猫の王女は姫様を忘れられない
獣人の国は、久しぶりに静かな朝を迎えていた。
森は穏やかで。
風はやさしく。
怯えていた獣たちも、少しずつ落ち着きを取り戻している。
古代生命の騒動から、数日。
国中が、まだ“あの出来事”を噂していた。
「見たか?」
「姫様が古代の怪物を従わせたらしい」
「いや、あれは会話していた」
「違う、“格”で屈服させたんだ」
話は、盛られに盛られていた。
当然である。
実際には、騎士団が死ぬほど頑張っていた。
だが、誰もそこを見ていない。
見えていない。
結果として残るのは――
“姫様がなんとかした”という事実だけだった。
そして、その噂の中心人物は今。
「……はぁ」
窓際で、小さくため息を吐いていた。
猫の王女である。
「またため息ついてる」
侍女の一人が呆れたように言う。
王女は、むすっとした顔で頬杖をついた。
「ついてない」
「今日で七回目です」
「数えないでよ」
耳が、ぺたりと伏せる。
完全に図星だった。
侍女たちは、こっそり顔を見合わせる。
(重症だ)
(重症ですね)
(完全に落ちてますね)
誰の目にも明らかだった。
王女は、机に突っ伏す。
頭の中に浮かぶのは、あの姿ばかり。
静かな瞳。
戦場での横顔。
巨大な怪物を前にしても、一歩も引かなかった姿。
そして。
「あなたには、守るべき場所があるでしょう?」
あの言葉。
思い出すたび、胸が熱くなる。
「……ずるい」
ぽつりと呟く。
優しいのに。
強いのに。
格好いいのに。
本人が全然、自覚していない。
(しかもあの騎士たち)
思い出す。
姫の背後に立つ、規格外の騎士団。
あれも、反則だ。
強すぎる。
怖いくらい強い。
なのに。
姫を見る目だけ、妙にやわらかい。
(絶対、みんな好きじゃん……)
なんとなく察してしまう。
そして、ちょっとだけ悔しくなる。
そのとき。
コンコン、と扉が鳴った。
「王女様」
兵士が入ってくる。
「人の国より、使者が到着しております」
その瞬間。
王女の耳が、ぴんっと立った。
「……え?」
顔が上がる。
「誰?」
「第三姫レシティア・パープル様より、正式な書状が」
一瞬。
時間が止まった。
侍女たちが、すっと視線を逸らす。
あ、だめだこれ。
そう思った。
王女は、ものすごい勢いで立ち上がる。
「はやく!」
「は、はい!?」
「早く持ってきて!」
数秒後。
届けられた封を、勢いよく開ける。
そこに書かれていた文字を見て――
王女は、固まった。
『先日は助力を感謝します。』
そこから始まる、丁寧な文。
獣人の国への礼。
今後の協力関係について。
そして最後に。
『また近いうちに、お会いできれば嬉しく思います。』
「…………」
沈黙。
侍女たちが、恐る恐る見る。
王女の顔が。
真っ赤だった。
耳まで赤い。
尾が、ぶわっと膨らんでいる。
「お、王女様?」
「……むり」
小さな声。
「好き……」
侍女たちは、天を仰いだ。
終わった。
完全に終わった。
一方、その頃。
王国では。
「姫様が古代の怪物を従えた」
「獣人の国が完全に友好姿勢に入った」
「古代生物すら姫様に跪く」
などという噂が、ものすごい勢いで広がっていた。
王宮の廊下を歩きながら、レシティアは小さく息を吐く。
(……また変な噂が増えているわね)
背後では、騎士たちが静かに控えている。
そのうちの一人が、ぽつりと言った。
「事実では?」
姫は、ゆっくり振り返る。
「どこが?」
「古代生命は膝をつきました」
「それは制御が解けたからでしょう」
「獣人の国とも友好関係を築かれました」
「それは、王女のおかげよ」
「つまり姫様のお力かと」
「違うわ」
即答だった。
だが。
騎士たちは、誰も否定しない。
むしろ当然の顔をしている。
レシティアは、少しだけ黙り――
やがて、小さく笑った。
「……もう、それでいいわ」
完全に諦めた顔だった。
その様子を見て。
騎士たちも、ほんのわずかに口元を緩める。
窓の外では、青空が広がっている。
世界は、今日も平和だった。
姫様と。
最強の騎士団がいる限り――。
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姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。
それでは、次の物語でまたお会いしましょう。
姫様、御覚悟を──




