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【完結】獅子の隣で羽ばたく小鳥〜不器用な猛将は、傷ついた令嬢を離さない〜  作者: 桐生 翠月


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4.不器用な拘束

 リベラータが書架の綻びを指摘してから、数日が経過した。

 その間、邸内の空気は目に見えて張り詰めたものに変わっていた。配置される護衛の数が増え、王宮から派遣されていた事務官たちの姿も消えた。

 

 グレイグとは、あの日以来顔を合わせていない。日付が変わってから戻り、日の出とともに出立する彼の背中さえ見ることができず、リベラータは「やはり余計なことを言ったのかもしれない」という不安を募らせていた。

 

 そんな折、自室で読書をしていたリベラータの元を、ケネスが訪れた。

 

「奥様。グレイグ様より伝言がございます。――『今日から日中の時間は、私の執務室の隣にある資料庫で過ごせ。必要な本があれば、ナタリーに命じて図書室から運ばせろ』とのことです」

 

「……え? 執務室の、お隣? 資料庫……?」

 

 リベラータは、その深い緑色の瞳を揺らし、目を丸くした。執務室の隣といえば、邸の中でも最もグレイグの気配が濃く、そして厳重に警備されている区画だ。

 

「さらに……『一歩も外へは出るな。庭の散策も、私が許可するまでは禁ずる』とも仰せでした。本日からナタリーに加え、私の部下も数名、資料庫の前に控えさせていただきます」

 

 それは配慮というより、まるで軟禁に近い命令だった。

 リベラータの胸を、冷たい不安が吹き抜けていく。やはり、あの日の進言は出過ぎた真似だったに違いない。彼は私のことを、静かにしていられない厄介な女と見なし、監視下に置くことに決めたのではないだろうか。

 

 ナタリーに肩を貸され、重い足取りで向かった指定の資料庫は、窓の少ない、重厚な石壁に囲まれた場所だった。

 壁一面を埋め尽くすのは、物語を紡ぐ本ではなく、ヴェリタスの歴史と軍務を記録した膨大な書類の束。部屋の扉の外には軍の護衛兵が立ち、窓の外には常に鋭い視線が配られている。

 

(……私は、嫌われてしまったのかしら。それとも、やはり大人しくしているべきだったの?)

 

 不安に押しつぶされそうになりながら、ナタリーに運ばせ使い古した本を手に取っても、内容は全く頭に入ってこない。

 そんな時間が三日ほど続いた夕刻のことだ。

 

 珍しく、まだ夕闇が深い青に染まった頃に、執務室とを繋ぐ扉が勢いよく開いた。軍服を纏ったままのグレイグが、迷いのない足取りで入ってくる。

 

「……いたか」

 

 リベラータは反射的に立ち上がろうとしたが、焦りから手元の杖を倒してしまった。床に響く高い音。彼女が青ざめて杖を拾おうとした時、視界に、磨き上げられた黒い軍靴が映った。

 

 グレイグが、無造作に屈んで杖を拾い上げ、彼女の手に握らせた。

 大きな、熱を帯びた手が、一瞬だけリベラータの細い指に触れる。

 

「あ……ありがとうございます、グレイグ様」

 

「狭い場所へ押し込めて……退屈させたか」

 

 グレイグの低い声が、至近距離で響いた。命じた通り、数日間、窓の少ないこの閉ざされた空間で彼女が静かに過ごしていたことを確かめるような響きだった。

 

「いいえ……。でも、なぜ私がここへ? 庭に出ることも許されないなんて、私は何か、お怒りに触れるようなことをしてしまったのでしょうか」

 

 リベラータが消え入りそうな声で問うと、グレイグは僅かに不快そうに目を細めた。彼は無言で部屋の窓を閉め、厚手のカーテンを引いた。

 

「数日かけて、軍の魔導解析班にあの日君が出した書類を精査させた。……結果、特定の魔術師による工作痕が判明した。——内部の人間でなければ不可能だ」

 

「内部の……。では、やはり」

 

「ああ。そして、あのような綻びに気づく者がこの邸にいると知れば、敵は必ず、その芽を摘みに来る。……君は、あまりにも無防備だ」

 

 グレイグの声は低く冷徹だったが、その瞳には、彼女を射抜くような鋭さと共に、どこか焦燥に近い色が混じっていた。

 

「君をここに置くのは、監視するためではない。……私の目が届く範囲でなければ、守りきれないからだ」

 

 グレイグは、驚きに目を見開くリベラータから視線を逸らし、ぶっきらぼうに付け加えた。

 

「勘違いするな。君が消えれば、犯人を追い詰める手掛かりが失われる……ただ、それだけのことだ」

 

 それは、およそ「愛」とは程遠い、あまりにも不器用な守護の宣言だった。

 けれどリベラータには分かった。彼は彼なりに、自分の命の価値を認めてくれたのだということが。

 

 (守る、と言ってくださったの……?)

 

 銀の野獣が、その鋭い牙を自分に向けるのではなく、自分を囲う檻の一部として、外敵から守るために剥き出している。

 

 二人の距離は、出会ったあの日よりも、ほんの少しだけ、けれど決定的に縮まっていた。

 

 

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