エピローグ
季節が巡り、レイヴァーグ侯爵邸の庭園には、柔らかな春の陽光が降り注いでいた。
かつて置物になる覚悟で、この門をくぐったリベラータは、今、正式な次期侯爵夫人としての初披露目となる夜会を控えていた。
「奥様、あまりに美しくて……溜息が出てしまいます」
ナタリーがうっとりと手を合わせる鏡の中、リベラータは淡い象牙色のドレスに身を包んでいた。かつての質素な装いとは違い、繊細なレースと魔力を帯びた真珠が散りばめられた一着は、彼女の気品をより一層引き立てている。
そして何より、リベラータの足元には、グレイグが名工に作らせ、弟夫妻ライゼルとアーヤの協力で精霊の加護を纏わせた特別な靴があった。
アーヤが編み出した独自の術式を組み込んだその靴は、体内を流れる微弱な魔力と共鳴し、精霊が優しく寄り添うように歩行を補助してくれる。
それは新しい家族の慈しみそのものが形を成した、魔法の靴だった。
「リベラータ、準備はいいか」
扉が開き、正装を纏ったグレイグが姿を現した。彼は鏡越しに妻を見つめると、その美しさに一瞬だけ言葉を失い、それから愛おしそうに目を細めた。
「……ああ。私にとって、何より自慢の妻だ」
「グレイグ様……。ありがとうございます。皆様が支えてくださるから、私は今、こうして自分の足で立てています」
リベラータが微笑むと、グレイグは彼女の手を取り、その手の甲に優しく口づけた。
かつて冷徹な銀の野獣と恐れられた男の瞳には、今や彼女だけを映す深い熱が宿っている。
——
コンティ子爵家は、公金横領と虐待の罪により領地を没収され、爵位を剥奪された。彼らが執着した金と地位はすべて消え去り、今は北域の開拓地で厳しい労働に従事しているという。
リベラータにとって、それはもう遠い世界の出来事だった。憎しみさえも、グレイグが注いでくれる愛という光の中で、自然と溶けて消えていったのだ。
会場となる広間へ続く廊下を、二人はゆっくりと進む。
リベラータの右足は、今も完全ではない。時折、引き攣るような痛みが走る。
けれど彼女が顔を上げれば、そこには常に差し出されたグレイグの腕があり、彼女の歩みを肯定する真っ直ぐな瞳がある。
「……見て、グレイグ様」
リベラータが指先を動かすと、そこには小さな、けれど確かな魔力の光が灯った。
適切な休養と、何より心の平穏を得たことで、眠っていた彼女の魔力が少しずつ、芽吹くように発現し始めていたのだ。
「ああ……。綺麗だな。まるでお前そのものだ」
グレイグはその光を、そしてリベラータを、宝物のように見つめた。
二人が広間の扉の前に立つ。
これから始まるのは、誰かに強いられた道ではなく、自分たちの意志で選び、共に歩んでいく未来だ。
「行きましょう、グレイグ様」
「ああ。どこまでも、君と共に」
扉が開かれ、溢れんばかりの光が二人を包み込む。
(もう、どこにも逃げなくていい)
かつて羽根を休める場所さえなかった小鳥は、今、揺るぎない愛を注ぐ獅子の隣で、輝かしい未来へとその一歩を踏み出した。
(完)
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
本作はこれにて完結です。
この物語が、少しでも心に残るものであれば幸いです。
読んでくださった全ての読者様に心より感謝を。




