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第2話 俺が高嶺の花に嘘告することになった日

 昼休み。


俺は自分の席で、片手にサンドイッチ、もう片方にコーヒー牛乳という完璧な布陣を整え、優雅なランチタイムを満喫していた。


これが最近の俺の昼休みルーティンだ。


ここ一か月、昼食のメニューはほとんど変わっていない。


そんな俺の平穏を打ち破るように、一人の男子が前の席へ腰を下ろした。


「おっす〜、プリンス」


「おい。誰がプリンスだ」


明るい茶髪に、耳元で光るピアス。


見た目だけなら、軽薄なチャラ男そのもの。


しかし実際は、面倒見がよく、誰とでも分け隔てなく接する世話焼き男――宇崎辰己《うざき・たつみ》だ。


「俺も一緒に昼飯食っていいか?」


「駄目だ」


「冷てぇな〜」


俺の返事など最初から聞く気がなかったらしく、宇崎は当然のように弁当を広げ始めた。


「ところで悠介ってさ、マヨネーズ嫌いなのにサンドイッチ食うの、致命的じゃね?」


「ああ。だからマヨネーズは抜いてる」


俺は食べかけのサンドイッチを宇崎へ向け、その断面を見せつけた。


「ほら。マヨネーズ抜きのポテトサラダだ」


「……それ、本当にポテトサラダなの?」


「俺がポテトサラダだと思ったら、それはポテトサラダなんだよ」


「哲学か何か?」


「つーか、潰したポテトに塩で味つけしてるんだから、どう見てもポテトサラダだろ」


「罰ゲームか何か?」


「人の昼飯を罰ゲーム呼ばわりするな」


失礼なやつだ。


マヨネーズなどなくても、ジャガイモ本来の味を楽しめる。


むしろこちらのほうが、素材への敬意にあふれた高尚な料理なのだ。


たぶん。


「ほら、大好物のカツサンドもあるぞ。もちろんマヨ抜きだ」


俺は別の包みを開き、カツサンドを取り出した。


肉厚のトンカツに、千切りキャベツと濃厚なソース。


これにコーヒー牛乳を合わせれば、完璧な昼食の完成である。


そのときだった。


教室の一角から、女子たちの黄色い声が聞こえてくる。


「ほら、姫ちゃん! 行きなさいよ!」


「昨日、遅くまで手伝ってあげたんだから! 今さら逃げちゃ駄目だからね?」


「で、でも……やっぱり私……」


聞き覚えのある声に、嫌な予感がした。


(……ああ。また懲りずに、俺へ嫌がらせしに来やがったな)


姫城菜乃花だ。


彼女は女友達に背中を押されながら、俺たちのほうへ近づいてくる。


そして最後に勢いよく突き飛ばされ――。


「きゃっ!」


俺の目の前で、ぺたんと尻餅をついた。


「いたた……」


「お、おい。大丈夫か?」


思わず声をかけると、姫城が顔を上げた。


俺と目が合った途端、その頬が一気に赤く染まる。


「な、何見てんのよ! 勝手に視界に入れないでくれる!?」


「勝手に入ってきたのはそっちだろ!?」


どんな言いがかりだ。


俺には視界へ映るものを選別する特殊能力などない。


姫城は慌てて立ち上がると、制服についた埃を払いながら俺の前に立った。


「…………」


そして、俺が手にしているカツサンドをじっと見つめる。


なんだ?


今度は俺の昼飯にまで文句をつけるつもりか?


「ふーん。あんた、サンドイッチが好きなんだ?」


「だったら何だよ」


「別に。どうでもいいけど」


姫城は興味がなさそうに髪をかき上げた。


そのわりには、なぜか口元がわずかに緩んでいる。


「奇遇ね。私も今日、うっかりサンドイッチを作りすぎちゃったの」


「サンドイッチをうっかり作りすぎるって、どんな状況だよ」


「う、うるさいわね! 作りすぎたものは仕方ないでしょ!」


姫城が机の上へ置いたのは、体育祭の日に家族全員で囲むような巨大なバスケットだった。


蓋が開かれる。


「……おお」


思わず声が漏れた。


その中へ隙間なく敷き詰められていたのは――。


大量のカツサンドだった。


肉厚のトンカツ。


鮮やかな千切りキャベツ。


パンの端から覗く、食欲をそそる濃厚なソース。


切り口も美しく、店の商品だと言われても疑わないほど完璧な出来栄えだ。


しかも、どこを見てもカツサンド。


右を見てもカツサンド。


左を見てもカツサンド。


俺の大好物だけで構成された、夢のようなバスケットだった。


(これを、うっかり……?)


どうやったら、これほど大量のカツサンドを偶然作ってしまうのだろう。


(しかも、全部俺の大好物って……)


姫城は胸元で指を絡ませながら、何度も俺の顔を盗み見る。


「そ、その……」


「なんだよ」


「よかったら……食べる?」


その瞬間。


姫城の後ろで見守っていた女子たちが、


「きゃあああっ!」


と、教室中へ響き渡るほどの悲鳴を上げた。


「ちょ、ちょっと! あんたたち、うるさい!」


姫城が真っ赤な顔で振り返る。


女子たちは口元を押さえながら、興奮した様子でぴょんぴょん跳ねていた。


(……何をそんなに騒いでるんだ?)


俺は目の前の巨大なバスケットへ視線を戻す。


嫌いな俺に、わざわざ大好物のカツサンドを差し入れる。


その理由が、どうしても分からない。


姫城の潤んだ瞳が、不安そうに俺を見つめている。


顔は真っ赤。


後ろの女子たちも、息を呑んで俺の反応を待っていた。


(あれ……? もしかして姫城って、俺のこと――)


――好きなんじゃないか。


とでも思うとでも?


残念だったな。


俺はそこまで愚かではない。


こいつの魂胆など、とっくに見抜いている。


ここ一か月、俺は毎日のようにマヨネーズ抜きのサンドイッチを食べている。


姫城も、それをどこかで見ていたのだろう。


つまり、あいつは俺がマヨネーズを食べられないと知ったうえで、わざわざ大量のカツサンドを作ってきたのだ。


(食べられない俺に、大好物のカツサンドを見せつけて自慢するつもりだな?)


なんて陰湿な女だ。


危うく騙されるところだった。


ここは無視するのが正解だろう。


俺が顔をそむけようとした、そのとき。


「姫城さん。俺も一つもらっていい?」


隣から宇崎が尋ねた。


姫城の表情から、一瞬ですべての感情が消えた。


「…………別にいいですけど」


「え、急に敬語? 怖っ。俺、何かした?」


冷たすぎるだろ。


さっき俺へ話しかけていたときとは、まるで別人だ。


こいつ、どれだけ落差があるんだよ。


(まさか……人に嫌がらせするときだけ興奮するタイプなのか?)


嫌いな相手へ嫌がらせすることに喜びを感じる。


だとしたら、姫城菜乃花という女は――。


「……変態ビッチめ」


考えていたことが、うっかり口から漏れた。


口にした直後、自分でも疑問に思う。


変態はともかく、ビッチはどこから出てきた?


勢いだ。


たぶん、語感がよかったのだ。


「はぁ!?」


姫城がものすごい勢いでこちらを振り返る。


「今、私のこと変態って言った!?」


「いや、言ってない」


「ビッチとも言ったわよね!?」


「聞き間違いじゃないか?」


「二つとも、はっきり聞こえたわよ! 今すぐ訂正しなさい!」


「断る」


「何でよ!」


姫城がバンッと机を叩く。


その衝撃で、バスケットの中のカツサンドが小さく跳ねた。


「私はね! ずっと前から、心に決めた大好きな人がいるの! だから変態でもビッチでもない!」


「は?」


教室中へ響き渡った突然の宣言に、俺だけでなく周囲の生徒たちまで動きを止めた。


「何だよ、急に! 声がでかい!」


「今まで男の子と付き合ったことだって、一度もないし!」


「だから何の話だよ!?」


「その人に変な勘違いをされたくないから、こうして大きな声で否定してるの!」


そう叫びながら、姫城はなぜか俺の顔を真っすぐ指差していた。


「……なんで俺を指差すんだ?」


「知らない! バカ!」


「逆ギレかよ!」


「もう知らない!」


姫城は「ふんっ!」と顔をそむけると、大股で自分の席へ戻っていった。


あとには、巨大なバスケットだけが取り残される。


女子たちは慌てて姫城のあとを追いながら、こちらを振り返っては呆れたような顔をしていた。


(……何なんだ、あの女は)


突然、好きな男がいると宣言したかと思えば、俺を指差して怒鳴って帰っていった。


情緒が不安定にもほどがある。


(それにしても……あいつ、好きな男がいるんだな)


学園一の高嶺の花が恋する相手。


いったい、どんな男なのだろう。


相手も姫城の性格を知れば、百年の恋も一瞬で冷めそうなものだが。


「だが、いいことを聞いた」


俺は腕を組み、姫城のいる方向を眺める。


「あいつ、その男に相当ご執心みたいだな」


「それで?」


「その男と仲良くなって、姫城の本性を全部教えてやる」


「最低だな、お前。主人公としての好感度が地に落ちたぞ」


宇崎は呆れたように笑った。


それから、机の上に残されたバスケットへ視線を落とす。


「なあ、悠介」


「なんだよ」


「一つ、賭けをしないか?」


「賭け?」


「ああ。俺が負けたら、お前の言うことを何でも一つ聞いてやる」


宇崎がニヤリと笑う。


「その代わり、俺が勝ったら――お前には罰ゲームを受けてもらう」


「面白ぇ。受けて立つ」


何でも言うことを聞かせられるのなら、悪い話ではない。


昼休みのパシリ一か月分でも命じてやろう。


「それで、勝負の内容は?」


「このカツサンドに、マヨネーズが入っているかどうか」


「……は?」


宇崎はバスケットの中から、カツサンドを一つ取り出した。


「俺は『入っていない』に賭ける」


「いやいやいや! どう考えてもそっちが不利だろ!」


目の前にあるのは、あの姫城菜乃花が作った完璧なカツサンド。


俺への嫌がらせのために作ったカツサンドだ。

マヨネーズを抜くなんて、あの女がするはずがない


「いいのか? 本当に『入っていない』で」


「ああ」


「後悔するぞ?」


「悠介は?」


俺は自信満々に、カツサンドを指差した。


「マヨネーズがべっとり入っているほうに、日本の国家予算を賭けてもいい」


「勝手に国を賭けに巻き込むなよ」


(宇崎も馬鹿なやつだ)


姫城は、俺がマヨネーズ嫌いだと知ったうえでカツサンドを見せつけてきた。


俺への嫌がらせなのだから、マヨネーズが大量に入っているに決まっている。


俺の勝利は確実だ。


「それじゃあ、確かめてみるか」


「おう。食べてみろよ」


「いや、食べるのは悠介な」


「は?」


「ほら」


宇崎はカツサンドをつかむと、いきなり俺の口へ押し込んできた。


「むぐっ!? おい、宇崎! ふざけ――」


反射的に噛んでしまう。


ふわりとしたパン。


サクッと香ばしい衣。


噛んだ瞬間にあふれ出す肉汁と、少し甘めの濃厚なソース。


そして、俺の大嫌いなマヨネーズの酸味は――。


「……あれ?」


どこにもなかった。


「マヨネーズ……入ってない」


「やっぱりな」


宇崎は、すべて分かっていたかのように笑った。


「はい、俺の勝ち」


「ちょ、ちょっと待て! なんで分かったんだよ!?」


「さあな」


宇崎は答えず、自分の指についたパンくずを払う。


そして、教室の向こう側にいる姫城へ一瞬だけ目を向けた。


姫城は友達に囲まれながらも、心配そうにこちらの様子を窺っていた。


俺がカツサンドを飲み込んだのを確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。


だが俺と目が合った瞬間、慌ててぷいっと顔をそむけてしまった。


(何なんだ、あいつ……)


「それじゃ、約束どおり罰ゲームな」


宇崎が楽しそうに告げる。


「分かったよ。何をすればいいんだ?」


「簡単なことだ」


宇崎は姫城を指差しながら、満面の笑みを浮かべた。


「今日中に、姫城に告白してこい」


「…………は?」


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


「いやいやいや! 何でそうなるんだよ!?」


俺の叫び声が、教室中へ響き渡る。


その声を聞いた姫城が、怪訝そうな顔でこちらを振り返った。


このときの俺は、まだ気づいていなかった。


宇崎が、なぜ罰ゲームの相手に姫城を選んだのか。


俺の大好物だけが詰め込まれたバスケットに、なぜマヨネーズ抜きのカツサンドが並んでいたのか。


そして――。


俺から告白された姫城菜乃花が、いったいどんな反応をすることになるのかも。

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