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第11話 似顔絵勝負をしたら、彼女の愛が重すぎた

 朝のホームルームを終え、俺たちは美術室へ移動した。


 全員が席についたところで、美術教師の高峰恭子先生が教壇に立つ。


「今日の授業では、前々から言っていたように、男女で二人一組になって、お互いの似顔絵を描いてもらいます。組み合わせは自由です」


 その言葉を合図に、生徒たちが一斉に立ち上がった。


 仲のいい相手へ声をかける者。


 照れくさそうに異性を誘う者。


 静かだった美術室が、たちまち騒がしくなっていく。


(男女でペア、か……)


 ふと、以前菜乃花が口にした言葉を思い出した。


『私には、勘違いされたくない人がいるの』


 そういえば、菜乃花の好きな男って誰なんだろう。


 自由に相手を選べるなら、菜乃花が誘う男こそ、その相手である可能性が高い。


 俺は美術室の中に、菜乃花の姿を探した。


「…………」


 すぐに見つかった。


 菜乃花は誰にも声をかけず、少し離れた場所から、じっと俺を見つめていた。


(なんで、こっちを見てるんだ?)


 俺をメロメロにしてゴミのように捨てたあとは、本当に好きな男とハッピーエンドを迎えるつもりなのだろう。


 まあ、俺には関係ない。


 菜乃花が誰と組もうが、どうでも――。


「悠介、どうしたの?」


「うわっ!?」


 突然、横から声をかけられた。


 振り返ると、佐藤瞳が不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる。


「なんだ、瞳か……」


「なんだとは何よ。さっきから、すごく険しい顔してたけど?なんか嫌な事でもあった?」


「別に、何もないぞ?」


「ふーん?」


 瞳は疑わしそうに俺を見つめたあと、周囲を見回した。


「まあ、いいや。悠介、まだ相手決まってないよね? よかったら私と組まない?」


「ああ。それは助か――」


 返事をしようとした、その瞬間。


 ふわり。


 俺と瞳の間を、鮮やかなピンク色の髪が横切った。


「……だ、駄目よ」


「え?」


 菜乃花が顔を真っ赤にしながら、俺たちの間へ割り込んでいた。


「菜乃花?」


「姫城さん?」


 瞳がきょとんと目を丸くする。


 それも当然だ。


 瞳から見れば、俺と菜乃花は顔を合わせるたびに言い争っている犬猿の仲だ。


 そんな菜乃花が、わざわざ俺と瞳がペアになるのを邪魔する理由などない。


 瞳はしばらく菜乃花の顔を見つめた。


 それから何かを察したように、はっと目を見開く。


「あっ、もしかして……!」


「ち、違う!そんなんじゃないから!」


「姫城さん、ごめんね。私、全然気づかなかった」


「だから、何もないってば!」


「うんうん。分かった。私、別の男の子と組むね」


「ちがっ――!」


 菜乃花は慌てて瞳の腕をつかもうとしたが、その手は空を切った。


 このままでは妙な誤解をされると思ったのか、菜乃花は苦し紛れに俺を指差す。


「わ、私はただ! この豚が私の大切な友達に迷惑をかけないように……」


「誰が豚だ!?」


「それに、どうせ八王子は最後まで余るでしょ? 余りものを有効活用するなんて、今どき普通よ。私、SDGsを大切にしてるから!」


「人を廃棄物みたいに扱うな! あと、俺が余る前提で話を進めるな!」


「そう言う事にしといてあげる!」


 瞳は楽しそうに笑いながら、俺たちから離れていった。


 そして近くにいた宇崎へ声をかけ、そのままペアを組んでいる。


 なぜか二人は、早くも楽しそうに盛り上がっていた。


「…………」


 菜乃花は顔を真っ赤にしたまま、俺を睨みつける。


「な、何よ」


「いや。お前、本当に俺と組むのか?」


「仕方なくよ! 感謝しなさい。私がペアになってあげるんだから!」


「俺、瞳と組めそうだったんだけど」


「それは駄目!」


「なんでだよ」


「駄目なものは駄目なの!」


 菜乃花は俺の制服の袖をつかむと、美術室の奥へ向かって歩き始めた。


「ほら、早く来なさい!」


「引っ張るなって!」


「私を可愛く描かなかったら、許さないんだから!」


 連れてこられたのは、美術室の隅だった。


 大きなキャンバスや石膏像がいくつも並び、他の生徒たちからはほとんど見えない。


(わざわざ、こんな場所を選ばなくても……)


 俺たちが完全に死角へ入った、その瞬間。


 菜乃花が、ぱっと俺の袖から手を離した。


「えへへ♡ 悠介♡ 二人きりだね」


「切り替わるの早っ!」


 先ほどまでの刺々しい態度は、どこへ消えたのだろう。


 頬を緩ませた菜乃花は、完全にイチャイチャモードへ切り替わっていた。


「これなら授業中、ず〜っと悠介の顔を見ていられるね♡」


「余りもので悪かったな」


「悠介は余りものなんかじゃないよ?」


「本当に同一人物か?」


 菜乃花は即座に否定すると、俺の制服の袖をきゅっとつまんだ。


「悠介は、私の大切な彼氏だもん♡」


「お前、さっき俺を豚扱いしてたよな?」


「あれは、みんなの前だから!」


「SDGsはどうした?」


「悠介は捨てたりしないよ。ずっと、ず〜っと私と一緒にいるの♡」


 菜乃花は楽しそうに笑いながら、一歩だけ俺との距離を縮めた。


 近い。


 そのまま顔を上げ、甘えるような目で俺を見つめてくる。


「ねぇ、悠介」


「……なんだよ」


「似顔絵を描く前に、キスしよ?」


「はぁ!?」


 思わず大声が出そうになり、慌てて口元を押さえた。


「みんな、すぐ近くにいるんだぞ!? 駄目に決まってるだろ!」


「石膏像に隠れてるから、見えないよ?」


「見えるかどうかの問題じゃない! それに、今日はイチャイチャ禁止って言ったばかりだろ!」


「むぅ……」


 菜乃花は不満そうに頬を膨らませる。


 それでも今度は素直に一歩下がると、向かいの椅子へ腰を下ろした。


「じゃあさ、悠介。勝負しない?」


「勝負?」


 菜乃花はスケッチブックを胸元へ抱きながら、楽しそうに笑った。


「どっちが上手に、お互いの似顔絵を描けるか勝負するの」


「どうやって勝敗を決めるんだよ」


「最後に先生へ見せて、上手なほうを選んでもらう!」


「なるほど。それで?」


「私のほうが上手だったら、美術の授業が終わったあとの休み時間、最初から最後までず〜っと私とイチャイチャすること♡」


「またそれかよ!」


 朝から何度目のイチャイチャだ。


 というより今日は、イチャイチャ禁止の日だったはずだろ。


「それじゃ、俺が勝ったら?」


「…………」


 菜乃花はしばらく考え込み、渋々といった様子で口を開いた。


「次の休み時間だけ、イチャイチャを我慢する」


「おい! 俺にあまりにも得がないぞ!」


 菜乃花は不満そうに頬を膨らませた。


 とはいえ、俺が勝てば、少なくとも次の休み時間は平穏に過ごせるらしい。


「……まあ、分かった。勝負しよう」


「えへへ♡ 絶対に負けないからね」


「ずいぶん自信満々だな」


「私、悠介を描くことだけは、誰にも負けない自信があるの」


「なんで俺限定なんだよ」


「えへへ。内緒♡」


 菜乃花は含みのある笑みを浮かべると、鉛筆を握った。


 俺たちはスケッチブックへ向かい、黙々と手を動かし始める。


 俺は絵が特別上手いわけではない。


 それでも勝てば、次の休み時間だけは菜乃花の誘惑から逃れられる。


 そのため、目の前に座る菜乃花の顔を真剣に観察した。


 大きな瞳。


 すっと通った鼻筋。


 柔らかそうな頬。


 光を受けて艶やかに輝く、ピンク色の髪。


(……こうして改めて見ると、本当に整った顔してるよな)


 学園一の高嶺の花と呼ばれているのも納得できる。


 俺は視線をスケッチブックへ戻し、慎重に鉛筆を走らせた。


 その一方で――。


 菜乃花は、先ほどから異様な速さで手を動かしている。


 さらさらと鉛筆を走らせては、すぐに次のページをめくる。


 また何かを書いては、次のページへ。


(……似顔絵に何ページ使う気だ?)


 しかも、鉛筆の動かし方が人物を描いているようには見えない。


 曲線ではなく、カクカクと短い線を重ねている。


 まるで絵ではなく、文字を書いているような――。


「なあ、菜乃花」


「なぁに?」


「さっきから、なんでそんなに嬉しそうなんだ?」


 菜乃花は手を止めると、きょとんとした顔をした。


 そして、当たり前のことのように笑う。


「だって今、悠介が私だけを見てくれてるんだよ?」


「…………」


「こんなに長い時間、ずっと私の顔だけを見てもらえるなんて、嬉しいに決まってるじゃん♡」


 胸の奥が、くすぐったくなる。


 純粋に喜んでいる菜乃花を見ていると、俺まで嬉しくなってしまいそうだった。


(……騙されるな)


 これは菜乃花が、俺をメロメロにするための演技だ。


 こんな言葉で喜んでいたら、相手の思うつぼじゃないか。


「そんなに余裕そうでいいのか? 俺、かなり真剣に描いてるぞ」


「私だって真剣だよ?」


 そう言いながら、菜乃花は再び猛烈な勢いで何かを書き始める。


 書いてはめくる。


 書いてはめくる。


 すでに十ページ近く使っているように見えた。


「……お前、本当に何を書いてるんだ?」


「気になる?」


「ああ。少しだけ」


「仕方ないなぁ」


 菜乃花は頬を赤らめると、スケッチブックを俺へ差し出した。


「恥ずかしいけど……悠介になら見せてあげる♡」


 俺は菜乃花からスケッチブックを受け取り、最初のページを開いた。


 そこに似顔絵はなかった。


 代わりに、丸みを帯びたピンク色の文字が、大きく書かれていた。


『悠介の、かっこいいところが好き』


「…………は?」


 思わず次のページをめくる。


『何だかんだ言いながら、私に構ってくれるところが好き』


 さらに次のページ。


『困っている人を放っておけない、優しいところが好き』


 その次には――。


『私が小学校へ転校してきた日、最初に話しかけてくれた悠介が大好き』


「……覚えてたのか」


 小学生の頃。


 転校してきたばかりの菜乃花は、教室の隅で一人きりだった。


 誰も話しかけようとしないなか、俺は何となく声をかけたのだ。


「忘れるわけないよ」


 菜乃花は照れくさそうに笑う。


「あの日からずっと、悠介は私にとって特別だもん」


「…………」


 胸が大きく跳ねた。


 俺は動揺を隠すように、慌てて次のページをめくる。


『高校を卒業しても一緒にいる』


『大人になったら、悠介と結婚する』


『毎朝、悠介を起こしてあげる』


『毎晩、一緒にご飯を食べる』


 ページをめくるたび、菜乃花の思い描く未来が続いていく。


 そこには俺の好きなところだけでなく、二人で暮らす家や、結婚式の予定まで細かく書き込まれていた。


「……なんだ、これ」


「私と悠介の将来設計♡」


「似顔絵を描け!」


 さらにページをめくる。


『子どもは何人がいいかな?』


 その下には、俺と菜乃花らしき二人と、その間で手をつなぐ子どもたちの絵が描かれていた。


「ようやく絵が出てきたと思ったら、似顔絵ですらないじゃないか!」


「ねぇ、悠介」


 菜乃花が期待に満ちた目で、俺を見つめてくる。


「悠介は、子ども何人欲しい?」


「なんで美術の授業中に人生設計の相談をしてるんだよ」


「私はね、悠介との子どもなら、いっぱいいっぱい欲しい♡」


「…………」


 菜乃花は、何の迷いもない笑顔を浮かべていた。


 そんな未来が本当に訪れると、心の底から信じているような顔だった。


 たとえ、これが演技だとしても。


 たとえ全部、俺を騙すための言葉だとしても。


 菜乃花が俺との未来を描いてくれたことが、素直に嬉しかった。


「……俺は二人かな」


「ほんと!?」


 菜乃花の顔が、ぱっと明るくなる。


「男の子と女の子、一人ずつ?」


「まあ、そうだな。兄妹なら楽しそうだし」


「えへへ♡ じゃあ、名前も一緒に考えようね」


「何を真面目に話し合ってるんだ、俺たちは……」


 いつの間にか、完全に菜乃花のペースへ乗せられていた。


 俺は気恥ずかしさを誤魔化すように、スケッチブックを閉じる。


「でもまあ……その頃まで付き合ってるとは限らないけどな」


「…………え?」


「途中で別れるかもしれないだろ?」


 少しだけ、からかうように笑ってみせる。


 どうせ最後には、お前が俺を捨てる。


 そう分かっているぞ、という俺なりの牽制だった。


 ところが――。


「やだ!やだ!やだ!」


 菜乃花は勢いよく立ち上がった。


「お、おい。声が大きいぞ」


「やだやだ! 絶対別れないもん!」


 菜乃花は机越しに身を乗り出し、俺の制服の袖を強くつかんだ。


「絶対、絶対に別れないんだから!」


「菜乃花……?」


「悠介と結婚するの! ずっと一緒にいるの! おじいちゃんとおばあちゃんになっても、毎日ぎゅーってするんだから!」


「いや、そこまで全力で否定しなくても――」


「別れるなんて言わないで!」


 菜乃花の瞳が、わずかに潤んでいた。


 冗談を言われて怒っているようには見えない。


 本当に俺と別れる未来を想像して、傷ついているように見えた。


「……悪かった。冗談だよ」


「本当に?」


「ああ」


「じゃあ、ずっと一緒にいてくれる?」


「それは……」


 即答できずにいる俺の袖を、菜乃花がさらに強く握る。


「悠介」


 まっすぐ俺を見つめながら、菜乃花は告げた。


「私は絶対、悠介のことを捨てたりしないから」


「…………」


 一瞬だけ。


 その言葉を、信じてもいいような気がした。


 けれど俺はすぐに、胸の奥へ芽生えた期待を押し殺す。


(……また惑わされるところだった)


 これは演技だ。


 俺をメロメロにするために、菜乃花が用意した言葉に決まっている。


 その瞬間――。


 キーンコーンカーンコーン。


 授業終了を告げるチャイムが、美術室に鳴り響いた。


「……あっ」


 俺は自分のスケッチブックへ目を落とす。


 菜乃花との話に夢中になっていたせいで、似顔絵はまだ半分ほどしか完成していなかった。


「やばい! 話してる間に、全然描けなかった!」


「…………」


 菜乃花のスケッチブックにも、俺の似顔絵は一枚もない。


 書かれているのは、俺の好きなところと、二人の将来設計ばかりだ。


「お前も似顔絵を描いてないし……これじゃ勝負は引き分けだな」


 引き分けになる可能性など、まったく考えていなかった。


 だが、引き分けなら、次の休み時間にイチャイチャする約束も無効になるはずだ。


(よし。これなら次の休み時間は平穏に――)


「引き分けじゃないよ?」


「……何?」


 菜乃花は意味ありげに笑うと、自分の鞄を引き寄せた。


 そして中から、一冊のクリアファイルを取り出す。


「それ、なんだ?」


「内緒♡」


 続々と生徒たちが完成した似顔絵を提出するなか、俺も描きかけの菜乃花を高峰先生へ渡した。


「八王子。まだ途中じゃないか」


「すみません」


 肩を落として戻ろうとした、そのとき。


「先生。勝負の判定をお願いします」


 入れ替わるように、菜乃花が先生の前へ立った。


 そしてクリアファイルから何枚もの紙を取り出し、机の上へ並べていく。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 それどころか、四枚、五枚と続いていく。


「……は?」


 そのすべてに、俺が描かれていた。


 楽しそうに笑っている俺。


 面倒くさそうに頬杖をついている俺。


 眠たそうに欠伸をしている俺。


 真剣な顔で授業を受けている俺。


 そして、誰かに向かって照れくさそうに笑っている俺。


 どの絵も特徴をしっかり捉えている。


 俺自身よりも、俺らしいと思えるほどだった。


「おお、すごいな」


 高峰先生が感心したように、一枚ずつ絵を手に取る。


「姫城は、この一時間で八王子の似顔絵を五枚も描いたのか?」


「五枚!?」


 いつの間に描いたんだ。


 授業中、菜乃花は文字ばかり書いていたはずなのに。


「あれ?」


 高峰先生が、一枚の紙を光へ透かした。


「この紙、今日配ったものと違うな。これも、こっちもだ。描いた時期も違うように見えるが……」


「…………」


 俺はゆっくりと菜乃花へ顔を向けた。


「おい、菜乃花」


「なぁに?」


「これ、いつ描いた?」


「えへへ♡」


「笑って誤魔化すな!」


 菜乃花は五枚の似顔絵を胸元へ抱き寄せると、少し恥ずかしそうに頬を染めた。


「私ね、家にいると悠介に会えなくて寂しいから……昔から、よく悠介の絵を描いてたの」


「昔から……?」


「うん。思い出した悠介の顔を、忘れないように描いてたの」


「というか、なんで昔の絵を学校に持ってきてるんだよ?」


「いつでも悠介の顔を見られるように、毎日持ち歩いてるの♡」


「怖!」


 改めて、五枚の絵を見る。


 紙の古さも、絵柄も、少しずつ違っていた。


 最近描かれたようなものもあれば、何年も前のものに見える絵もある。


 菜乃花は本当に、昔から俺のことを描き続けていたらしい。


「だから言ったでしょ?」


 菜乃花は一枚の絵から顔を覗かせ、嬉しそうに微笑んだ。


「私、悠介を描くことだけは、誰にも負けない自信があるって♡」


 そういう意味だったのか。


 一瞬、胸の奥が大きく揺れた。


 しかし――。


「いやいやいや! それは反則だろ!」


「どうして?」


「今日の授業中に描いた絵で勝負する流れだっただろ!」


「そんなルール、決めてないよ?」


「普通は言わなくても分かるんだよ!」


「私が言ったのは、『どちらがお互いを上手に描けるか勝負しよう』だけだもん」


「汚い! 後出しで抜け道を使いやがった!」


 俺たちの言い争いを聞きながら、高峰先生は五枚の絵を見比べた。


「まあ、これは今日の課題としては受け取れないな」


「ほら見ろ!」


「だが、どちらが相手を上手に描けているかと聞かれたら……姫城の圧勝だ」


「先生!?」


「当然だろ。八王子の絵は、まだ半分も完成していないからな」


「それはそうですけど!」


「姫城も勝負とは別に、今日の課題はきちんと仕上げて提出しろよ」


「は〜い」


 菜乃花は素直に返事をすると、俺へ向き直った。


 そのまま俺たちは、先ほどまでいた美術室の隅へ戻った。


 石膏像と大きなキャンバスに囲まれた、周囲からはほとんど見えない場所だ。


 二人きりになった途端、菜乃花が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「私の勝ち♡」


 そして、もう逃がさないとばかりに俺の手を握った。


「約束どおり、次の休み時間は最初から最後まで、ず〜っと私とイチャイチャしてもらいます♡」


「待て! 過去の作品を持ち込むのは反則だろ!」


「でも、先生も私の勝ちって言ったもん♡」


 菜乃花は俺の腕へぎゅっと抱きつくと、逃がさないように頬をすり寄せてきた。


「それじゃあ悠介、休み時間が終わるまで、いっぱいいっぱい充電させてね♡」


 こうして――。


 俺の「イチャイチャしない日」、第二ラウンドも、菜乃花の用意周到な反則によって敗北に終わった。

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