猫の王女は姫様を待つ
王都の朝は、いつもより少しだけ騒がしかった。
「獣人の国から、正式な要請です」
報告を受け、レシティアは静かに書類へ目を落とす。
そこに記されていたのは――
“未確認の巨大生物による被害”
「……巨大生物?」
小さく、呟く。
ただの魔物ではない。
報告書の内容は、明らかに異質だった。
・通常の魔物よりも圧倒的に巨大
・強固な外殻
・群れではなく単独で行動
・縄張り意識が極端に強い
・既存の魔物とは異なる反応
(……これは)
視線が、わずかに細くなる。
(古い、わね)
直感。
知識ではなく、感覚。
だが、それは外れていない。
「どうされますか」
背後の騎士が、静かに問う。
答えは、決まっている。
「向かいましょう」
書類を閉じる。
「放置できるものではないわ」
その一言で、すべてが動き出す。
数日後。
王国の国境を越えた先。
そこは、人の国とは明らかに空気が違っていた。
木々は高く、しなやかに伸び。
風は柔らかく、どこか野性味を帯びている。
そして――
「……視線が多いわね」
姫は、静かに呟く。
見えない。
だが、確かに感じる。
木の上、茂みの中、影の奥。
無数の気配。
(……観察されている)
敵意はない。
だが、警戒はされている。
当然だ。
ここは、獣人の国。
人間が踏み込む場所ではない。
そのとき。
すっと、一つの影が前に出た。
軽やかな動き。
音が、ほとんどない。
現れたのは――
猫の耳と尾を持つ少女だった。
金色の瞳。
しなやかな体。
そして、その動きは明らかに“普通ではない”。
「……あなたが、人の国の姫?」
じっと、見つめてくる。
警戒と、興味が混ざった視線。
姫は、ゆっくりと頷く。
「ええ。レシティアよ」
名乗る。
余計なことは言わない。
少女は、じっと見つめたまま。
「……変なの」
ぽつりと呟く。
「思ってたのと違う」
(……どういう意味かしら)
ほんの少しだけ、気になる。
「もっとこう……強そうな感じかと思ってた」
(……ああ)
なるほど。
姫は、わずかに微笑む。
「それは、どうも」
そのやり取りを、騎士たちは静かに見守っている。
一切、口を挟まない。
だが。
空気が、ほんの少しだけ変わった。
猫の少女が、それに気づく。
視線が、騎士たちへ向く。
「……でも」
目を細める。
「後ろの人たち、やばいね」
(ええ、そうでしょうね)
内心で頷く。
少女は、くるりと背を向ける。
「ついてきて」
軽く手を振る。
「案内する」
それだけ言って、歩き出す。
止まらない。
振り返らない。
だが――
「……いいのかしら」
姫が小さく呟くと。
少女は、肩越しに言った。
「問題ないよ」
その声は、軽い。
だが。
「本気で敵なら、もう終わってるでしょ」
あっさりと。
事実を言った。
姫は、少しだけ笑う。
「……そうね」
その通りだった。
しばらく進むと。
景色が変わる。
開けた場所。
その中心に――
巨大な爪痕。
抉られた地面。
折れた木々。
そして。
乾いた血の跡。
「……ここが?」
姫が問う。
少女は、頷く。
「うん。ここから出てきた」
視線の先。
森の奥。
暗い影。
重い気配。
「まだ、いるのよね?」
「いるよ」
即答。
「今は寝てると思うけど」
(……寝ている、ね)
その言い方が、妙に引っかかる。
まるで。
“生態を理解している”かのような。
姫は、ゆっくりと歩き出す。
一歩。
また一歩。
その奥へ。
騎士たちの気配が、静かに整う。
戦闘前の、あの空気。
そして――
地面が、わずかに揺れた。
ドン、と。
重い音。
空気が、変わる。
「……起きたね」
少女が、楽しそうに呟く。
次の瞬間。
森の奥から、それは現れた。
巨大な影。
四足。
分厚い皮膚。
鋭い牙。
そして――
“魔物ではない”存在感。
(……これは)
姫の目が、わずかに見開かれる。
(まるで……)
古代の、生物。
そう呼ぶべきものだった。
それが、こちらを見ている。
圧倒的な質量。
圧力。
本能的な恐怖。
だが――
姫は、静かに息を吐いた。
「……なるほど」
そして。
わずかに、笑う。
「少しだけ、楽しめそうね」
その言葉を合図に。
騎士たちが――動いた。




