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我が背子を 我が松原より 見渡せば
天平二年庚午の冬十一月、大宰帥大伴卿の、大納言に任ぜられて、帥を兼ぬるのこと旧の如し。京に上りし時に、傔従等別に海路を取りて京に入りき。ここに羇旅を悲傷して各々心を陳べて作りし歌十首
※天平二年庚午の冬十一月:720年11月。
※大宰帥大伴卿:大伴旅人。
※帥を兼ぬるのこと旧の如し:遥任。大納言でありながら、太宰帥を兼ねていた。(奈良平城京に戻ってはいた)
※傔従等別に海路を取りて:従者たちは、海路にて平城京を目指し、入った。
我が背子を 我が松原より 見渡せば 海人娘子ども 玉藻刈る見ゆ
(巻17-3890)
右の一首は、三野連石守作る。
※三野連石守:伝未詳。旅人傔従の引率者の可能性あり。
私の愛しい人を、私がしきりに待つと言われる松原から見ていると、海人や娘たちが、玉藻を刈っている姿が見える。
船出する港の松原から、いつも通りの、海人や娘たちの作業風景を見る。
これも、海がない、奈良平城京に戻れば、見ることができなくなる。
今までは当たり前の風景が、旅立ちの今になれば、実に貴重な最後の風景になる。




