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第110話 マリーと薬草園

「よーし頑張って、薬草園を広げて、収穫量を増やして!…って、そう思っていたこともありました。…っていうか、昨日だけどね! そう思ったのは!」


 と、やどり木亭の工房とマリーの自宅のお庭にある薬草園の前で盛大にひとりごちていた。

 マリーは、伊達に前世の記憶があるただの無自覚な聖女というわけではない。いざとなればノリツッコミだってできる12歳なのだ。



 昨日はラベンダー水や美容液の生産量を増やすために打ち合わせを行い、カリフィールド侯爵のご好意によりローベの公館の幾つかの部屋を借りること、その契約の対応を含め、新たに「やどり木亭」のオリジナル商品の販売に特化した商会を立ち上げることなどが決まった。

 …ちなみに、商会の名前が「マリー商会」に決まったことについては、すでにマリーは記憶の遥か彼方に追いやった。多くの人が“現実逃避”と呼ぶそれである。


 その後、マリーは薬草園で「えいっ!」と金色にきらきら輝くいつもの水やりをしながら、「収穫量が増えればいいな」と思いつつ、せっかくなら色々植え替えたり、増やしたり…とあれこれ薬草園の拡大・改善計画を考えた。

が、すでに時間も夕暮れ時に差し掛かっていたため、オリバー支配人とジェニーには「早速明日から薬草園の拡大計画実行します!」と伝え、工房からお手伝いの人を出してもらうための勤務の調整を依頼したりしたのだった。

 そして、翌朝の今、マリーは薬草園へ、毎朝の日課である水やりにやってきたところである。



「一晩寝たら! 朝起きたら! 薬草園が昨日までと全然違うって、どういうこと〜〜〜〜?!?!」


 今、マリーの目の前に広がっている薬草園は、控えめに見ても、昨日マリーが頭の中で「こんな感じになったらいいな〜!」と、あれやこれやと思い描いていた通りの薬草園のように見えている。

 そう、“あれやこれや”と、思い描いていたのだ。色々と。

 そして、昨日までとは遠目で見ても様変わりしたことがわかる薬草園の様子に、しばしの間ぽかんと、ぽかんと…呆然とした後、我に返ったところである。


「これはあれかな? 鳥さんが種を落として、自然に芽が生えちゃったやつかな〜〜?」


 薬草園の一角には、遠目に見ても、赤や黄色、オレンジ色の果実が実っている木があるように見える。


「いやいや! そんな訳ないでしょ! わかってるよ! アレでしょ? “薬草の聖地”の特別仕様のアレでしょ?! いつもの“パワスポ効果”のバージョンアップでしょ?!」


いつだったか、何度目だったか、『もう驚かない!』と宣言したのは。

しかし、今回もしっかり驚いてしまったマリーだった。

でも、それも仕方がないだろう。目の前の薬草園には、植えた記憶のない立派な樹木が並んでいるのだから。それもたわわに果実を実らせて。


 りんごっぽい赤い実のなる木。

 オレンジっぽい丸い果実や黄色の丸い果実、レモンのような形の黄色の果実がなっている木。

 巨峰のような紫色の房と、マスカットのような緑色の房がなっている木。

 桃のようなピンク色の果実がなっている木。

 すでに剥かれた栗の実のような果実がなっている木。

 見たこともない茶色の実がなっている木。


それらが数本ずつ、いい感じで生えている様子はもはや果樹園のようだ。

これは、「鳥が種を落としたのかな?」と思える範囲を完全に超えている。だって、昨日は何もなかったところに、一晩でこうなっているのだから。


 マリーは頭をぷるぷると左右に振りながら、これまでの“薬草の聖地”の特別仕様による“パワスポ効果”を一ずつ思い返してみた。


「『えいっ!』だけでできちゃう金色のきらきら水やりでしょ? 植えた翌日には薬草が収穫できちゃうでしょ? 収穫しても翌日にはまたしっかり収穫できるでしょ? 薬草の効能がめちゃめちゃ高いでしょ? 治癒魔法とコラボで治癒力が上がったでしょ? 薬草の“鑑定”機能ができたでしょ? で、今回は薬草園の改造に拡大…。うん。前世だったら絶対ありえないって思うとこだけど、色々思い返してみたら、全然妥当な気がしてきたよ…。 やっぱり魔法がある世界だね! ファンタジーってすごいんだね! 頭で思い描くだけで薬草園の植え替えとか、拡大とかできちゃうんだもん! ほんと、“薬草の聖地”の特別仕様、やっぱりすごすぎだよ…!!」


 −−残念ながらマリーの思い込みは未だに変わらなかった。

 “薬草の聖地”は“聖女の山”とも言われているので特別といえば特別だが、そこに入れる人が限りなく限定されており、そもそもマリーが山に入れること自体が特別であることを、マリーは未だに知らなかった。

 マリーがバージョンアップと呼ぶそれらについても、“薬草の聖地”の“パワスポ効果”などというのはマリーの思い込みであり、正しくは全てマリーの聖女の力によるものだということも、当然ながら知る由も無い。

 だから、薬草園のこの劇的変化が、マリーが毎日聖女の力を薬草に注いでいることやマリーの聖女の祈りの力によって、少しずつ聖女の能力が向上した結果に実現した“マリーの聖女の力”の副産物的なものであることも、当然知らないし、気付けないのである…。


 少し魔法や薬草に詳しい者がこれを聞けば、「特別仕様?そんなものあるはずがないだろう! は? ぱわすぽ効果? なんだそれは?」と即座に否定するところなのだが…知らないということは恐ろしいことなのである。


「えっへん! ちょっとびっくりしたけど、もう驚かないもんね! よーーーし。そうとなれば、早速探検してみましょう!」


 ふふふん♪と、マリーは鼻歌を歌いながら薬草園の中を歩き始めた。

 手前の方には、これまでの倍以上のスペースに広がったラベンダーの畝。そして、その脇の方にはカモミールやバジル、ローズマリーにセージといったおなじみのハーブたちがわさわさ茂っている。

 その向こう側には本数が増えたベリーの木が整然と並ぶ。

 そして、その奥の方が、今回新たに登場した実のなる木のコーナーだ。ベリーの木より少し大きな木が並んでいる。

 歩きながらもマリーは「えいっ!」「えいっ!」と薬草ごとに金色にきらきら輝くいつもの水やりをして回った。


 やがて、果実のコーナーまでやってきたマリーは、果樹の間を歩き始めた。

 一晩でたわわに実をつけた果樹は、りんごっぽい赤い実が成る木や、オレンジっぽい丸い果実や黄色の丸い果実が成っている木。巨峰のような紫色の丸い実とマスカットのような緑色の実がそれぞれ房状に成っている木。すでに剥かれた栗の実のような果実が成っている木。桃のようなピンク色の果実が成っている木。


「ふっふっふっふっ! こういう時の“鑑定”ですよ! コホン! 出でよ! “鑑定”!」


 マリーが果実の一つを手に取り、そう唱えると、目の前に鑑定画面ーーウィンドウに書かれた文字が出てきた。相変わらず、ちょっと薄めの文字で見にくいのは変わらない。


「ふむふむ…りんごっぽいのは“アプロン”っていうんだね。主な栄養や効果については…ほうほう『万病に効く』か。へえ〜! やっぱりりんごみたい!  昔も(前世)『1日1個のりんごは医者いらず』って言ってたよね! 香りもりんごと同じ!」


「オレンジ色の丸い実は“オレジン”で、黄色の丸い実は“グレプー”? 見た感じはそのまんま“オレンジ”と“グレープフルーツ”って感じ。柑橘系の香りもするし! はっ!これは『美肌効果』!むう……嵐の予感……」


 マリーは、ジェニーをはじめとしたお姉さまたちにもみくちゃにされそうな未来を頭に思い浮かべながらも、引き続き、“鑑定”で気になった効能をチェックしていった。


「こっちの巨峰っぽいのは“ホロロン”でマスカットっぽいのは“マスカッティン”? これも巨峰とマスカットみたいなのかな? ふむ…『“ホロロン”は魔力強化』で『“マスカッティン”は身体強化』? わあ〜〜〜! ファンタジーっぽいかも!」


「これって絶対栗でしょ!? イガが剥かれた状態で成ってるとかすごい便利! “マロロン”っていうの? 『腸内環境を整える』って、へえ、そうなんだ!」


「これは“モモリン”ってかわいい名前〜! 桃だよね? でも『回復』って、だいぶざっくりだね?」



 そうやって、マリーがバージョンアップされた薬草園と果樹園を見回り、キラキラの水やりも終えたちょうどその頃、今日の薬草園の植え替え作業の諸々の連絡のためにと、ひと足早くやってきたオリバー支配人とジェニーが、驚きのあまりその場に立ち尽くすのだった。


読んでいただき、ありがとうございます!

誤字脱字報告、ありがとうございます!


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