の上。
地面の影。
草むら。
三十人以上。
暗殺者たちがレシティアを取り囲んでいた。
その中心に立つ仮面の男だけが、一歩前へ出る。
「逃げないのか」
低い声だった。
レシティアは首を傾げる。
「どうして?」
「包囲されている」
「そうね」
「怖くないのか」
レシティアは少し考えた。
そして。
「あなたたちが?」
本気で不思議そうに聞いた。
沈黙。
暗殺者たちの眉がぴくりと動く。
挑発か。
いや。
違う。
この姫は。
本当にそう思っている。
仮面の男の殺気が濃くなる。
「随分と舐められたものだ」
剣を抜く。
漆黒の刃。
魔力が溢れ出す。
普通の騎士なら震える圧力。
セラフィナは息を呑んだ。
(強い……)
騎士団の隊長格に匹敵する。
そんな相手が目の前にいる。
しかも周囲には三十人以上。
どう考えても絶望的だった。
だが。
レシティアは静かだった。
「セラフィナ」
「は、はい!」
「少し下がっていて」
「でも!」
「大丈夫」
優しく笑う。
「すぐ終わるから」
その笑顔に。
セラフィナは何も言えなくなった。
仮面の男が右手を上げる。
「始めろ」
次の瞬間。
三十人の暗殺者が一斉に飛び出した。
地面。
木の上。
死角。
全方向から。
一斉攻撃。
普通なら回避不能。
だが。
レシティアは。
一歩だけ前へ出た。
その動きは静かだった。
最小限。
まるで散歩でもするような足取り。
それだけで。
最初の五本の剣が空を切る。
「なっ!?」
暗殺者たちが目を見開く。
避けた。
いや。
最初からそこに剣が来ることを知っていたように。
レシティアは振り向かない。
背後から迫る短剣。
そのまま人差し指で軽く弾く。
カン。
短剣が空高く舞い上がった。
「え……?」
持ち主が固まる。
その隙に。
レシティアは軽く手刀を肩へ当てる。
「ごめんなさいね」
トン。
それだけ。
暗殺者は白目を向いて倒れた。
セラフィナは思わず叫ぶ。
「手刀!?」
剣ですらない。
「囲め!」
仮面の男が命令する。
魔法陣が展開される。
拘束術式。
数十人で一人を封じる大規模魔法。
光の鎖がレシティアへ襲い掛かる。
だが。
レシティアは小さく息を吐いた。
「少しだけ失礼」
右足を軽く踏み鳴らす。
コツン。
本当に軽い音だった。
その瞬間。
地面に描かれた魔法陣がすべて砕け散った。
「馬鹿な!」
術者全員が吹き飛ぶ。
魔法が逆流したのだ。
レシティアは首を傾げる。
「魔力の流れが少し乱れていたわよ?」
術者たちは絶望した。
そこを指摘する相手など見たことがない。
仮面の男は歯を食いしばる。
「……なるほど」
ようやく理解した。
騎士団が強いのではない。
違う。
「あいつらが守っている理由は、お前自身か」
レシティアは答えない。
男は剣を構える。
「なら」
魔力が爆発する。
「俺が確かめてやる!」
一瞬で間合いを詰める。
速い。
今までの暗殺者とは格が違う。
セラフィナには見えなかった。
剣がレシティアの首へ届く。
その瞬間。
レシティアが初めて右手を上げた。
指先二本で。
剣を挟む。
ギィィィン!
金属音が森に響く。
男の剣は一ミリも動かなかった。
「……は?」
男の思考が止まる。
全力だった。
身体強化も。
魔力も。
技術も。
全部使った。
なのに。
指二本。
それだけで止められた。
レシティアは困ったように笑う。
「その剣、とても良い剣ね」
「っ!」
「折りたくないから、もう終わりにしましょう」
その瞬間。
レシティアは剣から指を離した。
男は反射的に踏み込む。
だが。
もう遅い。
トン。
レシティアの掌が胸へ触れる。
衝撃はない。
痛みもない。
男は首を傾げた。
「……何を」
言い終わる前に。
身体が浮いた。
「え?」
次の瞬間。
ドォォォン!!
男は数十メートル先の大木へ激突していた。
木が三本まとめて折れる。
静寂。
誰も動けなかった。
レシティアは自分の掌を見る。
「……少し強かったかしら」
またその台詞だった。
セラフィナは心の中で叫ぶ。
(全然『少し』じゃありません!)
その時――
森の奥から、ものすごい勢いで木々を飛び越えてくる影が見えた。
騎士団だ。
剣士騎士を先頭に、全員が鬼気迫る表情で駆けてくる。
レシティアは、その姿を見た瞬間だけ表情を変えた。
「……あ」
しまった。
という顔だった。
騎士たちは倒れた暗殺者たちと、無傷で立つ姫を見比べる。
そして全員が、同じことを思った。
「また一人で全部終わらせましたね、姫様……」
剣士騎士が静かにため息をつく。
「姫様」
「……はい」
「後ほど、お話があります」
レシティアは小さく肩を落とした。
古代竜と戦った時よりも。
竜王と対峙した時よりも。
今のほうが少しだけ居心地が悪かった。
一方、セラフィナは呆然とその光景を眺める。
(あれだけ強い騎士様たちが……)
(姫様を叱る側なんだ……)
思わず、くすりと笑みがこぼれた。彼女は初めて理解する。
この騎士団は、姫を「守る対象」としてだけ見ているのではない。
家族のように、大切に思っているのだと。
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姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。
それでは、次の物語でまたお会いしましょう。
姫様、御覚悟を──




