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第112話 転生者

「いったい、どうなってるんだよ!!」


「おいおい! にーちゃんよお。 何が気にいらねーか知らねえが、うちのグラスとテーブル壊してくれるなよ?」


「す、すまない」


 今夜世話になる宿の食堂に入り、苛立つ気持ちもそのままにテーブルにグラスを叩きつけるように置いてしまった俺は、素直に宿の旦那に詫びを入れた。

 他国で極力揉め事を起こすわけにはいかないからな。


 とはいえ、俺がこんなに苛立っているのには訳がある。このままでは間に合わないかもしれないからだ。

 何に間に合わないかって?

 それは、この世界の崩壊に、である。





 実は、俺には前世の記憶がある。

 正確には、前世の記憶が蘇ったばかりだ。

 つい3ヶ月前に思い出したんだ。 俺には、この世界とは違う、日本という国で育ったことがあると。

 自分がどこの誰だったか、どうやって死んだのかなど詳しいところまでは覚えていないが、俺はそこそこ良い大学を出て、いわゆる中小企業に就職して、結婚して、という平穏な人生だったような気がする。

 それらを思い出したきっかけは、俺の兄の一人であるロデリック…ロデリック・オーガスト・エネループが、隣国・フランネル王国へ視察に行くという話を聞いたことがきっかけだった。




 俺はフランネル王国の隣にあるエネループ王国の13番目の王子だ。

 元服を迎えた15歳。前世で言えば中学生というお年頃である。

 ちょっと長くなるが、今後の話に関わってくるため、ここで我が王族のお家情報を説明しておきたい。



 エネループ王国は後宮がでかい。正妃の他に、側妃はなんと100名近くもいる。

 側妃は貴族家や商家といったところから後宮入りした者もいれば、見初められたメイドだったり踊り子だったり、国王が旅先で手をつけてきた町娘だったりと様々らしい。

 国王からの寵の度合いによって扱いは異なるが、基本的には貴族家、次いで力や財力の大きな商家出身の妃が幅を利かせ、それ以外の側妃の扱いは1段階下がるものになる。


 俺の母親はギリギリ貴族出身とはいうものの、力もない末端貴族である男爵家の出だ。

 第十三王子ということになるが、王位の継承などはないと言っていい。

 いや、あると言われてもそんな面倒そうな立場はご免だ。記憶が戻った今はなおさらそう思う。

 まあ、万が一にもそんなことはないと思うが、そんなことがあれば、全力で辞退しよう。


 幸いなことに、十三番目の王子なんて誰にもそれほど気にかけられない。

 側妃である母はおっとりとした性格だし、実家ものんびりした家風で、本人も家も後宮のマンティングに興味を持つようなタイプではなく、俺は王族として最低限の務めを果たすためだけに、目立たず、ほどほどに、適当にアホな振る舞いをしながら気楽に生きてきた。

 その記憶が蘇った日までは。



 現在、エネループ王国の王位継承を巡ってしのぎを削っているのは、第一王子、第二王子、第三王子、第四王子あたりだ。

 と言っても、圧倒的に優勢なのは第一王子でほぼ確定だと言われている。



 正妃よりも前、一番初めに後宮入りした伯爵家出身の惻妃が第一王子の母親だ。

 第一王子の母親の母親は降嫁下した元第一王女で、しかもこの王女が、先代国王に溺愛されていた王女だった。

 本来であれば政略結婚で外国に嫁ぐ予定だったが王女が、一目惚れした護衛騎士に嫁ぎたいと先代国王に涙ながらに訴え、先代国王がそれを許して降嫁に至ったという経緯がある。そのため、血筋は確かであり、かつ、今でも王室とのつながりも非常に強いのである。

 ちなみに、その降嫁により、護衛騎士の家は子爵家から伯爵家に陞爵した。


 また、第一王子自身も温厚で堅実、清廉な人柄であり、文武両道。すでに様々な政策にも関わっていてすでに国王陛下よりも国民からの人気は高いかもしれない。

 すでに公爵家のご令嬢とも婚約しており、後ろ盾もバッチリである。



 一方で、第三王子は武よりの公爵家出身の正妃が母親だ。

 母腹の格としては第三王子が最も王位継承順位が高いと考えられる。

 しかし、この国では基本的に、生まれた順の継承順位が優先されること、また、武よりの家系であることもあり、政務よりも軍部で活躍する方が性に合っているらしい。

 第一王子、第三王子同士も、母妃同士も仲は良好ということもあり、第一王子が王位を継ぎ、第三王子が軍隊を率いるという絵図が最も有力だと言われている。



 問題は第二王子と第四王子である。


 第二王子の母親は行儀見習いとして皇太后の元に上がっていた元伯爵家令嬢だ。実家の両親だけでなく、妃自身も大変な野心家だ。


 ある日、国王が母親である皇太后に茶会に招かれた。

 皇太后付きとして会場にいた当時伯爵家令嬢であった彼女は、国王がお茶を飲もうとしたその時、『恐れながら!』と、その紅茶に毒物が混入されている恐れがあると声を上げ、周囲が騒然とする中、国王の手からティーカップを奪うと、すかさずそれを自身が飲んだのだという。

 すると、紅茶には本当に毒が入っていたようで、彼女はそのまま毒に倒れることになる。

 幸い、即死毒などではなく、あまり量が多くなかったのか、そのあとの治療が良かったのか、彼女は一命を取り留めた。


 意識を取り戻した彼女の話によると、茶会が始まる直前に怪しげな男達の姿を見かけ、「毒を〜〜」という言葉がかすかに聞こえたため、毒入りの可能性を思い至ったと証言していたらしい。


 身体を張って国王と皇太后の身代わりになったということで、国王から目をかけられるようになり、口さがない連中は、彼女の実家である伯爵家か、彼女本人が仕込んだのではないかなどと噂し、もともと、彼女の実家である伯爵家も評判のいい家ではなかったこともあり、噂に拍車がかかることになる。

 次第に、彼女を表立って悪し様に言う者も現れる様になった様だ。

 ある、王室主催の舞踏会で、少し外の風に当たろうとテラスに出た国王は、そこで一人泣いている彼女を見かけて声をかけ、彼女の状況を知る。

 まだまだ年若く、大人しそうで可憐な見た目の彼女が、酷くやつれ、さめざめと涙を流す様子に絆されてしまった国王は、やがて彼女に寵を与える様になったらしい。


 …この話、出来すぎのような気がするのは俺だけではないだろう。

 彼女の後宮での傍若無人な振る舞いを見れば、当時口さがない連中が「自作自演では」と言っていたというのもあながち間違いではなかったように思える。


 見事、国王の寵愛を手に入れることに成功した彼女は、後宮で、最もやりたい放題をしている側妃だと言われている。

 おまけに、彼女が生んだ王子までやりたい放題だ。

 第二王子は市井に下ることが全くないため、下々の国民からの支持はないが、その見た目で貴族女性からはとても人気がある。

 キラキラと女性受けする、いかにも王子らしい美しい容姿で女性を虜にしているが、その実、傍若無人と横暴を絵に描いたような人間だ。

 第一王子と第三王子への対抗心は傍目にもありありと分かるほどで、顔を合わせれば突っかかっている。

 平民など同じ人間とは思わないような人間で、自分の望みを通すためになら、少しの心の痛みも感じずに、どんなことでもできる、そんな王子である。



 第四王子は母親が元伯爵家ということで第二王子にライバル心を燃やしている。

 母妃の家の格が同じだから、第二王子が王位を継承するなら、自分が!というところのようだ。

 ただこちらは一応の分別はあるらしく、第一王子と第三王子には一応敬意を持って接している。

 王位継承をするために何かを仕掛けるということは今のところなさそうだ。



 と、まあ、簡単に説明するとこんなお家事情である。



 で、話は戻るが、何が問題かというと、一番の問題児である、第二王子のロデリックだ。

 ある日の王子教育の授業中、近隣諸国との外交の話になり、教師の口から「この度、ロデリック第二王子殿下が、隣国であるフランネル王国へ視察に行くことが決定されましたが、フランネル王国は〜〜」と時事ネタを教材として話し始めたのだ。その時、突如、思い出したのである。


 もしかして、ここ(この世界)は、()()乙女ゲームの世界なんじゃないかって。

 名前ははっきり覚えていないが、人気ゲーム作家の作った2作目の乙女ゲームで、キャラクターを描いたのがイラストレーターであり漫画家としても有名な神絵師と言われる人の絵だったことも人気に拍車をかけたらしい。


 大学生だった俺が、なぜそんな乙女ゲームを知っていたかというと、前世で俺には年の離れた高校生と中学生の妹がいて、妹たちが、大人から子供にまでそこそこ流行っていたその乙女ゲームにはまっていたからだった。

 平日の夜だけでなく、週末には近所に住む中高生の従姉妹たちも我が家に集まり、いつもそのゲームをしては、ゲームの話をしていたんだ。



『ロデリック、イケメン!めっちゃタイプ!』

『ロデリック・オーガスト・エネループ! 確かに、顔いいね! でも、めっちゃ性格悪くない?』

『悪い〜〜〜! 自分のことしか考えてない典型!』

『俺サマ〜〜〜!』

『俺様王子!』

『私好き〜! ビジュもいいし。 いかにも王子って感じで』

『まあねー。でもこいつのせいで世界が崩壊するんだよ?』

『だよね! 王位に就くために他の国滅ぼすって鬼畜じゃんね』

『んー、でもさー、戦いのある世界なら普通のことなんじゃない?』

『あ〜、まあそうかも』

『女の子騙すとか、女子の敵じゃん!』

『そうだよ!』

『ロデリックってさ、自分以外の人間、どうでもいいってタイプじゃない?』

『それ!』



 居間に集まった妹と従姉妹たちが、そんな話をしていたのを、俺は飯を食いながらとか、テレビを見ながらとか、そんな感じで会話の一部を聞きかじった程度だった。

 でも、従姉妹の一人がロデリックがかなり好みだったらしく、その名前を度々聞いたこと、ビジュアルも見せられたりしたことで記憶に残っていたのだ。

 それで、当時ネット上でもよく話題になっていたこともあり、一体どんな内容なのか気になってストーリーを見た。



 確か、幸薄い少女が苦難を乗り越え、幸せになるというような、いわゆる王道のシンデレラストーリーと言われるような物語が舞台だったはずだ。


 ヒロインは、両親も何もかもを失った不幸な生い立ちのマリーローゼという少女で、でも平民から貴族の養女となる。そしてある時、聖女の素質があることがわかり、聖女候補に抜擢されるのだ。

 しかし、聖女候補は気位の高い貴族令嬢ばかり。

 そんな中で平民出身でありながら、聖女としての素養が高いと評価されてしまうヒロインは、聖女の座をかけての熾烈な戦いに巻き込まれ、命を狙われることになるのだ。

 そんな過程で、攻略対象者と出会い、発生するイベントをクリアしていくとマリーローゼが聖女に選ばれる。

 マリーローゼが聖女になり、仕組まれた陰謀を解決できればハッピーエンド。

 しかし、イベントをクリアできないと聖女にはなれないし、たとえ目出度く聖女になれたとしても、うまく進むことができないとバッドエンドとなり、ヒロインは世界を救うことができず、世界は崩壊してしまう。確かそんなストーリーだった。



『これってさ、攻略対象の好感度上げ、ムズい』

『あー、そもそも、接触させるの超難しいよね。 ちょっと選択肢間違えるとアウトだもん』

『選択肢、いちいち多すぎだし。 何? 1つの質問に対して選択肢が8つもあるって』

『質問の順番に正解を続けていかないとイベント全然発生しないもんね』

『まあ確率の問題だから、ひたすらやりこんでけばいいってことなんけどさー』

『あれ聞いた? 後半の後半の方に、自由記述の入力するとこがあるんだって』

『え!なにそれ…そんなのあるの?』

『それって、私が好きな答え打ち込んだとして、誰がどういう基準で、どうやって判断するわけ?』

『わからん…』

『クリアした人いるのかな?!』

『どーだろ! まだ発売されたばっかだもんね』

『ちょっとネットで探してみよー!』

『ヤバ! まだ誰もクリアしてない感じ?』

『えー、すぐバッドエンドだって』

『ヒロイン死に過ぎらしい』

『ロデリックが鬼畜だって〜』

『きゃー殿下〜〜〜!』

『でもさ、自分の陰謀で、失敗すると自分も死んじゃうとかアホだけどね!』

『でもさでもさ、世界崩壊させるとか、逆にすごくない?』

『逆にね! 逆に!』

『私ならイヤ〜』

『そりゃイヤでしょ! リアルなら死んじゃうし!』

『でもまあ、ゲームだし?』

『そーそー! ゲームだし〜!』



 そこまで思い出して、俺の背中に戦慄が走ったわけである。

 

 な……ん…だって…? 世界が崩壊だと……?

 ここはゲームじゃない、俺は今、この世界にリアルに生きてるのに、と。


 そこから、俺は必死に記憶を手繰り寄せようとした。

 が、結局、それ以上思い出せることはなく、妹たちの会話をもっと聞いておけばよかったと、これほど後悔したことはない。

 残念ながら、ネットに書かれていた大まかなストーリーの概要しか覚えていないのだが、ゲームに登場する国名も俺の今の兄であるロデリックの名前も、第二王子という立場も、王位継承を狙っているという状況も、残念ながら一致してしまうのだ。

 恐らく、王位を継承するために一発逆転を狙い、その手柄にしようとして、隣国を乗っ取ろうとしたんだろう。それが世界を破滅させてしまうことになるとも知らずに。

 考えすぎだと、こんなことありえないと思うこともできる。

 でも、もしも本当にこれが本当なら、マズイなんてもんじゃないじゃないか…。

 おまけに、ロデリックはもうじきフランネル王国へ行ってしまうのだ。



 いやホント、勘弁して。



 でも、これで俺のやらなければならないことは決まった。

 兄を止めるか、それとも、ヒロイン(聖女)が死なないように、バッドエンドにならないようにするか、それしかない。

 なにせ、それができなければ、世界が破滅するのだから。

 だって、俺はまだ、死にたくないからな!!


新キャラ登場回でした。


読んでいただき、ありがとうございます!

誤字脱字報告も、大変ありがとうございます!


更新ペースが遅くて申し訳ありませんm(_ _)m


「続きが気になる」「続きを読んでみようかな」と思っていただけましたら、ブクマ、評価などポチっといただけたら大変励みになり、嬉しいです!

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