神代最後の王3
白光。
視界が、消える。
音も。
熱も。
重力すらも、遠ざかる。
ただ。
レシティアの掌から流れ込む魔力だけが、竜王へ届いていた。
黒い杭が、軋む。
悲鳴のような音。
竜王が、咆哮した。
今までとは違う。
怒りではない。
苦痛でもない。
もっと深い――
“孤独”のような声。
レシティアは、静かに目を閉じる。
流れ込んでくる。
記憶。
古い時代。
空を覆う巨竜たち。
燃える大地。
崩壊していく世界。
そして。
最後に残った王。
長い、長い眠り。
封印。
苦しみ。
利用。
ずっと。
終われなかった。
「……そう」
レシティアが、小さく呟く。
「あなたも、ずっと苦しかったのね」
その言葉に。
竜王の瞳が、揺れた。
赤かった瞳から、ゆっくりと色が消えていく。
黒い杭に、亀裂。
一つ。
また一つ。
その瞬間。
研究施設全体が、大きく揺れた。
騎士の一人が叫ぶ。
「崩壊します!」
天井が落ちる。
空間が裂ける。
だが。
誰も動かなかった。
レシティアを、信じている。
そして。
次の瞬間。
パキン――と。
黒い杭が、完全に砕け散った。
静寂。
竜王の身体から、禍々しい赤い魔力が抜けていく。
巨大な瞳が、ゆっくりとレシティアを見る。
そこにはもう、敵意はなかった。
ただ。
静かな光だけがある。
猫の王女が、息を呑む。
「……嘘」
竜王が。
頭を下げている。
神代最後の王。
世界を滅ぼしかけた存在が。
たった一人の姫へ。
ゆっくりと。
敬意を示すように。
レシティアは、その巨大な頭部へそっと触れた。
「もう、眠っていいわ」
やさしい声だった。
その瞬間。
竜王の身体が、淡い光へ変わり始める。
鱗が崩れる。
巨大な翼が、粒子となって空へ消えていく。
まるで。
長い夢から解放されるように。
王女は、ただ見つめていた。
胸が、苦しい。
強い。
綺麗。
優しい。
どうしようもなく。
目を離せない。
竜王は、最後に一度だけ空を見上げ――
そして。
静かに、消えた。
後に残ったのは。
砕けた黒い杭だけ。
静寂。
そして。
崩壊。
「姫様」
騎士の声。
レシティアは、小さく頷く。
「戻りましょう」
次の瞬間。
騎士たちが、一斉に動く。
崩れる瓦礫を斬り飛ばし。
落下を止め。
道を作る。
王女は、その中で改めて理解した。
(この人たち、本当に何なの……)
強すぎる。
異常すぎる。
でも。
その全員が。
ただ一人の姫を中心に動いている。
それが、何よりおかしかった。
---
数時間後。
崩壊した施設から脱出したレシティアたちは、森の外にいた。
朝日が昇っている。
長い夜だった。
獣人たちは、無事を確認すると歓声を上げた。
「姫様だ!!」
「生きておられた!!」
「竜王を止めたぞ!!」
当然のように、噂は広がる。
「古代の王すら姫様に跪いた」
「姫様が神代を終わらせた」
「騎士団は姫様の分身らしい」
「違うわよ」
レシティアは、疲れた顔で呟いた。
隣で、猫の王女が吹き出す。
「もう無理だって、それ」
完全に諦めたように笑う。
「誰も信じないよ」
騎士たちは、静かに頷いていた。
レシティアは、じとっと見る。
「あなたたちまで頷かないで」
「事実かと」
「違うわ」
即答。
だが。
誰も否定しない。
王女は、そのやり取りを見ながら、ふっと笑った。
そして。
小さく、レシティアへ近づく。
「……ねえ」
「なに?」
王女は、少しだけ照れながら。
それでも、ちゃんと笑って言った。
「また呼ぶから」
金色の瞳が、まっすぐ姫を見る。
「そのときは、来てね」
レシティアは、一瞬だけ目を細め――
そして、やさしく笑った。
「ええ」
その返事だけで。
王女の胸は、いっぱいになる。
(……ほんと、ずるい)
絶対に敵わない。
でも。
だからこそ。
この人の隣に立てる国でいたいと、そう思った。
朝日が、森を照らしている。
こうして。
神代最後の王との戦いは終わった。
だが――
姫様の伝説だけは。
今日も、誰かの勘違いによって増え続けていくのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。
それでは、次の物語でまたお会いしましょう。
姫様、御覚悟を──




