最後の扉
《深層の牙》の研究施設は、崩壊寸前だった。
天井は裂け。
壁面は崩れ。
古代種たちを拘束していた設備も、次々と停止している。
だが――
「姫様」
騎士の一人が、静かに呼ぶ。
その視線の先。
施設最深部。
崩れた壁の奥に、“下へ続く階段”が現れていた。
暗い。
深い。
まるで、地下そのものが口を開いているようだった。
猫の王女の耳が、ぴたりと伏せる。
「……やな感じ」
本能が拒絶している。
レシティアも、静かに目を細めた。
(……これは)
今までとは違う。
古代種の気配ではない。
もっと。
“古い”。
「逃げ遅れた研究者は?」
「全員確保済みです」
「尋問は?」
「ほとんどの者が、最下層を“聖域”と呼んでいました」
聖域。
その単語に、王女が顔をしかめる。
「絶対ろくでもないじゃん」
同感だった。
レシティアは、ゆっくりと階段を見下ろす。
そして。
「行きましょう」
迷いなく、そう言った。
王女が、即座に反応する。
「私も行く」
「危険よ?」
「知ってる」
だが。
王女は引かない。
金色の瞳が、真っ直ぐ姫を見る。
「約束したでしょ」
力を貸すと。
レシティアは、ほんの少しだけ目を細め――
そして、笑った。
「ええ。そうだったわね」
その瞬間。
王女の心臓が、またおかしくなる。
(だめ、ほんと好き)
騎士たちは、静かに目を逸らした。
本当に慣れている。
⸻
階段は、異様に長かった。
降りるほど、空気が冷たくなる。
いや。
冷たいというより、“死んでいる”。
生気がない。
静かすぎる。
足音だけが響く。
やがて。
最下層へ辿り着く。
そこは――
遺跡だった。
研究施設ではない。
もっと古い。
遥か昔から存在していたような巨大空間。
天井は見えない。
壁には、見たこともない文字が刻まれている。
そして。
中央に、“扉”があった。
巨大な黒い扉。
鎖のような紋様。
その周囲には、無数の杭が突き刺さっている。
まるで。
“何か”を封じ込めるために。
猫の王女が、小さく呟く。
「……なに、これ」
その瞬間。
カツン。
奥から、足音が響いた。
誰かがいる。
闇の中から、ゆっくりと現れたのは――
白衣の男だった。
だが。
今までの研究者とは違う。
異様なほど静か。
異様なほど落ち着いている。
そして、その目。
完全に、壊れていた。
「ようこそ」
男は、穏やかに笑った。
「姫」
騎士たちが、一斉に前へ出る。
だが。
男は気にした様子もない。
「あなたが来るのを、待っていました」
レシティアは、静かに問う。
「誰なの?」
男は、一礼した。
「《深層の牙》首席研究官」
顔を上げる。
「古代生命復元計画、最終責任者です」
空気が、重くなる。
王女が、低く唸る。
「アンタが全部やったの?」
「ええ」
平然と頷く。
「ですが、失敗でした」
その言葉に。
レシティアの目が、わずかに細くなる。
「失敗?」
男は、扉へ振り返った。
「あれらは、ただの副産物」
古代種たちを。
“副産物”と言った。
「我々が求めたのは、もっと先」
扉へ手を触れる。
その瞬間。
空間が、震えた。
ドクン。
鼓動。
巨大な。
生き物の。
猫の王女の尾が、ぶわっと膨らむ。
「っ……!」
恐怖。
今まで感じたことのない、本能的な恐怖。
騎士たちですら、空気を変えた。
男は、恍惚とした笑みを浮かべる。
「古代の頂点」
「生命の完成形」
「神代最後の王」
そして。
振り返る。
その顔には、狂気しかなかった。
「――“竜王”です」
次の瞬間。
黒い扉の奥で。
“何か”が、目を開いた。
世界が――震えた。
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それでは、次の物語でまたお会いしましょう。
姫様、御覚悟を──




