閑話 姫様と夏の白い麺
その日、王宮の空気は少しだけ緩んでいた。
大きな戦もなく。
外交問題も、ひとまず落ち着き。
古代種も現れていない。
つまり――
「平和ね」
レシティアは、珍しく穏やかな顔で紅茶を飲んでいた。
騎士たちは、いつものように背後へ控えている。
静か。
実に静か。
そのときだった。
「姫様」
騎士の一人が、静かに前へ出る。
「本日の昼食ですが」
「ええ」
「“素麺”はいかがでしょう」
沈黙。
レシティアが、ゆっくり瞬きをした。
「……そうめん?」
聞き慣れない単語。
だが。
なぜか少しだけ興味を引かれる。
「東方地域に存在する麺料理です」
別の騎士が補足する。
「冷やして食べる形式が一般的かと」
「ほう」
姫の目が、わずかに細くなる。
それだけで。
騎士たちの空気が変わった。
(興味を持たれた)
(確定だな)
(全力でいくぞ)
なぜか戦場みたいな空気になる。
レシティアは、まだ気づいていない。
「美味しいの?」
小さく問う。
騎士たちは、迷わなかった。
「保証いたします」
即答。
しかも全員。
姫は、少しだけ笑った。
「じゃあ、楽しみにしているわ」
その瞬間。
騎士団が、一斉に動いた。
⸻
数十分後。
王都。
市場。
「姫様が素麺を召し上がる」
その情報だけで、騎士たちは異常な速度で動いていた。
「最高品質の小麦を」
「氷の確保を優先」
「薬味が不足しています」
「東方商人を探せ」
市場の人々が、ざわつく。
「な、なんだ?」
「戦争か?」
「いや騎士団だぞ」
「また姫様関係か……?」
完全に大事である。
騎士の一人が、八百屋の前で止まった。
「ねぎを」
「は、はい!」
「最も状態の良いものを」
店主が震える。
なぜか命を賭けている空気だった。
別の騎士は、川へ向かっていた。
「……氷が足りない」
真夏。
氷は貴重だ。
だが。
「姫様にぬるい素麺を出すわけにはいかない」
真顔だった。
数分後。
山岳地帯にいた。
異常である。
さらに別の騎士。
東方商人を発見。
「生姜を」
「へ?」
「最高品質を」
「え、あ、はい」
圧が強い。
商人が涙目になる。
一方その頃。
レシティアは、王宮で書類を読んでいた。
「……騒がしくない?」
少しだけ外を見る。
なぜか兵たちが慌ただしい。
侍女たちもそわそわしている。
「何かあったのかしら」
そのとき。
騎士の一人が戻ってきた。
服に少し土がついている。
「……何してたの?」
「準備を」
「そう」
よくわからないけど大変そうね、くらいの認識だった。
⸻
そして昼。
王宮の一室。
テーブルの上には、綺麗なガラス皿。
その上に盛られた、白く細い麺。
周囲には。
刻みねぎ。
生姜。
胡麻。
錦糸卵。
小さく切られた野菜。
さらには、焼いた魚まで並んでいる。
妙に豪華だった。
レシティアが、少し驚く。
「……すごいわね」
騎士たちは静かに立っている。
だが。
空気は完全に“決戦前”だった。
姫が箸を取る。
麺を持ち上げる。
つゆへ浸す。
そして――
口へ運んだ。
沈黙。
騎士たちが、固唾を飲む。
レシティアは、ゆっくりと目を瞬かせた。
「……美味しい」
その瞬間。
騎士団の空気が、一気に緩んだ。
まるで国が救われたかのようだった。
侍女たちが、こっそり驚く。
「姫様が笑ってる……」
「珍しい……」
レシティアは、さらに一口食べる。
冷たい。
さっぱりしている。
だが、薬味によって味が変わる。
面白い。
「これは良いわね」
少しだけ嬉しそうに言う。
騎士の一人が、静かに頷く。
「お口に合ったようで何よりです」
その声には、わずかな安堵が混ざっていた。
姫は、ふと気づく。
「そういえば」
騎士たちを見る。
「あなたたちは食べないの?」
沈黙。
騎士たちが、わずかに固まる。
想定していなかった。
姫は、首をかしげる。
「一緒に食べましょう?」
その一言。
騎士たちが、珍しく困った顔をした。
そして。
数分後。
同じ卓に、騎士たちが座っていた。
侍女たちは、完全に硬直している。
歴史的光景だった。
レシティアは、少し楽しそうに麺を口へ運ぶ。
「やっぱり美味しいわね」
騎士の一人が、小さく答える。
「……はい」
その表情は。
戦場で勝利した時より、少しだけ柔らかかった。
窓の外では、夏の風が吹いている。
平和だった。
本当に、珍しく。
世界は今日も、姫様を中心に回っていた。
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姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。
それでは、次の物語でまたお会いしましょう。
姫様、御覚悟を──




