姫様は外交にも向いているらしい
竜王事件から、一ヶ月後。
王国は、かつてないほど騒がしかった。
理由は単純。
「姫様が神代の王を鎮めた」
という噂が、大陸中へ広がってしまったからである。
しかも。
尾ひれどころでは済まない。
「姫様は古代竜と会話できる」
「姫様が睨んだだけで竜王が眠った」
「姫様は神代の血族」
「騎士団は姫様が生み出した眷属」
「最後の何……?」
レシティアは、書類を読みながら真顔になった。
騎士たちは、静かに控えている。
「誰がこんな話を広めているのかしら」
「各国の商人かと」
「止めなさい」
「不可能です」
即答だった。
姫は、小さくため息を吐く。
そのとき。
王宮の扉が開いた。
慌ただしい足音。
入ってきた兵士は、明らかに緊張していた。
「姫殿下!」
「どうしたの?」
「西方諸国連盟より、正式な使節団が到着しております!」
空気が、少し変わる。
西方諸国連盟。
王国西側に存在する複数国家の同盟体。
外交力も軍事力も高く、簡単に動く相手ではない。
だが。
兵士は、さらに続けた。
「目的は……」
ごくり、と唾を飲む。
「“姫様との会談”です」
沈黙。
レシティアは、ゆっくりと目を閉じた。
(……嫌な予感しかしないわね)
数時間後。
王宮・謁見の間。
重厚な空気が漂う中、西方諸国連盟の使節団が並んでいた。
武装兵。
魔術師。
外交官。
そして、その中央。
長い銀髪を持つ女性が立っている。
鋭い目。
高い威圧感。
ただ者ではない。
レシティアは、静かに玉座前へ進んだ。
騎士たちは背後へ控える。
その瞬間。
使節団の空気が、変わった。
緊張。
警戒。
恐怖に近いものまで混ざっている。
(……またなのね)
姫は、内心で少し疲れる。
何もしていない。
普通に歩いただけだ。
だが。
周囲はそう見ない。
銀髪の女性が、一歩前へ出る。
「お初にお目にかかります」
綺麗な礼。
「西方諸国連盟、代表代理を務めます」
そして。
真っ直ぐ、姫を見る。
「セシリア・アルヴェインです」
その目は鋭い。
値踏みしている。
レシティアは、静かに頷いた。
「第三王女レシティアよ」
短い名乗り。
その直後。
セシリアの視線が、背後の騎士たちへ向いた。
ほんの一瞬。
だが。
空気が張り詰める。
(……強い)
セシリアは理解した。
異常だ。
あの騎士たちは。
ただ立っているだけなのに、隙がない。
しかも。
全員が、“姫だけ”を見ている。
忠誠というレベルではない。
絶対的な信頼。
まるで――
「姫を中心に世界が回っているみたい」
ぽつりと、セシリアが呟く。
レシティアは、少し困った顔をした。
「大げさね」
その返答で。
逆に、セシリアの警戒が強まった。
(この人、自覚がない……!?)
危険だ。
最も厄介なタイプだ。
本人に支配欲がない。
なのに。
周囲が勝手に従ってしまう。
「本日は、どういったご用件かしら」
レシティアが、静かに問う。
セシリアは、一瞬だけ思考を整理し――
そして、言った。
「確認です」
「何を?」
「あなたが、“敵”かどうかを」
空気が、凍った。
王宮の兵士たちが、一斉に緊張する。
だが。
騎士たちは動かない。
いや。
正確には。
動く必要がないと思っている。
レシティアが、静かにセシリアを見る。
怒りはない。
ただ、真っ直ぐ。
「それで?」
「もし危険だと判断した場合」
セシリアの周囲に、魔術師たちが展開する。
高位魔法。
即時発動型。
完全な戦闘準備。
「ここで、排除します」
王宮が、静まり返った。
だが――
レシティアは、小さく瞬きをしただけだった。
「そう」
穏やかに。
まるで、雑談の続きをするように。
その反応に。
逆にセシリアの背筋へ冷たいものが走る。
(……なんなの)
普通なら焦る。
怒る。
あるいは、警戒する。
だが。
この姫は違う。
まるで。
“その程度では何も変わらない”と理解しているような。
その瞬間だった。
騎士の一人が、わずかに前へ出た。
それだけ。
それだけなのに。
セシリアの護衛全員が、反射的に武器を構えた。
本能だった。
死ぬ。
そう理解してしまった。
「……っ」
セシリアの額に、汗が浮かぶ。
速さも、技量も、まだ何も見ていない。
なのに。
わかる。
勝てない。
絶対に。
レシティアは、小さくため息を吐いた。
「下がって」
騎士が、静かに下がる。
その瞬間。
張り詰めていた空気が、一気に緩んだ。
セシリアは、初めて理解した。
(今ので……抑えていたの?)
レシティアは、困ったように微笑む。
「安心して」
やわらかな声。
「私は、あなたたちと争うつもりはないわ」
その言葉は、不思議と嘘に聞こえなかった。
セシリアは、しばらく沈黙し――
やがて。
ふっと、息を吐く。
「……なるほど」
武装解除。
周囲の魔術師たちも、ようやく力を抜いた。
そして。
セシリアは、小さく笑った。
「確かに、“敵”にはしたくない人ですね」
レシティアは、少し首をかしげる。
「そう?」
その無自覚さに。
セシリアは、思わず額を押さえた。
(本当に厄介だ、この姫……)
だが同時に。
理解してしまう。
なぜ、獣人の国が協力関係を望んだのか。
なぜ、人が集まるのか。
この姫は。
力で従わせているわけではない。
なのに。
自然と、人が隣に立ちたくなってしまう。
その時点で――
すでに“王”なのだと。
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姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。
それでは、次の物語でまたお会いしましょう。
姫様、御覚悟を──




