猫の王女は姫様に落ちる
森が、震えた。
現れた“それ”は、明らかにこの時代のものではなかった。
巨大な体躯。
岩のように硬い皮膚。
地面を踏みしめるだけで、衝撃が走る。
そして――その目。
知性がある。
ただの暴れる生物ではない。
「……いいね」
猫の少女が、ぽつりと呟く。
その声には、わずかな興奮が混ざっていた。
だが。
その隣で、姫は静かに立っている。
視線を逸らさず。
恐れもなく。
ただ、観察するように。
(硬い。速さもある。正面からの削りは時間がかかるわね)
一瞬で、分析が終わる。
そして。
ほんのわずかに、後ろへ視線を送る。
それだけで。
騎士たちが理解した。
合図すらいらない。
一人が正面へ。
一人が左へ。
一人が右へ。
残りは後方。
完全な包囲。
「……は?」
猫の少女が、目を丸くする。
早すぎる。
気づいたときには、配置が完成している。
次の瞬間。
戦闘が始まった。
正面の騎士が踏み込む。
真正面から。
普通なら無謀。
だが――
受け止める。
魔物の突進を、真正面から受け、押し返す。
地面が砕ける。
空気が弾ける。
その隙に。
左右から、同時に斬撃。
だが――
弾かれる。
火花。
金属音。
「……やっぱり硬いわね」
姫が、静かに呟く。
だが、焦りはない。
むしろ――
「いいわ。そのまま」
短く、指示を落とす。
それだけで。
騎士たちの動きが変わる。
削るのではなく、“崩す”。
攻撃ではなく、“誘導”。
一人が引きつける。
一人が足を狙う。
一人が視界を奪う。
完璧な連携。
無駄が、一切ない。
「……なにこれ」
猫の少女が、思わず漏らす。
理解できない。
強いのはわかる。
だが、次元が違う。
そのとき。
魔物が、咆哮を上げた。
空気が震え、衝撃波が広がる。
木々が倒れる。
視界が揺れる。
だが。
姫だけは、動かない。
その場に立ったまま。
静かに。
「……そこ」
一歩。
踏み込む。
その瞬間。
世界が、変わった。
速度が違う。
視界が違う。
魔物の動きが、遅く見える。
(今)
ほんの一瞬の綻び。
そこへ。
手を伸ばす。
魔力を込める。
一点。
正確に。
「――っ!」
衝撃。
音が消える。
魔物の動きが、止まる。
完全ではない。
だが。
十分。
「今よ」
その一言。
騎士たちが、同時に動く。
一斉攻撃。
集中。
一点へ。
貫く。
破壊。
崩壊。
巨体が、揺れる。
そして――
倒れた。
地面が、大きく揺れる。
静寂。
風だけが、残る。
「……は?」
猫の少女が、固まる。
理解が追いつかない。
今のは。
何が起きた?
誰が、何をした?
視線が、姫へと向く。
そこには。
ただ、静かに立っているだけの姿。
息も乱れていない。
汗もかいていない。
まるで――
何もしていないかのように。
「……嘘でしょ」
ぽつりと、呟く。
だが。
周囲の気配が、それを否定する。
騎士たちが、静かに立っている。
何も言わない。
何も誇らない。
ただ、当然のように。
そして。
姫が、振り返る。
「大丈夫?」
その一言。
優しい声。
柔らかな微笑み。
その瞬間。
猫の少女の思考が、止まった。
(……なに、これ)
胸が、変な音を立てる。
さっきまでの戦いの緊張とは、違う。
別の何か。
熱い。
落ち着かない。
視線が、逸らせない。
「……あ、うん」
言葉が、うまく出ない。
「だ、大丈夫……」
顔が、少しだけ赤くなる。
(なにこれ、なにこれ、なにこれ)
頭の中が、ぐるぐるする。
さっきまでの圧倒的な戦い。
その中心にいたのに。
今は、ただ。
目の前の姫しか、見えない。
「……すごいね」
ようやく、それだけ言えた。
姫は、首をかしげる。
「そう?」
本気で、わかっていない顔。
(……無自覚!?)
その瞬間。
完全に、落ちた。
「……ねえ」
一歩、近づく。
距離が、近い。
「名前、ちゃんと教えて」
まっすぐ見つめる。
逃がさない視線。
姫は、少しだけ驚いて――
それでも、微笑む。
「レシティアよ」
その名前を聞いた瞬間。
猫の少女は、ふっと笑った。
「……いい名前」
そして。
当然のように言う。
「私、ついていくね」
(……え?)
今度は、姫が固まる番だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたなら、感想やフォロー、SNSでの応援など大歓迎です!
姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。
それでは、次の物語でまたお会いしましょう。
姫様、御覚悟を──




