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補章11 薪束ひとつで恨まれる

 カルドゥコイの山地に入ってから、何度目かの冷たい夜。

 冷たい風が吹き下ろす廃村の一角で、軽装歩兵の若手カリアスは、火床の前で身をすくめていた。

 風は容赦なく体温を奪っていく。だが、支給された薪は各班にたったの二束ずつ。


「やってられっかよ、こんなの」

 隣に座る同輩の若い兵が、外套を頭から被ったまま悪態をついた。彼は外套の陰から、こっそりともう一束の薪を取り出した。

「俺、さっき裏の崩れた家からくすねてきたんだ。これで朝までぬくぬくできるぜ。あの帳簿役の主計殿、こんな細かく薪の数まで縛りやがって。現場の寒さなんてわかっちゃいねえんだ」

「おい、やめとけよ」

 カリアスは慌てて同輩の手を止めようとした。

「主計殿の指示には、ちゃんと理由があるはずだぞ。計算狂ったらどうすんだ」

「計算? 羊皮紙ばっかり見てる坊ちゃんに何がわかる。俺たちが今夜凍え死んだら、明日の計算もクソもねえだろうが」

「でもよ、あの人は悪い人じゃない。前に俺たちの火種が消えかけた時、魔法で助けてくれただろ。飯だって、あの人がいるからきっちり回ってきてるし……」

「そりゃ、食い物配るのは主計の仕事だろ。だが、この薪のケチり方は納得いかねえ。俺たちだけでも暖を取らせろっての」


 同輩に凄まれ、カリアスは口ごもった。

 主計殿は正しいはずだ。だが「なぜ二束で我慢しなければならないのか」、カリアスには上手く言葉にして説明できなかった。


「……その薪を今ここで燃やせば、明日の朝にてめえの足が死ぬんだよ」

 背後から低い声が降りてきて、カリアスと同輩はびくっと肩を揺らした。

 振り返ると、火床役をまとめる分隊長が、険しい顔で立っていた。彼は無言で同輩の腕から薪束を取り上げる。

「あ、あの、分隊長……」

「馬鹿野郎。てめえの班だけ暖かければいいって問題じゃねえんだ」

 分隊長は薪束を足元に置き、夜営地全体を指さした。

「よく見ろ。主計殿が指定した火床の配置を。風上から順に、負傷兵や足をやられた奴らの場所を囲むように置かれてる。隣の班が薪を使い切って火を落とせば、そこから冷気が入り込んで全体が冷える仕組みだ」

「えっ……」

「ああ見えても魔法使いだってことだ、普通はこうならねえ」

「それに、だ。この薪は明日、濡れた布を乾かし、出発前に温かい粥をすするための貴重な燃料だ。ここで燃やし尽くしてみろ。明日の朝、冷え切った腹のまま冷たい革紐を足に巻いて、てめえはこの山道を歩けるのか?」


 同輩はぽかんと口を開け、カリアスもごくりと息を呑んだ。

 薪束ひとつに、明日の朝の足の動きまで紐づいている。

「主計殿は、俺たち全員を明日の朝まで生かすために、ギリギリの数で火を回してんだ。それを、てめえが自分のことだけ考えて抱え込めば、どこかで誰かが死んじまうぞ」


 分隊長の言葉に、同輩はすっかり縮み上がり、「すんません……」と首をすくめた。

 カリアスは、暗がりの向こうにある主計幕のほうを見やった。

 今も灯りが漏れ、主計殿が青白い顔をして羊皮紙に向かっているのだろう。あの細かい指示は、自分たち末端の兵を一人でも多く生かすための、執念のようなものだったのだ。


「……そっか、あの人そこまで考えてたんだ……」

 カリアスは小さく呟き、自分の手元にある二束の薪を見つめ直した。これを少しずつ、朝まで大事に保たせなければならない。

 分隊長が目を光らせてくれたおかげで、全体の火床の計算は狂わずに済んだ。今夜はなんとか、誰も凍えずにやり過ごせるだろう。


 だが、安堵は長くは続かなかった。

 冷たい風が吹き込むなか、ふとカリアスが山腹を見上げると、夕暮れ時にはまばらだった見張り火が、いつのまにかぐるりと数を増していた。

 漆黒の山肌に浮かぶ、七つの火の輪。それはまるで、こちらを逃がすまいと包囲を狭めてくる敵の目玉のようだった。


「なあ……あれ、増えてるよな?」

 カリアスが震える声で言うと、同輩も黙って頷いた。

 主計殿の指示通りに薪を燃やせば、今夜の寒さはしのげる。だが、あの火の輪を抜けられるかどうかは、また別の話だ。

 薪が爆ぜるかすかな音だけが、不安に満ちた山地の夜に響いていた。

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