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嘘つきは姫に勝てない

王都地下区画。


古い水路跡。


月明かりも届かない闇の中。


諜報騎士は、一人立っていた。


その前には仮面の男。


かつて所属していた暗殺組織の幹部。


育ての親。


師匠。


そして――


最も殺したかった相手。


「久しぶりだな」


仮面の男が笑う。


「お前が消えてから、組織は大変だったぞ」


諜報騎士は答えない。


ただ静かに短剣を構える。


男は肩を竦めた。


「相変わらず無愛想だ」


その瞬間。


男が消えた。


いや。


速すぎて見えなかった。


キィン!!


金属音。


短剣同士がぶつかる。


火花。


一撃。


二撃。


三撃。


人の目では追えない攻防。


闇の中で刃だけが光る。


だが。


男は笑っていた。


「鈍ったな」


「……そうですか」


「昔のお前なら今ので殺していた」


諜報騎士は答えない。


ただ。


その目だけが冷たい。


男は、その目を見て笑う。


「いや違うな」


「優しくなったか」


空気が変わる。


諜報騎士の手が、わずかに止まった。


「図星か?」


男が笑う。


「昔のお前はもっと壊れていた」


その言葉で。


昔の記憶が蘇る。



まだ少年だった頃。


名前もなかった。


家族もいない。


裏路地で拾われた。


そして。


暗殺組織へ売られた。


教わったことは一つ。


殺し方だけ。


人を信じるな。


感情を持つな。


命令だけを聞け。


失敗した者は死ぬ。


逆らった者も死ぬ。


そんな世界だった。


少年は優秀だった。


優秀すぎた。


だから生き残った。


だが。


生き残るほど。


心は死んでいった。


ある日。


王宮潜入任務が与えられた。


第三王女の監視。


ただそれだけ。


簡単な仕事だった。


屋根裏。


天井裏。


物陰。


少年は誰にも見つからず監視を続ける。


そして。


初めて見た。


幼いレシティアを。


王族なのに。


一人で庭を歩いている。


護衛も撒いて。


木に登ろうとしていた。


「…………」


意味がわからなかった。


王族だぞ?


何をしている。


案の定。


落ちた。


盛大に。


ドサッ。


「いたた……」


少年は呆れた。


馬鹿なのか。


すると。


レシティアが、急にこちらを見た。


「そこにいるのでしょう?」


心臓が止まりそうになった。


見つかった。


ありえない。


誰にも見つかったことなどなかった。


「出てきなさい」


少年は動かない。


だが。


レシティアは続けた。


「怪我してるのでしょう?」


少年の目が見開く。


確かに。


任務前の戦闘で腕を斬られていた。


だが隠していた。


誰にも気づかれないように。


レシティアは近づいてくる。


そして。


躊躇なく言った。


「見せて」


意味がわからない。


少年は人を殺す側だ。


なのに。


王女は心配している。


「……なんで」


思わず口から出た。


レシティアは首を傾げる。


「なんで?」


「なんで優しくする」


沈黙。


そして。


レシティアは、少し考えて。


本当に不思議そうに言った。


「怪我してるから?」


あまりにも自然だった。


計算もない。


打算もない。


その瞬間。


少年の中で何かが壊れた。


いや。


初めて。


何かが戻った。



現在。


地下水路。


仮面の男が笑う。


「お前はあの日から弱くなった」


諜報騎士は静かに否定する。


「違います」


「ならなぜ組織を捨てた?」


男の声が低くなる。


「なぜ姫に従う?」


沈黙。


そして。


諜報騎士は初めて小さく笑った。


本当に珍しく。


「簡単です」


男が目を細める。


「姫様は」


短剣を構える。


「私を人間扱いした最初の人です」


その瞬間。


空気が変わった。


殺気。


闇が揺れる。


仮面の男ですら、一瞬遅れた。


「な――」


視界が反転する。


気づけば。


喉元に短剣があった。


敗北。


完全に。


男は苦笑した。


「本当に変わったな」


諜報騎士は答えない。


だが。


その目は昔よりずっと穏やかだった。


その頃。


王宮では。


レシティアが紅茶を飲みながら首を傾げていた。


「何だか今夜は騒がしいわね」


侍女が苦笑する。


「姫様が原因かもしれません」


「どうして?」


本気でわかっていない。


その頃。


騎士たちは全員同じことを思っていた。


(姫様は、自分がどれだけ人を救っているか理解していない)


そして次に狙われるのは――


王宮正門。


奴隷商人たちと対峙する女性騎士だった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけたなら、感想やフォロー、SNSでの応援など大歓迎です!

姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。


それでは、次の物語でまたお会いしましょう。

姫様、御覚悟を──

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