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【完結】獅子の隣で羽ばたく小鳥〜不器用な猛将は、傷ついた令嬢を離さない〜  作者: 桐生 翠月


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12.獅子の咆哮、小鳥の解放

 リベラータが熱にうなされている最中、予告通りレイヴァーグ侯爵邸の門前に、一台の馬車が止まった。

 降りてきたのは、コンティ子爵と異母弟ポールである。彼らは整えられた身なりに()()()()()という仮面を貼り付け、執事のケネスに深々と頭を下げた。

 

「急な訪問、失礼いたします。……我が姉リベラータが、どうにも不届きな振る舞いをしていると聞き及びまして」

 

 ポールが、さも自分は善意の第三者であるかのような顔で口を開く。

 

 応接室に通された彼らを待っていたのは、冷え切った空気と、椅子に深く腰掛けたまま微動だにしないグレイグだった。その瞳は、獲物を値踏みする猛獣のように鋭く光っている。

 

「……随分と殊勝な言い草だな。子爵、リベラータを連れ戻し、借金の担保にするという相談か?」

 

「……! い、いやはや、閣下、それは何かの誤解でございます。ただ、あの子の足の治療には、我が家も並々ならぬ資産を投じて参りまして……。その心労から私も病に伏せ、家計が逼迫しているのは事実。せめてあの子が家に戻り、家政を助けてくれればと願うのは、親として当然の情愛ではございませんか」

 

 子爵はハンカチで目元を拭い、いかにも苦労した父親を演じてみせた。しかし、グレイグは手元の分厚い調査書を、無造作にテーブルへ叩きつけた。

 

「……並々ならぬ資産、だと? 子爵、貴様は私を、そこらの無能な文官と一緒にしているのか」

 

 グレイグの声が、低く、地を這うような怒りを(はら)んだ。

 

「十五年前、リベラータが巻き込まれた馬車事故。……あれは避けられぬ不幸だった。だが、その後の対応はどうだ? 記録によれば、貴様は保険金と見舞金を着服し、彼女に用意された高度な術式治療を一方的に放棄している。……貴様は娘の治療にかかる費用を惜しんで、これ以上金をかけるのは無駄だと、当時の主治医に言い放ったそうだな」

 

 子爵の顔から一瞬で血の気が引き、貼り付けた笑顔が、ひきつったように歪んだ。

 

「あ、あのときは、代々の放蕩(ほうとう)と相次ぐ投資の失敗で、家計が苦しかったのです。リベラータにも、そう説明しておりました! ですから、治療を続けたくても、物理的に不可能で……!」

 

「嘘を吐くな」

 

 グレイグが氷のような声で遮った。

 

「投資の失敗だと? 貴様が投資と称して注ぎ込んだ先は、すべて王都の裏路地にある賭場ではないか。リベラータには『お前の治療費のせいで家が傾いた』と罪悪感を植え付けながら、その実、娘の未来を博打の種銭(たねせん)に変えていた。貴様ら一族全員、彼女の痛みを金に換えて啜っていたわけだ」

 

 横にいたポールが、慌ててグレイグに縋り付こうとする。

 

「閣下、お待ちください!  それはすべて父がやったことで、私は何も知らされていなかったのです! 私はリベラータ姉さんを心配して……」

 

「黙れ。貴様の遊興費、および博打の負けを補填するために、費用の残金が流用されていた記録もここにある。……ポール、貴様も同罪だ」

 

 グレイグの一喝に、ポールは言葉を失い、床にへたり込んだ。

 それでも尚、子爵は言い募った。

 

「し、しかし……! 実際、あの子はあの後、魔力も枯渇しており、回復の見込みなどなかったのです……!」

 

「嘘をつくな。……当時の主治医の証言によれば、あの時、適切な治療を行っていれば、彼女の足は完治していた。魔力だって、健康な体があれば、然るべき教育を受け、貴族の令嬢として遜色ないほどに発現していただろう。貴様が自分たちの遊興費のために治療を打ち切ったせいで、彼女には一生の痛みが残った。……娘の治療よりも、目先の金を選んだ貴様らの強欲が、彼女から自由を奪ったのだ!」

 

 グレイグが静かに立ち上がると、その圧倒的な威圧感に、子爵はたまらず椅子から転げ落ちた。

 

「リベラータを魔力も発揮できぬ傷物として蔑んできたようだが……。本当の不忠者が誰か、陛下に裁いていただく準備はできている。……ケネス」

 

「は。コンティ子爵家による公金横領、および一族への虐待の疑い。憲兵隊、入ってください」

 

 扉が開き、重々しい足音が響く。最後まで「私は関係ない!」と叫ぶポールと、真っ青な顔で立ち尽くす子爵。男たちは一顧だにされず、そのまま連行されていった。

 

 ——

 

 リベラータが目を覚ましたのは、それから数時間後のことだった。

 熱が下がり、霞む視界の中で最初に見えたのは、ベッドの傍らで自分の手を握りしめたまま、祈るように額を押し当てているグレイグの姿だった。

 

「……グレイグ、様……」

 

 弱々しい声に、グレイグが弾かれたように顔を上げた。その瞳には、戦場でも見せたことのないような、剥き出しの安堵と切なさが浮かんでいる。

 

「リベラータ……。気がついたか」

 

「申し訳、ありません……。私、また貴方に……」

 

「謝るな、リベラータ」

 

 グレイグは彼女の言葉を遮り、その細い手をさらに強く、けれど壊れ物を扱うように包み込んだ。

 

「リベラータ、周りはお前のことを『傷物』と言ったが、それは違う。そんなものは傷のうち入らん。お前は、この泥濘(ぬかるみ)のような世界で誰よりも気高く、美しく咲いた花だ」

 

 グレイグは、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、心のすべてを曝け出すように、迷いなく言葉にした。

 

「愛している、リベラータ。……名ばかりの妻として、お前の能力を借りるためだけに側に置いたのではない。私は、お前という人間そのものに、心を奪われたのだ」

 

 グレイグは、彼女の指先にそっと唇を寄せた。

 

「お前の傷も、その不自由な足さえも、私にとっては愛おしい大切な一部だ。……その一歩一歩を支える存在でありたい。一生、離したくない。私の妻として……本当の、最愛の伴侶として、誰よりも誇り高く、ただ穏やかな日々を過ごしてほしい」

 

 リベラータの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

 ずっと自分を縛り付けていた無能という呪いが、そして、愛されてはいけないという心の鎖が、彼の熱い告白によって跡形もなく溶けていく。

 

「……はい。私も、……私も、お慕いしております。グレイグ様……っ」

 

 リベラータが自分から彼の胸に飛び込むと、グレイグは彼女を壊さないように、けれど二度と離さないという強い意志を込めて抱きしめた。

 

 窓の外には、嵐が過ぎ去った後のような、どこまでも澄み渡った青空が広がっていた。

 羽根を折られた小鳥は、今、その傷跡さえも愛おしいと抱きしめる獅子の腕の中で、ついに心からの安らぎを見つけた。

 閉ざされた籠も、行く手を阻む泥濘(ぬかるみ)も、もうどこにもない。

 彼の隣で、どこまでも。リベラータは今、ようやく本当の意味で、自由になったのだ。

 

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