表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧灯のラグナ ~崩壊する迷宮世界を、旧人類の《管理者権限》で書き換える~  作者: すいまる
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/20

守られた街、守るための旅

 翌日の午後。《結界塔》上層にある円卓会議室。


 壁面に埋め込まれた灯光石は光を弱め、代わりに窓から差し込む曇天の光が、部屋に沈殿した重苦しい空気を照らし出していた。

 その薄明かりの中に集まったのは、長老たちと、自警団の主だった面々、そして里の要職を担う者たちだった。


 昨日の戦いから一夜明けたとは思えないほど、皆の顔色は悪い。

 それだけ、昨夜の出来事が里の根幹を揺るがすものだったと、誰もが肌で理解していたのだ。


 部屋の隅には、まだ微かに焦げたような臭い――襲撃の残り香が漂っている。


 防衛を担ったラグナとセラは、団長のイリアとともに円卓の後方に立っていた。

 イリアの左肩には包帯が巻かれている。

 外縁部での激戦を物語る傷だった。

 そしてラグナの手にも、塔の制御盤を操作した際にできた火傷の痕が、包帯の下で疼いていた。


 重い沈黙を断ち切るように、杖で体を支えたセヴランがゆっくりと立ち上がる。

 長い灰髪を後ろに束ね、灰色の法衣の裾を整えながら、穏やかに、しかし芯のある声を放った。


「――本日の議長は、わしが代行する。……皆、顔色を見るに、無理をしておるな」


 低く響く声が、塔の高い天井に反響する。

 誰も返事をしなかった。

 夜通し結界修復にあたった長老たちは、疲労の色を隠せていない。

 その中でただ一人、昨夜「死の運命」を乗り越えたセヴラン長老だけが、奇妙なほどの静けさを纏っていた。


「では、まず昨日の件を。イリア団長」


 促され、イリアが席を立つ。

 彼女は短く息を整え、分厚い報告書を卓上に置いた。


「……報告します。昨夜、祭りの終盤に結界の外縁部で大規模な綻びが発生。外から侵入した“影”の集団により、防衛班三名が死亡、五名が重傷を負いました」


 死亡者の数を聞き、長老たちが痛ましげに顔を歪める。

 だが、イリアの報告は続く。


「市街への被害は最小限に留まりましたが、《結界塔》の外壁と結界杭に損耗が確認されています。……そして、塔の内部へ侵入した個体については、防衛システムが作動し、撃退に成功しました」


 イリアは淡々と報告したが、その視線が一瞬だけラグナに向けられた。

 彼女もまだ、昨夜塔から噴出した「白い光」の正体を測りかねているのだ。

 あれは既存の術式ではない。


 だが、あえて深くは追求しなかった。

 今は里の再建と、動揺を抑えることが最優先だからだ。


 報告が終わると、セヴランはゆっくりと頷き、そしてラグナを見た。


「ラグナ。塔の最上階で私を守ってくれたこと、改めて礼を言う」


 霧の中で視線を受け、ラグナは深く頭を下げた。


「……当然のことをしたまでです」


 セヴランは微笑んだ。

 その穏やかな表情の下で、二人の間だけで通じる秘密の回路が開かれる。


 『あの光のことは、胸にしまっておけ』――昨夜の誓いが、無言のうちに交わされた。

 ラグナが《銀の箱》を使って塔を操作したこと。

 そして、塔がラグナの意志に応えて“敵”を消滅させたこと。

 それは、今のミストモスにとっては劇薬すぎる真実だった。


 セヴランは杖を床に突き、話題を変える。

 その瞳に、為政者としての鋭い光が戻る。


「さて。結界の修復は完了したが……根本的な問題は解決していない。外縁部には綻びが生じ、内部にも侵入を許した。もはや『隠して守る』だけでは、限界が来ているのだ」


 ざわめきが走る。

 保守派の筆頭である老いた長老が、声を荒らげた。


「だからこそ、結界の強化が必要なのではないか! 今こそ我らの祈りを捧げ、壁を厚くすべきだ!」

「いや、それでは同じことの繰り返しだ。次は守りきれん!」

「他の都市に助けを求めるべきだ!」

「我らはこの地で生まれ、この地で生きてきた! 今さら外の力など借りられるものか!」


 議論は紛糾し、霧がざわめくように音を立てた。

 誰かの拳が机を打ち、他の誰かが椅子を蹴る。

 言葉と言葉がぶつかり合う中、オルドは腕を組んで黙考し、ロムばぁは静かに首を振っていた。


 ラグナは、昨夜の光景を思い出していた。

 自分が見た“影”の、あの虚無の眼。

 あれは、壁を少し厚くした程度で防げるものではない。

 物理法則を無視して侵入してくる、世界そのものの異変なのだから。


「……ラグナ、お前はどう思う?」


 セヴランの声が、喧騒を割って響いた。

 会場の視線が一斉に、末席に立つ少年へ集まる。


 昨夜の英雄。塔の光を呼んだ者。

 その事実は伏せられていても、彼が只者ではない空気を、大人たちは感じ取っていた。


 ラグナは息を整え、言葉を探した。

 逃げる理由ならいくらでもある。

 だが、それを言えば、もう二度と“前”を向けない気がした。


「俺は……逃げないでいたい、と思います」


 静かな声だった。だが、部屋の隅々まで届いた。


「どこにいようと、何を選ぼうと、もう誰かを見捨てたくない。ここで抗うにしても、外に出るにしても……守れる力を探したいんです。敵の正体を知らないまま、ただ怯えて待つのは……もう嫌です」


 霧の奥で誰かが息を呑んだ。

 セラがそっと目を伏せる。

 イリアの唇が、誇らしげにかすかに動く。


 セヴランは長い沈黙のあと、杖を再び床に打ちつけた。

 カアン、と硬質な音が響き渡り、場を制する。


「……よかろう」


 老いた声に、微かな熱が宿る。


「我らは、外を知らなすぎる。……それが、今回の襲撃から得た最大の教訓だ」


 その一言に、議場が静まり返る。


「この地を閉ざすのではなく、外を知る道を探る。結界は暫定とし、他の都市との接触を試みる。……未知を恐れず、霧の向こう側にある答えを探しに行くのだ」


 その言葉が、霧の中に深く沈んでいった。

 議場にいた者たちが、言葉を失ったまま見つめ合う。

 誰も拍手はしなかった。

 ただ、それは絶望の沈黙ではなく、新たな覚悟を決めるための静寂だった。


 オルドが静かに立ち上がる。


「自警団はその方針に従うでしょう。守りながら進む。それが我らの仕事だ」


 イリアも頷き、短く言った。


「結界の維持は私たちが引き受けます。……それでも、次を探しましょう。霧が消える前に」


 こうして、霧の里ミストモスは、長い停滞を破り、新たな一歩を踏み出すことになった。


――――――


 翌朝。

 《結界塔》の鐘が、いつもより低く鳴った。


 修復作業を終えた街は、ひとまずの静けさを取り戻していた。

 だがその静けさの裏で、結界の光は弱まり、霧の流れはまだ不安定なままだ。

 ラグナは詰所の前で装備を整えながら、霞む空を見上げた。


 一昨日の戦いの余韻が、まだ手の中に残っている。

 《銀の箱》が放った光。

 そして、塔とリンクしたあの全能感。

 自分の中に眠る力が、ただの異能ではなく、この世界の根幹――おそらくは旧文明に関わるものだという予感が、確信へと変わりつつあった。


「来ていたか」


 背後から声がした。

 振り返ると、団長のイリアが立っていた。

 ここ数日で随分と消耗したはずなのに、その立ち姿には一分の隙もない。

 その傍らにはセラの姿もあった。


「呼び出しですか」

「そうだ。……中へ」


 詰所の奥、小会議室。

 円卓の中央に置かれた霧灯が淡く光を放ち、三人の顔を照らしていた。

 壁際にはリャナが寄りかかり、腕を組んで欠伸をしている。


「ふぁぁ……朝から顔が堅いねぇ、団長。これじゃ霧まで固まっちゃう」

「口は動くようだな、リャナ。なら出発にも支障はあるまい」

「え、出発? また急ね。――あ、もしかして、この二人も?」


 リャナが振り返り、ラグナとセラを見やった。

 その金の瞳が細められる。

 にやり、と口角が上がる。


「なるほどね。若葉マークの二人組、外の空気を吸わせる気か」

「からかうな。正式任務だ」


 イリアの声はいつもより硬い。

 机の上に地図を広げ、一点を指差した。


「――《ティレーン》への調査任務を命じる」


 ラグナとセラは同時に顔を上げた。


「外の……都市ですか」

「ああ。浮遊層ティレーン。あそこは交易都市だ。外部との接触を図るための先遣隊として、お前たちに向かってもらいたい」


 イリアは地図から顔を上げ、ラグナの目を射抜くように見つめた。


「昨夜の働き、見事だった。……だが、ラグナ。お前のその“力”が何なのか、何に由来するものなのか。里にいては分からずじまいだろう」


 ラグナは息を呑んだ。

 イリアは気づいている。ラグナがただの団員ではないことを。

 そして、その力がいつか里を脅かす火種になるかもしれないことを。

 その上で、排除するのではなく、外へ送り出そうとしているのだ。


「外の世界で、その答えを探してこい。……それが、お前自身のためにもなるはずだ」


 その声音に、上官としての厳しさと、姉のような優しさが混じっていた。

 ラグナは短く頷く。

 セラも隣で、真っ直ぐにイリアを見返していた。


「――了解しました」


 リャナがぽんとラグナの肩を叩く。


「護衛兼指導役は、このあたしが務めるよ。ま、リャナお姉さんに任せときなって」

「不安しかないわね」

「ひどっ! セラちゃん、最近冷たくない?」


 軽口を叩き合う二人を見て、ラグナの胸の緊張が少しだけ解けた。


 出発は三日後。

 ラグナは詰所を出て、空を見上げた。

 霧の切れ間から、微かに青い空が覗いている。


 胸の奥で、《銀の箱》が温かく脈打った。

 ――行くんだ。霧の向こうへ。

 そこで待つ真実が、どんなに残酷なものであろうとも。


 ラグナが歩き出した、その背後。

 路地裏の深い闇の中で、一つの視線があった。


 ボロ布のようなローブを纏った小柄な影。

 一昨日、塔を見上げていたあの少女だ。


「……動くのね、“さなぎ”が」


 少女は楽しげに唇を歪めた。

 その背後には、奇妙な刺青――繭のような紋様を持つ男たちが、亡霊のように控えている。


「追いかけるわよ。……女神の御座みくらへ至る鍵は、あの少年の中にある」


 少女が指を鳴らすと、影たちは霧のように掻き消えた。

 新たな旅立ちの予感と共に、より深い闇が、静かに動き出そうとしていた。



 第1章は以上となります。

 お読みくださりありがとうございます!


 次話から、第2章が始まります。

 ラグナの日常に“新しい気配”が差し込み、物語は次の段階へ。


 ぜひ続きもお楽しみください。


 面白かった、続きが気になると感じていただけたら、この機会にブックマーク・★評価・リアクションで応援していただけると嬉しいです。

 更新の速度とモチベに直結します……!


 是非、これからもよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ